第94話
「さて……ぐーたらするか」
薬草園は次にルッツが来るまでそっとして置こう。そのくらいの時間が経てばフェルトと始祖龍の怒りはだいぶ鎮火してる――はずと願いたい。そうなってないとこっちにまで飛び火してくる可能性があるんだよなぁ。
「どうしてワシ等が探しとるモンを奴に言っとらんかったんじゃ!」
こんな風に言われた所で自分で言えばいいじゃんと即座に反論するつもりだ。何せこちらにはどれだけ理不尽な怒りだろうと一蹴できるほどの圧倒的なアドバンテージがあるんだからな。
そんな未来に1人ニヤニヤしてると、水路の近くで水遊びに興じてる子供連中の姿があった。
それが適度な遊びだったら俺も文句は言わんが、バッシャバッシャと水をかき出すようにしてるのは見過ごせん。
「おいこら。その水は農業用の大切なモンで好き勝手使っていい訳じゃないぞ」
「だってあっちーんだもん」
「みずつめたい」
「ずっとこうしてたい」
そう言ってまた水をバシャバシャするんで、罰の意味も込めて水魔法で押し流す。
「わー」
「たのしー」
「もう一回やってー」
「面倒だからヤダ」
こういうのにいつまでも付き合ってるとぐーたらする時間が無くなるから付き合わん。
「もういっかいやれよー」
「やれよー」
「れよー」
「やかましい! 遊びたいなら公園があるだろうが!」
この村には魔法で作った公園がちゃんとある。子供の数が少ないとはいえこういう場所を提供するのは、わけわからんところに行って角ウサギにでも襲われたりでもしたらぐーたらライフが遠くからだ。
「「「あついからやだー」」」
「むぅ……」
確かに公園は暑い。何せ木がロクに育たんような荒廃した土地だからな。日除けとなる物がない。なので熱期に遊べるような場所じゃないのは理解してるが、だからと言って水路で遊ばれるのもまた、ぐーたらライフにとって邪魔になる。
「じゃあ一番下で遊べよ」
遠く遠くから引っ張ってきた水の終着点は一応ある。そこならどうせ垂れ流しになってるからいくら遊んだところで何の問題もない。
「「「いっちゃだめっていわれた」」」
「駄目? なんでだろ」
「深いうえに衛生面に対する危惧ですよ」
子供の言い分に首をひねってると背後からグレッグの声が。
「あー。なるほど」
そういえば、水路が出来る前まではみんなで井戸の傍で洗濯をしてたけど、今は自分の家の近くの水路で洗濯してんだったっけ。となるとその汚れが流れ流れて……うん。確かに汚いし、おまけに結構深く掘った気がするから子供は駄目だな。大人でも危ない深さだったような気がする。
「ですので、終着点に柵でも作っておいてもらえませんか?」
「そーだねー」
危険は極力減らすに限る。溺死体でもなっちゃったらぐーたらライフが遠のくんだ。そこら辺は魔法でキッチリ作り上げて何者の侵入も拒むような堅牢な要塞を作り上げてやろうではないか!
「では、柵を作り終えたら兵錬場に来てもらってよろしいですか?」
「また武器?」
「まぁそれもありますが、泥の道を作りたいのですよ」
「泥の道?」
「ええ。ようやくあの役立たず共の足腰が使い物になって来た兆しがあるので、外周を平坦な荒野から足を取られる泥道にしようかと思いましてね」
確かに最近ゾンビの行進って感じじゃなくなってきたっけ。とはいえあのハードな訓練をさらにハードにするのか。アリアなら嬉々として走り回るだろうが、腕っぷし自慢の村人連中はどうなんだろう。
「労働力が減るのは避けたいんだけど?」
「大丈夫ですよ。それほど心配なのでしたら酒を多めに購入するとよいでしょう」
「酒ねぇ……」
この世界の酒は主にエール。後はワインに火酒か。ここでは主にエール――ってかエールしか飲めん。生きるのに干し肉だの塩だのは必要不可欠だが、酒は存在せんでも生きてけるのであんま購入してない。
とはいえ息抜きのためには必要な訳で、毎月一晩で飲み干せるくらいの量を買ってたんだけどその量を増やすのかぁ……ううむ……。
「母さんと相談だね」
「ふふふ。別になくても逃げ出す村人など居ませんのでご安心を。ですが泥の件は確実に作ってほしいので、頼みましたよ」
「へーい」
あんま気は進まんけど、きっとこの話はアリアも聞いてるだろうってのは容易に想像できる。なので後回しにすると暴力を交えた説得が行われるのは目に見えてるからちゃんとやらんといかん。はぁ……面倒臭い。
