第99話

「お? あれがそうか?」


 上空を優雅に飛んで親方が居るだろう工房近くまで行くと、その周りに5人くらいの武装した集団が居て、横のドワーフによるとあれが帝国からやって来て、俺に文句を言うために残っているらしい姫さんを守るための精鋭らしい。

 ふむ……あの中の1人から魔力を感じる。見た感じ魔力量は少ないように見えるけど密度は悪くない。ヴォルフには及ばないけど十分量はあると太鼓判を押してもいいんじゃないかな?

 なんて事を考えながらすいーっと高度を下げると、ようやくこっちに気付いたっぽい精鋭連中が各々の武器に手をかける。


「何者だ?」

「誰だっていいじゃん。それより邪魔だからどいてくんない?」

「あ? たかがクソガキが生意気言ってんじゃねぇぞ」

「なに子供相手にムキになってんの。もしかして子供相手じゃないと勝てないくらい弱いとか? いい歳して恥ずかしくないの~」


 突っかかってきた血の気の多そうな口悪精鋭にアホ面晒しておちょくってみたらあっという間に茹蛸みたいに顔を真っ赤にして大きく踏み込みながら横薙ぎに抜刀——


「ぐぎゃ⁉」


 するかしないかの瀬戸際くらいで、口悪精鋭が吹っ飛んだ。原因は近くにいた大柄な女性っぽい。何せ血に染まった拳を高々と掲げてるからな。


「安い挑発に乗るとはそれでも親衛隊か! 愚か者が……帰還したら今一度精神鍛錬をやり直せ!」

「うぐ……すいやせん」

「キミもだ。わざとらしく挑発するのは控えてもらおうか?」

「さっさとどかなかったそっちが悪いんでしょ? こっちは被害者なんだけど」


 俺はちゃんとどけろと言った。それを挑発と受け取ったのはあくまであの口悪精鋭であって、俺は悪くない。言ったようにむしろいちゃもんを付けられた被害でしかない。


「……いいだろう。だが私も同行させてもらう」

「なんで?」

「中には我らが身命を賭してお守りしなければならない貴き存在が居られるからだ。万一にも傷がついてしまう事が無いように監視させてもらう」

「じゃあなんで中で監視しないんだよ」


 中には親方とララが居て、俺には影も形も見えないが精霊もいると考えると、危険度的にはなかなか高いんじゃないかと俺は思う。

 そんな疑問に対して精鋭達は1人を除いて視線が同じ方向を向く。たった今口悪精鋭をぶん殴った大柄隊長だ。


「なにしたのさ」

「なにもしておらん。それよりもさっさと行くぞ」


 それだけの視線にさらされておきながらよくもまぁそんなウソが平然とつけるもんだな。これは神経が図太いってのを通り越して鈍感と評していいレベルかもしれん。

 心の中でそれに付き合わされる精鋭連中に合掌を送りながら鍜治場に入ると、椅子の上で胡坐をかいてる幼女が不機嫌そうな表情をしながら木の板と評した一応菓子をかじっていた。


「ちょっとエリー! 入ってくんなって言ったでしょ!」

「私はこの少年を案内するために仕方なく入店したのです」

「だったらさっさと消えなさいよ」

「何をおっしゃいますか! この少年は魔法使いなのです。そんな少年と2人きりなど危険極まりありません! なので護衛が必要であると具申いたします!」


 なるほど。何をやらかしたのか全く分からんが、こいつはいわゆる狂信者なんだろう。この姫さんを守るためならどこがどれだけ被害を受けようが一向にかまわないと言う人生を送ってるんだろう。

 目は口程に物を言うとは聞いたが、ここまであからさまなとなると恐怖すら感じるな。こいつは確かに遠ざけておきたい。


「必要ないって言ってんでしょ! あんたが居た方がよっぽど危ないのよ!」

「そのような事はございません! 私はただ御身の危機に対して真っ先に――何奴だ!」

「きゃあっ⁉」


 狭い店内で突如として剣を横薙ぎに振り抜いたかと思ったら扉が細切れになって奥から腰を抜かしてるララが出てきた。


「……なんだここの娘か。いきなり物音を立てるから姫様の命を狙う愚物かと思ってしまったではないか。次からは一声かけてから行動するようにしなければ命が足りなくなるぞ」


 まるでララの方が悪いと言わんばかりの言い草だが、どう考えたって大柄隊長の方が悪い。当たらないように加減したのかどうかは知らんけど、ちょっと間違えばララすら細切れになってかもしれんのはさすがにやりすぎだろ。


