第96話
「ふあ……っ。朝か」
ルッツを追い出して10日。確かレイが言うにはそろそろ馬車が来るはずなんで、今日はフェルトと親方の所に顔を出さないとね。
パパっと着替えて部屋を出てすぐにやる事は、夜のうちに溶けちゃった氷の再補充。土板に乗って楽して移動したいけど、家の中でそう言った魔法は禁止なんで、重い足を引きずるように家の中を歩き回って一か所一か所氷を置いていく。
「おや? もう起きてるなんて珍しいじゃないか」
のろのろとした足取りでようやくリビングに到着すると、いつも通りサミィが女子が虜になりそうなイケメン笑顔でお出迎えされたけど、そういう眩しい笑顔は寝起きの俺にはちょっと辛い。
「今日あたりに商隊が来るらしくてね。薬草とかを仕入れてこないといけないから」
「そういう気持ちで毎日起きられないのかい?」
「無理だねぇ……月に1回だから何とか出来るんであって、毎日となると寝不足になっちゃうよ」
「ははは。相変わらずよく寝るね」
自信満々の返答にサミィは困ったような苦笑いする。ぐーたらするのは俺にとっては三大欲求の絶対王者。飯もブラック企業務めでロクなモンを食ってこなかったし、性欲もガキなんで今んところは欠片もない。まぁ、前世でもほとんどなかったけど。
「あらー。リックちゃんはやいのねー」
「今日は商隊が来る日だからね」
「そうだったわねー。だからアリアちゃんがちょっと大人しいのねー」
チラッと窓の外を見てみるも、相も変わらずヴォルフとの訓練がすさまじい。あれのどこが大人しいのか全く分からん。武術系の才能を不法投棄した俺からするといつもと何も変わらん。
「いつも通りに見えるけど?」
「あらー。リックちゃんにはそう見えるのねー」
「サミィ姉さんは?」
「そうだね。ボクにもいつも通りのアリアにしか見えないね」
うーん……一応多数決ではアリアはいつも通りという結論になる訳だけど、片や荒野の村で暴力とは無縁に近い生活を送ってる2人。片や大陸中を駆け回った実力者であるエレナ。どっちの意見が真実味があるのかは明白だ。
「とりあえずご飯の時間だから呼んできてー」
「はーい」
まぁ、個人的にはアリアが大人しいのはちょっと嫌だ。その無駄に有り余る体力の消費のためにこっちが迷惑を被るからな。
しかし今日であれば特段問題ない。なぜなら商隊の護衛としてやって来る冒険者を相手に使ってくれるからな。たった数日だがこっちにその矛先が向く可能性はゼロに近い。
「おーい。ご飯できたってさー」
内心ニコニコしながらアリアのいる裏庭に顔を出すと、いつもと違ってぴたりと戦闘が終わる。なるほど確かにいつものアリアとは違うねぇ。
「水」
「はいはい……」
汗だくのアリアを水魔法で包み、超音波振動で毛穴の隅々まで洗う。あんま褒められた方法じゃないが、面倒臭がりのアリアにはこれがいいらしい。俺はぐーたらライフ推進派なので、風呂に入るのもぐーたらの一種ととらえているので、湯あたりしない程度にはゆっくり浸かる。
「っぷう。風」
「はいはい……」
最後に風で水分を吹っ飛ばせばおしまい。5分もかからない。
「さーて。今日はどんな冒険者が来るのか楽しみだわ!」
「期待しすぎてハズレだったとしても俺を巻き込まないでよね」
「ルッツはあれで顔が広い。さらにアリアの目的を理解してるだろうから、弱い冒険者を連れてくる可能性は低いと思うぞ」
「ふーん……」
さすが元傭兵といったところか。となると、自然とヴォルフやエレナも傭兵として大陸中を渡り歩いた実績から顔見知りが多いはず。
であれば、ルッツとの商売を止めても他の商人になった元傭兵なり元冒険者なりを知っていてもおかしくない。そいつと交渉して卸先になってくれるのであれば、新しい商売相手となれるかもな。
「言っておくが、父さんも母さんもルッツほど顔は広くないからな」
「まだなんも言ってないんだけど?」
「普段ボケーっとしてるくせになんか思いつくと変な顔するから分かりやすいのよ」
変な顔とは失礼な。まぁ、実際ヴォルフとエレナの血を引いてるとは思えん顔の作りをしてるからな。個人的にはそれに対する嫌悪感なんてのは欠片もない。顔が良くても悪くてもぐーたらライフには何の影響もないからな。