そんな事をやってる最中も、ガキ連中は相変わらず水路で水遊びしてやがるし。
「おい。畑に使う水が無くなるだろ」
「だってあちー」
「みずつかっていいばしょつくれー」
「りょうしゅだろー」
ギャーギャー喚きながら俺の服を引っ張るのは止めてほしい。全身ずぶ濡れだからこっちも濡れるだろうが。
しかし遊べる水場——プールか。いいかもな。涼しい水に浮かびながら日がな1日ぐーたらする。うん……いいかもな。
「それいいな。作るか」
幸い水は豊富にあるんで、今のところ枯れる心配はないだろう。
それを聞いたガキ連中がワッと湧き上がる。そして早く早くと急かすんで、仕方なく土板に乗せてより上流の方に向かう。
——————
「この辺でいいか」
足を止めたのは村を囲う柵ギリギリの位置。この裏手には一応兵錬場があるから村人の家も近くにないし、柵を挟んだ反対側には武器が保管されてる倉庫があるんで、冬場になっても特に問題はない。あるとすれば遊ぶのにちょっと距離があるくらいだろう。
25メートルプールサイズに地面をへこませ、何度か子供連中をそこに立たせて溺れないくらいの高さに調節してから水路から水を引く。
「さて……後は水がたまるまで遊んでろ」
「「「はーい」」」
後は反対側を水路につなぎ直せばプール作りは終わり。
「あぁ。柵造らんと」
それを思い出して村のはずれの水路の終着点にやって来た訳だけど、こうやって改めて見てみると、我ながら深く広く作ったなぁ。
見た感じあんま汚れてないようにも見えるけど、石鹸は贅沢品なんでほとんど使ってないとはいえ洗濯は毎日するんだ。上流の水路の水と比べると透明度が違うし、目を凝らせば底の方に溜まってる沈殿物も確認できるから一応掃除もしとくか。
「ほいっと」
まずは水魔法で入ってる水を持ち上げ、超高速で明後日の方に向かって打ち出す。ここは辺境だから人なんざまず来ないが、念のために他領に続く反対方向に向かってだから人に被害はないだろう。
続いてそこに溜まってる物を無魔法で引っ張り上げる。土も混じってるところを見ると水路が崩れてるって事かな? 雨垂れ石を穿つとはよく言ったもんだ。結構な魔力を込めて固めたんだけどどこか削れてるのか……面倒だけど調査が必要だ。
さて……柵——というか壁を作るか。
まずは土魔法で遠くの方から土を引っ張ってくる。こうしないと村の一部がへこんだりする。おかげでヴォルフに何度か叱られた。
そうして集めた土で四方を囲んで固め、入り口は……どうせ俺にしかお鉢が回ってこないだろうからいいだろ。出入り口くらい魔法でどうとでも出来るし、1回掃除したら数か月くらいは必要ないだろうからこれでいい。
後は……入った時に臭いと嫌だから上の方と適当に人が入れないサイズの穴を数個空ければ問題あるまい。
「はぁ……次は泥道か」
雨もろくに降らんこの土地で泥道を作ったところで数日でカッピカピになるのが目に見えてる。それでもランニングの数時間維持できればいいという精神なんだろう。
とりあえず水のたまり具合の確認に戻ってみると、まだあんまり満たされてないけどガキ連中には十分だったらしく、わーきゃーいいながら水をかけまくってる。その横を通り過ぎ、風魔法で柵を飛び越えて兵錬場に。
どうやら訓練の最中のようで一安心。休憩中とかだったらアリアに訓練に参加しろとグチグチ言われるところだが、今は5人くらいの村人を相手に嬉々として大立ち回りをしてる。相手をさせられる連中も可哀そうな事だ。
「グレッグ来たよー」
「随分と速い到着で。では早速お願いしますよ」
「村の外周でいいんだよね?」
「ええ。3人ほどが並んで走れるくらいの幅に脛が半分ほど埋まる程度の深さで」
「ちょっと深すぎない?」
脛が半分って……そもそも誰のを基準にするかで難易度が大きく変わる。俺の脛であれば簡単だが、いっちゃん背の高い村人に合わせれば俺は腿まで埋まる。
「手始めなので少年の脛で結構。後は折を見て深さを変えていく予定ですので」
「へーい」
という事で村の外に出て水魔法と土魔法で注文通りの泥道を2時間くらいかけて製作。ぐるっと一周して戻ってきたらなぜかガキ共が泥遊びに興じており。それに関して母親達からちょっとした説教を受けた。解せぬ。
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