第95話

 村の外周に泥の道を作ってしばらく。久しぶりにゾンビの行進が戻って来たなぁとか。連日のようにガキ連中がプールに押し寄せて遊びまくってるとか色々あった。

 グレッグが水中訓練がどうのこうの言った時は村人連中の目が若干怖かったけど、さすがにすぐって訳じゃないらしい。そもそもそんな戦場もあんまないみたいだし。

 おかげでぐーたらする間もなく働かされて俺の心は崩壊寸前ですよ。


「……」


 今日はそんな煩わしいあらゆる事から解放され、日がな1日水に浮かんでぼーっとするのって最高だね。熱期の暑さも大して感じる事が無いし、流水なんで日差しで水温が上がる心配もない。特に魔力を使わんのがいい。慣れてるとはいえ意識を向けるから真の意味でぐーたらすることはない。

 俺は今……ぐーたらの極致に居るのかもしれん。自然と一体化し、意識がだんだんと薄く広く――


「やっと見つけたわよリック。アンタにお客さんが来てるわよ」

「……客?」

「そうよ。騎士っぽいのとルッツさんが一緒にいるわ」


 また騎士か。とはいえ同じ奴だったら戦闘ジャンキーのアリアが忘れる訳ないだろうからまた別の奴なんだとしても、ぬいぐるみはまだ先なんだけどな。

 しかもルッツが一緒ってのが妙に気になる。どうにも嫌な予感がするから行きたくないけど、ここでアリアの言葉を無視してボケーっとしてると実力行使で連行されるのもまた嫌だ。


「ルッツ? もうそんな時期だっけ?」


 このところ忙しかったこともあるし、なにより時計もない暮らしをしてると時間の感覚が若干ルーズになる。時計を作るべきか? いや……こんな田舎にそんな需要なんてないし、別にルッツが来てからでも回収が間に合うからどうでもいいか。

 のろのろと重い腰を上げ、びしょびしょだった体は風魔法で乾かしてから土板に乗り込むと、アリアは結構高めに作ったはずの柵をひょいと飛び越えて反対側にある兵錬場に帰って行った。

 ……一瞬。ここで土板だけを走らせてぐーたらしようかなーとも思ったが、アリアは俺と違って気配を探る事が出来るからな。きっとすぐに戻ってきて酷い目にあうだろう。


「はぁ……面倒だなぁ」


 とりあえずさっさと終わらせてプールにこもりたい。折角あと少しで宇宙の真理に到達できたっていうのに……文句の10や20言ってもいいだろう。


「うん? 随分と静かだな」


 ルッツが来たら確実に中央広場は賑やかになるはずなのに、村人の姿はない。それどころか馬車の影も形もない。なので人の姿も偶然通りかかったっぽい村人1人しか確認できない。


「ねぇ。ルッツが来たって聞いてるけどなんで馬車がないのか知ってる?」

「いんや知らねぇですだよ。そもそもルッツ様が来てるんだか?」

「アリア姉さんから来てるって聞いたんだけど」

「こっちは聞いてねぇですだが、ここに居ねぇって事はなんか用事があるんでねぇですか?」

「用事ねぇ……」


 パッと思いつく緊急の用事ってのはまったくない。そもそも馬車も持たずにやって来るってこと自体初めてだしなぁ。

 一体なんだろうと考えながら家に戻ってみると、玄関前には真っ白でルッツが使ってる馬車を引く馬とは比べ物にならないくらいに立派な馬が一頭と、肩肘張ったような面持ちのレイが直立不動で玄関横に立ってたけど、こっちを発見するや否や小走りで近づいて来た。


「おぉリック様。お待ちしておりました」

「あぁ。アリア姉さんから呼んでるって聞いてきたけど、馬車は?」

「我々が先行した形ですので後10日ほどで到着予定ですね」

「ふーん。なんで先行してきたの?」

「ええと……誠に申し上げにくいのですが、砂糖の件でアークスタ伯爵の使いの者が同行しておりまして、ただいま応接室でお待ちしております」


 なるほど。どうやらルッツの無能は砂糖の出所を隠し切れなかったらしい。こいつはちょいとお仕置きが必要らしいな。余計な面倒事を増やしやがって……ぐーたらライフの邪魔をする者はすべからく滅ぶべしだぜ。


