第97話

「お? どうやら戻って来たみたいだな」


 転移してすぐ目に入ったのは、見た事のない巨大な花。紫地に黒の水玉模様がなんとも気色の悪い奴だ。あれが例のワイバーンを遠ざけるって言う花なんだろうけど、ここまで禍々しいのは初めて見るな。


「——ぅお⁉ ビビったぁ……」


 不用意に近づいたら、花の近くに随分と痩せこけたエルフが転がってて、そのあまりの惨状に心臓がギュッとなった。何気にこんなビビり方をしたのは今世初かもな。

 どうやらこの花を持ってくるのに相当な無茶をしたらしいが果たして生きてるんだろうか……うん。魔力がかすかに感じられるからきっと生きてるんだと思う。


「おーい。大丈夫かー?」

「放っておけ。エルフは水と日の光があればそう簡単に死にはせん」


 声をかけたら後ろから聞こえたんで振り返ると、だいぶと機嫌が戻ってきたように見えるフェルトの姿が。


「これが例の花?」

「そうじゃ。遠い孫がワシを喜ばせようと昼も夜もなく駆けてくれてのぉ。おかげで龍もどきが来る事も減ったわい」


 ニヤリと笑う表情はちょっと怖い。それに、この姿のどこにフェルトを喜ばせようって意思があるのか全く分からん。どう見たって命を繋ぐ為に半死半生になりながらも必死でやり遂げたんだろう。

 ……まぁ、だからと言って苦言を呈するつもりはない。何せ忠告を無視したのはこの馬鹿だ。自業自得というほかない。


「減ったって事はゼロじゃないんだね」

「さすがに数が少なくてのぉ。譲ってもらった手前あまり数を要求するわけにもいかんからの。少しづつ増やしていくわい」

「そうなんだ。薬草に影響しないなら別にいう事はないよ」


 ワイバーンを遠ざけるより優先すべきは薬草の品質管理だからな。これを怠るようじゃここに居てもらう価値はない。実際に追い出すつもりはほとんどないけど、釘を刺さない理由にはならない。怠ってからじゃ遅いからね。


「分かっておるわい。今日は何の用じゃ?」

「売る分の薬草を取りに来たんだ。今回は傷薬用の薬草をいつもの倍欲しいんだけど大丈夫?」

「問題ないわい。阿呆じゃが薬草栽培の心得がある遠い孫が居るからの。たとえ10倍だろうと用意出来るぞい?」

「そこまでは要らないよ。あんま用意しすぎると図に乗られるからね」


 薬草や調理器具の販売はあくまで困窮する村を飢えさせないための代替案に過ぎない。

 もちろん俺の転移が続く限りは取りに来るつもりだけど、あんまこれに頼りすぎると村人連中が働かなくなっちまうかもしんないからな。その辺は考えてるつもりだ。


「では少々待っておれ。水の補充を忘れるでないぞ?」

「わーかってるよ」


 ここでやる唯一といっていい仕事だからな。いつも通り土板に乗って別荘まで向かい、裏手にある貯水タンクに水を入れる。おや? いつもと違って水を入れる量が少なく済んでる気がする。

 一応中を覗いてみても堆積物がある訳じゃない。という事は使う量が先月と比べて少ないって事になるんだけど……まぁいいか。

 パパっと給水を済ませ、後は別荘のソファでぼーっとするだけ。


「終わったぞ」

「うーい」


 よっこいせと腰を上げて薬草の確認及び亜空間への収納をぱっぱと済ませる。最高の品質に変わりはないんだけど何だろう……いつものと違って元気がないと言うかなんか違うような気がする。


「いつもと同じのだよね?」

「当然じゃろう。ワシがそのような真似をする訳なかろうが」

「でもなーんか違うような気がするんだよねー」

「品質に問題はないのじゃろう? だったらよいではないか」

「まぁ、そっか」


 魔法は嘘をつかない。そう考えると気のせいかもしれないから気にしないようにしよう。植物のエキスパートであるエルフが気にすんなって言ってんだ。素人以下の俺が気にしたってしゃーない。