「まぁいいや。それで? ルッツ並みとは言わないけど大陸のどこかで商売やってる知り合いとかいない?」
「いないなぁ。大抵の連中はどっかの戦場で死んだし、生き残ってる奴も冒険者ギルドで教官をやっていたり貴族の私兵団長をやってたりだからな」
なんだ。それじゃあ使い物にならないじゃないか。折角ルッツに反省の意を込めて一時的、あるいは永続的な取引停止を決定させられると思ってたのに……。
「ほれ。いつまでもこんなところで無駄話をしてるとエレナに叱られるぞ」
「おっとそうだった」
ついルッツの処分について話が弾んでしまった。俺にはまだ分からないんだけど、ヴォルフとアリアがしきりに家の方を気にするように視線をちらちらさせてるから、きっと徐々に良くない空気を発してるんだろう。
—————
「さーて……それじゃあ行ってくるねー」
「お昼ご飯までには帰ってくるのよー」
飯も食べ終わり、さっさとフェルトと親方の所を回って来るかと玄関を出てすぐ。息を切らせながらリンが駆け寄って来るのが見える。
「おーいリックー」
「なに? 今日は勉強の日じゃあないけど?」
「違ぇよ! おばばが呼んでるって伝えろってさ」
「なんだろ。珍しいな」
おばばが薬草について注文を出すなんて直近の奴を除くと最初の頃くらいか。あの頃はフェルトもまだいなかったし、育ててる薬草の数も少なかったからなぁ。あれも欲しいこれも欲しいという要望を聞いてるうちに今の薬草園が出来上がったと言っても過言じゃない。量だってちゃんと一定量卸してるんだけどなぁ。
「あー疲れた。村まで乗せてけ」
「いいよ」
どうせ嫌だと言っても無理やり乗り込んでくる絵が見えるからな。それなら最初から素直に乗せといた方が大人しいしこっちに余計な被害が来る事はない。
すいーっと丘を下って村に入りおばばが居る薬屋に。
「じゃあな」
「おー」
逃げるように走り去ったリンを見送って薬屋に突撃すると、来るように言ってたからだろう。おばばがカウンターにいた。
「こんちゃーっす。来たよー」
「待ってたよ。突然で悪いね」
「いいよ別に。見た感じ緊急って訳じゃなさそうだけど、また何か追加で欲しいのがあるの?」
「ああ。そろそろ馬鹿弟子に傷薬を作らせてやろうと思ってね。そこで薬草をいつもの倍量と、水魔法の水を大甕一杯必要だから用意してくれないかい」
「……薬草はいいけど水魔法の水って何?」
今までそんな注文を受けた記憶はない。必要であるなら魔法が使える俺に声がかかってもいいはずなんだけど、聞いたのは今日が初めてだ。
「製薬に必要なんだよ。小童、最近井戸に水入れてないね? おかげで製薬できる物が少なくて困ってんのさ」
「必要だって言うなら裏に池くらいの大きさで用意するよ?」
「あまり大量だと魔力が抜けるから意味がないんだよ」
「うん? じゃあ俺が生まれる前までどうやってたの?」
おばばはヴォルフがここに村を作った時から居るらしい最古参だ。そのころからおばばの薬は有名だったと聞くが、ここで魔法を使えるのは俺以外にはヴォルフだけなんだけど、あの男は無属性しか使えないはず。
「魔道具だよ」
そう言って店内の端に目を向けるのでそっちを見ると、俺がすっぽり入れるくらいの随分とぼろっちぃ甕があった。
「あれがそうなの?」
「ああ。若い頃から使ってたんだが寿命が来ちまってね。なんで小童の水がないと製薬が出来なくなっちまったんだよ」
「じゃあ魔道具作ろうか?」
魔法で出す水でいいって言うなら、今ある魔道具の本に載ってる奴でも十分なはずだろう。
「そりゃあ助かるけど出来るのかい?」
「とりあえず試作するから、出来たら試しといて。こっちも製薬の度に呼び出されるのは嫌なんでね」
薬を作るたびにどのくらいの水を消費するのか知らないけど、今や水はその辺の水路から勝手に補充できるようになったって言うのに、そのたびに駆り出されて水を作らされるのは勘弁願いたいからな。
「期待せずに待ってるよ」
「分かったー。じゃあ行ってくるねー」
さて。用事は終わったみたいなんでさっさと回収してきますかね。
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