「まぁ、とりあえず命乞いくらいは聞いておこうかな」

「お、お手柔らかにお願いいたします」


 苦笑いしたレイを連れて家に入ると、早速エレナが困ったような顔をしながら歩み寄ってくる。大丈夫……押し潰されるような感覚はない。


「ちょっとリックちゃーん。今度は何をしちゃったのかしらー?」

「俺が悪い訳じゃないよ。役立たずだったルッツが悪いんだよ」

「そうなのー? それならいいんだけどー」

「まぁ、とにかくお昼ご飯までには終わらせるから」


 エレナが怒っていなかった事にほっと胸をなでおろしつつ応接間に入ると、ばつが悪そうな顔をしたルッツに困ったような顔をしてるヴォルフ。そして最後に、眼鏡をかけた堅物そうな女が座ってた。


「キミがリックか?」

「そーだけど、誰?」

「わたしはアークスタ伯爵より遣わされた使者である。リック・カールトン。わたしと共に伯爵領へ「断る。帰れ」ついて――」


 そんな事だろうと思って速攻で会話を断ち切って窓から魔法で放り投げる。


「おいおいリック。あまり無体な扱いをするな。アークスタ伯爵は父さんと同じように滅亡寸前だろうと戦場を駆け回った戦友の1人なんだぞ」

「俺のぐーたらライフの前には知った事じゃないよ」


 王都に行くだけでもひと月かかるんだ。そこよりも遠い場所となるともっと時間がかかるのは当然。

 そうなると、畑の手入れが確実に滞るし、ついこの前王都から帰って来たばかりで畑のダメージが残ってるって言うのに、ここでまた村を離れたらそれこそ納税に影響が出る。どう考えたって行くなんて答えはノーだ。


「貴様! 伯爵からの使いであるわたしにこのような狼藉を働いていいと思っているのか!」

「文句があるなら直接伯爵に来いと言っておけ! こちとら王様に大した事のねぇ用で呼ばれたせいで来年の税の支払いが厳しくなりそうだから忙しいんだよ!」

「「……」」


 断りやすい理由をでっちあげる事で手を引かせるつもりだが、ルッツとヴォルフのどの口がそんな事言ってんだって表情は止めてほしい。相手にばれたらと思うとドキドキする。


「分かったらさっさと帰れ」

「たかが男爵風情の次男坊が……っ! 伯爵さまに弓引いた愚を後悔するがいい!」


 まるで悪役みたいな捨て台詞を吐いて堅物女は帰って行った。どうやら2人の表情には気づかんかったみたいで一安心。


「やれやれ。これで伯爵とは険悪な関係になってしまったな」

「別に険悪になったっていいじゃん。交流がある訳でもないし何か支援を受けてる訳でもないんだから」


 存在を知ったのすらつい最近なんだ。別にどう思われようが困らない。それに、今更敵が一人増えようが国中敵だらけといっても過言じゃない立ち位置なんだから屁でもない。


「こちらとしては少し困るヨ。伯爵は甘味を買ってくれるお得意様なのネ」

「そんな事は知らん。というかむしろこっちが被害者だろ」


 黙っておけと言ったのにあっさりバラしやがって。こういう事になるからちゃんとしろよと言ったのに……役立たずだな。


「結構頑張った方ネ」

「結果が伴わなけりゃ意味がない。何のために金貨10枚で砂糖の作り方を売ってやったと思ってんだ。口止め料も含んでるからだぞ」

「そんな事は分かてるヨ。それでもやぱり伯爵相手には無理だたネ」


 ケロっと言い切る姿は無性に腹が立つ。これで多少なりとも申し訳なさそうにしてれば手心を加えても良かったかもしんないけど、まったく反省してる素振りが無いのがイラつきを加速させる。


「しょうがない。約束を守れないような商会とはしばし縁を切るしかないか」


 契約違反は明確に信用問題にかかわる。長年の商売でその辺の箍が緩んでるんだろう。ここらで一度キッチリ締め直さないといけないって訳で、一度営業停止という処分を与えるとしよう。


「待てほしいヨ! そんな事をされたら商売が立ち行かなくなるネ!」

「知らん。お前が約束を破らなきゃよかったんだよ」

「アークスタ伯爵は無理だたヨ! リック様も一度対峙してみればわかるネ!」

「じゃあ最初から無理だって言えばよかっただろ」


 おかげで中立くらいだったかもしんない伯爵を敵に回したんだ。ってか砂糖の一つや二つで目くじらを立てるってどんだけ器が小さいんだよ。こうなってくると滅亡寸前までヴォルフと戦場を駆け抜けてたってのも真実味が薄れるなぁ。


「リック様聞いてるネ!」

「うるさい。失った信用を取り戻したいならルッツがなんとかしろ」


 ちゃんと砂糖の製造法に白くするための方法も記載してあるんだ。それを交渉のテーブルに差し出せば何とかなるんじゃないか――いや、何とかしてもらわんとね。

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