「さて……最後にあれをやらねばならんのじゃな」

「そうだね」


 最後の用事はもちろん大樹の枝の採取だ。親方との商売を続けるためには必須の交換品だし、人の魔力を吸いまくって勝手にデカくなったクソ樹からの家賃収入替わりでもある。


「はぁ……何故大切な大樹様の枝を鉄臭い愚鈍なドワーフなどにやらねばいかんのか……」

「言わないなら根元から斬るけど?」

「止めんか馬鹿者! 今回はあの辺りじゃ」

「ふえーい」


 フェルトの注文通りの辺りを風魔法でスパっと切り落とすと、魔力を吸われる感覚が。まぁ、今回は代償を支払ったから良しとしよう。学習速度が遅いとしても、今後はキッチリと枝を貰った代償として魔力を取って行けばいい。それなら俺は蹴ったりせんつもりだ。


「ふむ。ようやく小僧も大樹のありがたみが分かってきたようじゃな」

「急にどうしたのさ」

「いつもであれば蹴りの1発や2発出てもおかしくないところじゃが、その素振りがないじゃろ? だからとうとう小僧も大樹のありがたみを理解したんじゃろうなと思うてな」

「違うよ。単純に枝を貰った代償に魔力を吸ったからなんもしなかっただけ。いつもみたいな勝手に魔力吸い取ってたら遠慮なく蹴っ飛ばしてるよ」


 とはいえ、蹴っ飛ばしたくなる理由は他にもあるけどね。特に一番の問題は、大義名分を得たクソ樹が図体だけをどんどん出隠し続けて薬草が日陰に入らんかどうかだな。

 一応端の方なんでまだ大丈夫っちゃ大丈夫だけど、10年もしないうちに日影が出来るのは明らかだ。


「なぁフェルト。バッサリ切っちゃ駄目なのか?」

「駄目に決まっておるじゃろう! そんな事をするようならワシは小僧が相手だろうと応戦するぞい!」

「さすがにそれは勘弁してほしいけどさ。このままだと薬草の生育に影響出そうじゃん?」

「まぁ、それはそうかもしれんがすぐにそうなる訳ではあるまい」

「だからってほっとくのも違うじゃん? 解決策はある訳?」


 個人的にはスパッと伐採してスッキリさせるのが手っ取り早い。それが嫌だって言うなら代替案を出してもらわんとね。ただ脳死で嫌だと言ってるようなら問答無用で切って燃やす。


「大樹様に薬草が日陰にならんように成長していただくように進言するわい」

「そんな事出来んの?」

「ワシはハイエルフじゃ。言葉を交わす事は出来るんじゃが、聞き入れられるかどうかはあちら次第じゃが、小僧が御身を切り刻むかもしれんと言えば案外何とかなるとワシは考えておる」


 確証はないらしいが、誰だって小間切れにされるのは嫌だろう。まぁ、さすがにそこまでしたらフェルトと敵対して薬草を育ててくれる人材が居なくなっちゃうからしないけど、脅しとしては十分かな?


「試してみてよ。それで変化するなら切る必要性もなくなるし」

「ええじゃろう」


 どうやんのかなーとみてると、フェルトが謎のダンスっぽい何かを5分くらいしてから額を樹の幹に押し付けて言語とは言い難い何かをぶつぶつ呟く姿はちょっとキモイな。


「……ふぅ。何とか受け入れてもらえたぞい」

「そいつは良かった」


 3分くらいで会話が終わったみたいだけど、どうやらクソ樹と言葉を交わすのは相当しんどいみたいだな。見た事ないくらい汗が噴き出てるし、何よりあの膨大な魔力が随分と減ってるのにはビックリだ。単純にじっとしてただけのようにしか見えないのにどうして魔力を使うんだろうか。


「さすがに疲れたわい。すまんが家まで運んでくれんか?」

「別にいいよー」


 使い慣れた土板にフェルトを乗せて別荘に戻ると、痩せこけてたはずのエルフがすっかり元通りの姿で、眉間にしわを寄せながらも薬草の世話をしていた。


「お前……もう復活したのか?」

「さすがにきつかったがな。エルフはあの程度で死にはしない」

「次からはもう少し考えて行動しろよ」

「まったくだ。貴様の言を聞き入れるのは業腹だが、そのせいでああなったのは事実だからな。肝に銘じるとしよう」


 あれだけ憎しみを持ってる俺の言葉を素直に聞き入れるとは……いったいどれほどの地獄を突き進んだんだろうね。

 そんな会話をしながらアリアと同じ要領でフェルトを洗ってベッドに放り投げるとすぐに寝息が聞こえ始めたんで、親方の所へ転移した。

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