第100話

「がっはっは! 前世の記憶持ちとは勇者の物語と同じじゃのぉ。そうかそうか。オドレは勇者じゃったか。こいつは恐れ入ったのぉ」


 いきなり転生者だと言われて親方大笑い。まぁ、その反応は至極当然だと思うが、そういう反応をすると機嫌を損ねる奴が後ろに控えてるのを忘れてるらしいな。


「ドワーフ如きが姫様を嘲笑するとは命が惜しくないらしいな」

「あんたは黙ってなさい! 話が進まないでしょ!」

「しかし姫様——」

「なに? 僻地に飛ばされたいの?」

「黙っておりますです!」


 この場合、僻地って言うより皇帝たちから離れるのが嫌とみていいだろう。すぐに武器を収めて数歩後ろで待機した。


「なぁララ。勇者の物語ってなに?」

「大陸中で読まれとる有名な本や。内容は、生まれてくる前の記憶と、とんでもない剣と魔法の才能を持っとる少年が魔王をやっつけるって内容の子供の間で人気の本なんよ。きっとあの娘もそれに感化されてるんやと思う」

「へー。残念な子供だな」


 そんな本があるなんて聞いた事もなかったな。つまりあの姫は、それに影響されて自分も前世持ちだと吹聴してると取られてる訳だが、普通に考えりゃそうだよな。いきなし前世持ちですねんと言ったってナニソレ? って言われておしまいだ。

 とはいえ、俺は現代の船の模型を見てるし、何より鉄の船が浮くってのは周知の事実なんで、マジで転生者だろうと確信してるが、そんな素振りを見せるつもりはないんで、淡々と渡された調理器具の品質調査に勤しむ。

 その一方で、明らかに本気で受け取られてないと分かってる姫は眉間にしわを寄せてご立腹だ。


「あれと同じ転生者なのよ! あんなバカげた魔力とは剣の才能はないけど、生前の記憶を完璧に覚えてるってスキルがあるのよ」

「そうかそうか。ララも小さい頃はそないな事言うとったのぉ。ウチは鍛冶の神を従える鍛冶職人やーとか言うとったのがホンマに可愛くてのぉ」

「ちょ⁉ ウチの事は言わんでええやろが! あほオトン!」


 恥ずかしい過去を暴露されたララは見事なミドルキックで親方の腿辺りを蹴っ飛ばした。ふーん……ララにもそういう事をしてた過去があるのかぁ。


「なんや? なんか言いたそうやな」

「ん? 身が入らないとか言ってた割に、ちゃんとした物になってるなーって」

「当然やろ。そんくらい出来へんと親方名乗られんわ」


 とりあえず亜空間に仕舞いたいんだが、あれをこいつの前で使うと空間魔法なんてチート持ち=俺も転生者なんじゃね? って疑われる可能性があるから、どうにかしてこの場から遠ざけたい。


「……で? その自称転生者の姫様はいつまでここに居るつもりだ?」

「そこのドワーフが船を作るって言うまでよ!」

「そんな無駄なモンに時間と資源を使うのは無駄だと思うぞ?」


 鉄だって無限じゃない。まぁ、俺の場合はたとえ沈没しても回収できるからいいとして、今まで出会ってきた魔法使いの連中であればフェルト以外に同じ芸当は出来なそうだから、まさしくドブに捨てるようなモンだ。


「無駄になんないわよ! ちゃんと造船の知識もあるし沈まないって言ってんじゃないの!」

「証拠がないだろ」


 そう。副会頭からもらった船の模型がここにはない。まぁ、たとえあれがあったとしてもすぐに水没するのは明白だからな。あんなモンを持って来たところで交渉が失敗するのは必至。 俺のそんな発言に姫は明らかに勢いが弱くなった。


「しょ、証拠ならあるわよ」

「白々しい嘘をつくのは止めろ。証拠があるなら最初から出してるだろうが」

「ほうじゃのぉ。儂もそないなモンを見聞きした記憶はないのぉ」

「ぐむ……っ」


 何の意味があってすぐにバレるような嘘をつくのか理解できないな。

 そもそも交渉されてる本人を目の前にそんな事をしても信用度を大きく下げるだけで一利すらない百害行為だろ。


「分かったか? 鉄で作った船が水に浮くって証拠すらない現状、親方どころかドワーフ1人説得できんがどうする?」


 口で言うだけならただの机上の空論でしかない。それを違うと説得するにはやっぱ実物を用意するしかないんだよな。俺も大樹の枝だったりミスリル鉱脈だったりを提示して調理器具を作らせてるんだからな。


