第93話

「……あ」


 ぼーっと空を見上げながらぐーたらしてたら、不意に思い出した。


「そういえばほったらかしだ」


 あれから3日くらいかな? 持ち帰った魔石で魔道具は想定通りの動きをしてくれた事もあって、熱期だと言うのに村人達はそこそこの快眠を得られてるようで畑仕事をするたびに感謝された。

 それに満足して数日ぼーっと過ごしてたらかなりの上空を何かが横切るのが見えてフェルト達の事を思い出した。

 エルフ時間や始祖龍時間を考えると一か月くらいぼーっとしてても問題ないかもしんないけど、ストレスを溜められて薬草の出来に影響があるとこっちが迷惑を被るんだよなぁ。


「はぁ……全然進まん」


 せっかく熱期の睡眠改善で一歩ぐーたらライフに近づいたかと思いきや、対ワイバーン除けに関する材料集めに協力させられる……一歩進んで五歩くらい下がってる気分だよ。

 さて……あんま気は進まんが、ほっとき過ぎると何をしでかすか分からんからな。薬草園に行ってみるか。


 ——————


「うん。どうやら変化なしだな」


 いつも通り転移でやって来た薬草園は何も変わらなかった。少し違うのはフェルトの魔力を全く感じないことくらいか。どうやらあれから帰って来てないとみていいのかな?


「おーい。いるかー」

「なんだ貴様か。今度は何用だ」


 呼んでみると割と近くからひょっこりと顔を出した名前も知らんエルフが近づいて来る。


「フェルトは帰ってきた?」

「当然だろう。始祖様が大樹様のそばを長時間離れるなど考えられんからな」


 あれだけの距離がありながらも良く帰って来れたな。その執着ぶりには狂気すら感じるが、こっちに被害が無ければどうだっていい。薬草の品質に影響が無けりゃね。


「じゃあフェルトからなんか預かってたりする?」

「ああ。貴様が来たら渡しておけと仰せつかっているが、正直量が量なんで勝手に確認しろ。家の裏に置いてある」

「はいよー」


 促されるまま家の裏手に回ってみると、草花に鉱石に魔物の死体なんかが山のように積み上げられてる。どうやら早めに来て正解だったね。最悪三日放置されてたって事を考えるとこの臭いは正直キツイんで、風魔法でいつも人の魔力を吸って無駄にデカくなる樹の方に流しながら鑑定魔法で一つ一つ調べてみる。


 ———————


「ないかぁ……」


 まぁ、分かりきってたことだけど普通に見つからんかったけど、何かしら役に立ちそうなもんはいくつかあったんで亜空間に押し込んで、残った不用品は燃やせるものは燃やしてそう出来ないもんは無魔法で遠くに放り投げた。


「終わったか?」

「ああ。求めてたもんはなかったけどね」

「そうか……という事はあれがまた続くのだな」


 そう呟くとエルフが深い深いため息をつく。どうやらなんかあったらしい。


「なんかあったの?」

「始祖様が留守の時に巨大な龍が現れてな。一目で死を覚悟したが暴れるでもなく何かを置いて去って行き、それが何度も繰り返されるのだ。おかげで気は休まらんし安眠も出来ん。始祖様に伺ったら襲わんから無視しろとしか仰らんのだ」


 きっと始祖龍だな。どうやら奴もフェルトにここに俺が来ると聞いて適当に集めた物を置いていってるらしい。忙しいと言いながらもちゃんとやる事はやってるようで一安心だ。


「まぁ、もうしばらく――いや、もしかしたら永遠に終わらないかもしれないから早い内に慣れといた方がいいよ」

「なんだと⁉ いったい始祖様とあの龍は何をしているのだ」

「聞いてないの? ワイバーンを遠ざけるための物がないか探してるんだよ」


 フェルトも始祖龍も頂点捕食者の位置にふんぞり返ってるからな。きっと安全のために何かを遠ざける工夫なんて事をしてこなかったんだろう。そのせいでこうして俺まで苦労させられている訳だがな。


「なんだ。そんな物を探していたのか」

「知ってるの?」

「当然だろう。いくらエルフとは言えワイバーン相手は骨が折れる。故に集落では龍が嫌悪する香りを発する花を植えるのが常識だからな」


 どうやら思ったより簡単に手に入りそうだが、本当にそれでワイバーンが近づかなくなるかどうかは確認が必要だろう。


「ここにはないよね」

「当たり前だろう。あればワイバーンが近寄ってくることなどあり得ん」

「手に入るの?」

「必要なのか?」

「逆にあの光景を見てどうして必要と思わないんだ?」


 親の敵に向ける殺意すら生ぬるいと言えるくらい禍々しい魔力を纏いながら矢を射る姿のどこに不要だろうと思い込める部分があるのか理解しがたい。


「そうか。それを入手できればあの巨大龍がここに来る事もなくなるんだな?」

「多分だけどそうなると思うよ?」


 フェルトがワイバーンを狩らなければ、始祖龍の方も安心して暮らせるだろう。そうなれば別に用事がある訳でもない限りは近づいてこないだろう。見た感じ知り合い以上友達未満って感じだったし。