「この馬鹿! あんた何回こういう失敗繰り返したら反省するのよ!」

「痛っ⁉ 何をなさるのですか? 私は御身を守るために警戒していたのですよ」

「やりすぎだって言ってんのよ! ほら! あんたのせいでまた――」


 姫さんが逃げるように細切れになった扉の奥へと飛び込むのと同時に、確か鍜治場に続くだろう通路の奥の方から炎の蛇がとんでもない速度で飛びかかってきた。


「温いわ!」


 空気が震えるほどの怒号と共に剣を振り抜くと、眼前にまで迫ってた炎があっさりと霧散した。どうやらあの剣には魔法を散らすような効果があるっぽい。中々厄介だね。


「おいアマぁ……オドレは店への立ち入りを禁止したはずじゃがこれはいったいどういうつもりか聞かしてもらおうかのぉ。返答次第で焼き殺したるから心して答えるんじゃぞ」

「フン。この程度の火で姫様の親衛隊長を務める私が焼かれると思っているとは片腹痛い。やれるものならやってみろ」


 互いに睨み合って険悪なムードビンビンだが、こっちとしてはさっさと調理器具を受け取ってさっさと帰りたいから、邪魔者には退場してもらおう。


「ぬがっ⁉」


 精鋭隊長の横っ腹に風魔法を叩きつけて外まで吹っ飛ばし、数百の結界で覆いつくせば多少の時間稼ぎになんだろ。

 その際に扉が粉砕したが修理費は姫さんに持ってもらう。もとはと言えばこんな狂信者を連れてくる方が悪いんだから快く支払ってくれるっしょ。


「……なんじゃオドレか。みょうちきな仮面なんぞつけおって。扉はどうしてくれんるんじゃ?」

「それはそこのが喜んで支払うでしょ」

「はぁ? なんであたしがお前みたいな平民のやらかした事の責任を取らなくちゃいけないのよ。馬鹿なんじゃないの?」

「馬鹿はお前だ。あんな頭のイカレた奴を連れてきてる時点で無能なんだよ。おかげで親方にも迷惑が掛かってる事が理解できないのか?」

「あ、あの馬鹿は特別おかしいのよ。あたしだってエリーがあそこまでトチ狂ってるなんて思いもしなかったわ」


 なんでもあのトチ狂い女は親衛隊隊長を務めるだけあってかなりの実力者らしく、父親である皇帝の信頼も厚いらしいんだが、この旅で忠誠心が滅茶苦茶行き過ぎてるって事を理解したらしく、今となっては非常に後悔しているらしい。


「じゃあさっさと帰れば良かっただろ」


 どう考えたってあいつが居る以上、どんな交渉だろうとまともに行われない。今だって建物の外から狂ったように結界を斬りまくる音が間断なく聞こえてくるからな。

 そんな奴がいる以上、留まれば留まるだけ相手の不興を買う行為にしかならない。


「あんたを待ってたのよ! 親方が知ってるって事は、あんたが取引してる子供でしょ!」

「あぁ。そういえば文句があるんだったっけ?」

「そうよ! 今すぐこいつとの商売を止めなさい!」

「断る。という事でさっさと帰れ」


 無魔法で首根っこを引っ張り上げ、念の為に狂信隊長を吹っ飛ばしてから店の外にゆっくりと放り投げる。怪我させて面倒な奴のヘイトを向けられたくないから一応慎重にやったぞ。


「リック……さすがに今のはアカンと思う」

「別にいいじゃん。2人も迷惑してたでしょ?」

「当たり前じゃい。あのガキ共がここに居座ってるおかげでララが気がかりで鍛冶に身が入らんかった」

「おいおい。それじゃあ先月と今月の調理器具はどうなってんだ?」

「その辺は心配あれへんよ。ウチがキッチリ監視しとったから品質には問題あれへんよ。すぐに持って来てええか?」

「いいよー」


 という事で一旦ララを離席させて外の様子を見てみると、さっきまで狂ったように剣を振り回してた隊長はすっかり大人しくなっており、逆に追い出された姫の方は眉間にしわを寄せてこっちを睨みつけてる。


「ちょっと! どういうつもりよ!」

「言った通りだ。俺は親方と取引を止めるつもりはないし、親方も俺との取引を止めるつもりはないからな。諦めてさっさと帰れ」

「当然じゃ。儂がオドレとの取引を止めたら鍛冶に影響が出るけぇな。受けるつもりはありゃあせん」


 大樹の枝を持って来れるのは現状で俺だけだからな。それと手を切るってのは現状では考慮にも値しないだろう。


「そういう事だ。鉄の船が浮くなんておめでたい事言ってないで、国に帰って他の勉強でもしてろ」

「鉄の船は浮くわよ! あたしが前に暮らしてた世界じゃあ魔法も使わずに鉄の塊が空飛んでたりしてたんだからね!」


 うわぁ……やっぱりとは思ってたけど、こいつは転生者で間違いないようだ。

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