「人間じゃ無理なのよ。機材も足りないし造船の腕が悪いから模型すらロクに作れないから、そんな失敗作を見せたら駄目って言われると思ったから持ってきてないわ」

「それでもあるのと無いのとじゃあ違うと思うけど? その辺はどうなの?」

「ほうじゃのぉ……まぁ、作る作らんはさておいて、どないなモンか見てみたくはあるのぉ」


 親方も船職人ではないにしてもどういう物かという未知には興味があるらしい。


「という事らしいぞ?」

「むぐ……っ。それなら馬鹿なふりして持ってきたらよかったわね」

「だったら作ってもらったらどうだ? 設計図くらい描けるんだろ?」

「それが出来ないから苦労してんじゃないの!」

「馬鹿だなぁ。いきなり一番の職人に頼むからだよ。もうちょい暇そうなドワーフを狙わんと」


 普通は話を聞いてくれそうな相手から徐々にトップまでたどり着くのが定石に決まってる。

 俺の場合はそんな面倒を一瞬で駆け抜けられる大樹の枝って裏技があったから何とかなったんであって、そんな物がないのであればそうするのが一番手っ取り早い。


「自分がそれ言うんか? リックもいきなしここを訪ねてきたやん」

「結果的に振り向かせるに足る報酬が用意できたから問題なし」

「ちなみにそれはなんなのかしら?」

「秘密に決まってんだろ。それよりも設計図は出来るのか?」

「出来るに決まってるじゃない」

「じゃあ親方。暇そうにしてて金に困ってるドワーフ知らない?」

「それじゃったら何人か当てはあるのぉ」


 なんでも、腕はいいけど酒に飲まれすぎて結構金に困ってる奴は結構居るらしい。姫はまさにテンプレそのものね! と喜色満面だったが、親方からすれば困った連中らしく、いくら言っても治らないらしいが、それがドワーフの生きる意味だから仕方ないとも漏らす。


「だったらそいつのとこまでこいつら案内して話通してよ」


 普通に言ったら返す刀で面倒だと言われるのがオチだが、視線を山のように積まれてる調理器具と姫達を交互にするだけである程度察してくれたようだ。


「仕方ないのぉ……ついてこい」

「助かるわ」


 こうしてようやく工房から去ってくれたが、その間際に「ララに手ぇだしたらホンマにぶち殺す」と釘を刺されたが、こっちには誰とも結婚をするつもりは欠片もないんでちゃんとお断りしておく。面倒だからと適当にするとそれこそ時間の無駄なんで、ちゃんと付き合ってやる必要がある。

 そんないつものやり取りを終えてようやく連中が居なくなり、念の為に魔法で色々調査して安全を確認してから亜空間に調理器具を放り込んでいく。


「……随分と口が上手いやないか」

「そう? 俺はちょっと背中を押しただけだけで、そこに悪意はないよ」


 口を動かすだけで邪魔者を排除できるなんて、ぐーたらを信条とする俺からすればなんて楽なんだと小躍りしたいくらいの結末だ。上手くいくとは思ってたけどこうも簡単だとはな。おかげで昼飯の時間に対する不安が無くなった。

 それにしても……あんな邪魔者が居る横で集中できないまま鍛冶をやってたんじゃないかと心配したが、どうやら問題はなさそうで一安心だ。


「さて……それじゃあ帰るかね」

「その前にちょっと聞きたいんやけど、あの娘らはすぐ帰る思う?」

「いや無理でしょ」


 ドワーフに手伝ってもらって鉄の船が作れるかどうかは知らんけど、きっとできるようになるまで居座るつもりだろう。転生者ってだけあって知識だけはあるし、姫って言うくらいだから金も潤沢だろう。

 となると、完成する以外に帰るって選択肢は少なくともあの姫自身にはないんじゃないかな? 船を作って何をしたいのか知らんけど、熱の入れようはかなりのモンだったうえに俺が焚き付けたからな。普通に無理っしょ。


「はぁ……そうなるとまたウチが飯作らなあかんのかぁ。どないしてくれるん?」

「どないしてって言われてもねぇ……作らなきゃいいんじゃね?」


 そもそもどうしてララが作る流れになってんのかが分からん。あの狂信者が自分以外が作った飯など毒が入ってるって妄想を抱いてそうだから食わせないようにしてる気がするんだが、あのクソデカため息を見ると普通に食ってるっぽい。


「ウチもそうしたいんやけど、そうせんとこの里が滅ぶねん」


 俺が考えた通り、他人の作った料理などを姫に食わせる訳にはいかんと声高に宣言した狂信隊長が調理を宣言したのはいいが、漫画やアニメなんかでよく見る紫色の煙を吐き出すタイプの腕前だったらしく、そのせいで数十人のドワーフと数百人の商人や冒険者に被害を出したらしい。

 それ以降、連中の風当たりが強くなって大半が帝国へ帰還し、今度余計な事をしたらこの里は帝国との商売の一切を取りやめるとまで親方に言われたらしい。


「そこまで言われてよく居座れるな」

「ホンマにそう思うけど、今日からまた騒がしくなる思うと自分に恨み言の一つや二つ言うても罰は当たらんと違うか?」

「罰は当たらないだろうけど俺は急いでるから帰るね」


 ここでいつまでもララの愚痴に付き合ってたら昼飯をくいっぱぐれる。そうなるとエレナの押し潰されるような圧が数日は消えなくなるんで、申し訳ないとは思うが転移で帰らせてもらった。

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