「そうと分かれば一度集落へと帰る必要があるな」

「じゃあ帰れよ。そしてその花を持ってこい」

「なぜ貴様のような人間ごときに指図されねばならんのだ」

「これは俺の意見じゃない。フェルトの意見だ」


 きっとフェルトにその花の事を言えば速攻で持って来いと命令するだろう。

 しかし。それだけで済めばまだ御の字だが、もしかしたらなぜ今までそんな便利な物がある事を黙っていたんだと詰め寄られる可能性が無きにしも非ず。そうなるとこのエルフは胃に穴が開くかもしれないから同性のよしみとしての忠告だ。


「……本当に始祖様の意見なんだろうな?」

「本人に聞いてみる? 一応忠告するけど、なんで黙ってたんだって怒られても一切責任持たないからね?」


 なんとなくだがそうなる気がする。聞かれなかっただ知らなかっただなんて言い訳は一切通用しない。見てれば分かるだろうとか逆に聞いてくればよかっただろうとかなんやかんや言われて説教される未来が結構はっきり見える。


「……何とかならんか?」

「そうだね……最適解はその花がある事なんだけど……近くに咲いてたりしない?」

「ない事は無いだろうが、あれだけワイバーンが近寄ってくる事を考えると近辺には咲いていないだろう」

「そんなに効果あるの?」

「ああ。少なくとも一輪あれば大樹様が居られるこの周辺は問題ないだろう」


 ううむ……そう考えるととんでもない威力だなと思うのと同時に、もしかしてとんでもなくデカいのか? って疑問が脳裏をよぎる。

 バカでかい樹にバカでかい花……想像するだけで嫌な気分になるな。


「じゃあどっかから持ってくるしかないね。集落から取って来れないの?」


 それが一番手っ取り早い。エルフの集落がどこにあるかは知らんが、そっから取ってくりゃあ万事解決。まぁ、遅かったな。なんて文句は言われるかもしれんけど、そのくらいは我慢するしかあるまい。


「取って来れない事はないが時間がかかる」

「じゃあ取って来いよ。死に――はしないけど酷い目にあいたくないだろう?」

「それはそうだが……あの花一つでそこまでの目に合うものなのか?」

「信じる信じないはお前の勝手だが、俺はちゃんと忠告したからな」


 そう言って目を向ける先からは近づいてくる魔力がある。この大きさだと2人一緒に来てるね。何ともタイミングの悪い時にやって来るもんだ。いや、あっちからすると遅かったけどナイスタイミングか?


「丁度ええわい小僧。どうじゃった?」

「駄目だったよ」

「本当に調べたんですの? わたくしとフェルトが集めた物はたかが人間が短時間で調査できるような量ではありませんでしたわよ」

「それが出来るのが鑑定魔法のいい所よ」

「便利じゃのぉ。それがあれば始祖龍を働かせて大樹様のおそばに仕えられるのじゃがなぁ……」


 深い深いため息をついたフェルトの姿に、背中を針が駆け抜けるようなほんの少しの冷たい気配が。

 バッ! とそっちに目を向けると喜色満面といった様子のエルフが居る。あーあ。こりゃ駄目だ。


「始祖様。そこの人間に聞いたところワイバーンを遠ざける物をお探しだと」

「その通りじゃが、何か心当たりがあるのか?」

「それでしたらエルフの里に群生しているメイアの花が始祖様が探しておられるものであると思われます」


 どうです! 役に立つでしょうと言わんばかりの声色に、恐る恐るフェルト側に目を向けると明らかに魔力の流れが変わった。それに気付けてないアホエルフはニッコニコで次の言葉を待ってる始末。


「……なるほど。貴様はワシが求めているものを知っておったのか」

「はい!」

「そうかそうか。つまり貴様は、ワシ等が身を粉にして動き回ってるのを内心、馬鹿にしておったのじゃな?」

「なんですって? このわたくしを始祖龍と知っておきながら矮小な生物如きが見下していたとはいい度胸ですわね!」

「え……いや……」


 こうなったらもうどうしようもない。2人が求める物のありかを知ってるから殺されるような事にはならんと思うが、痛い目にはあうだろう。


「じゃあねー」


 用事が済んだ以上は俺が居る意味はない。さっさと転移でこの場を去る事が被害を最小限に抑える方法だからな。

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