第92話

「さて……とりあえずやってみようか」


 始祖龍とフェルトの力でワイバーンは簡単に捕まった。とはいえこいつはかなりのアホだからか、さっきからギャーギャー喚いてやかましい。


「何をするんじゃ?」

「まずは文字が読めるかどうかだね」


 本来であればこういった確認作業は始祖龍にしておいてほしかったんだが、何かにつけて忙しいと言いやがる。くそ……俺だって本来ならぐーたらするために毎日忙しくしてる予定だったのに。クソの神のせいでこうしてせかせか働かなくちゃならんのだ。しかも全くの無関係に近い龍のお悩み解決なんて……どう考えたって領分超えてんだろ。


「知能の足りないワイバーンに文字など読めるとは思えませんわよ?」

「分かんないよ? キノキノコって知ってる?」

「知りませんわね」

「ワシは知っとるのぉ。昔住んどった森に少々居った雑魚じゃな。それがなんだと言うんじゃ?」

「魔法使えるって知ってた?」

「……初耳じゃが知らんでもええ事じゃな」

「そうですわね」

「まぁね。でも、こいつが文字を読めるかもしれないって可能性の理由にはなったでしょ?」


 と言ってみたはいいが、大方の予想通り文字なんて読めるはずもなく、ただずーっとギャーギャー鳴いて俺やフェルトに襲い掛かろうとする姿は本当にアホとしかいいようがない。こんなのに人類は苦戦を強いられてるのかって考えるとやるせない。


「駄目だったね」

「最初から分かっていた事じゃ」

「そうですわね。まだ何か致しますの?」

「次は指示の度合いかな」


 どんな指示をしてるのかを知ればなんとかなるかなーといくつか出してもらうと、確かに始祖龍の言う事は理解してるっぽい。まぁ、大人しくはならんがね。


「理解するだけの知能はあるっぽいね」

「当然ですわ。その程度の事が出来なければわたくしの小間使いとして使えないではございませんか」

「一瞬で忘れるような阿呆しか小間使いに出来ぬとは、始祖龍の名が泣くのぉ」

「確かに。他に龍っていないの?」


 単純な疑問だ。ワイバーンと始祖龍が居るなら、その間に入るだろう龍もいるのが当然なのがテンプレだと思う。トップが忙しいならその下の連中に仕事をやらせればいいと思う。


「勿論居りますわ。しかしその龍達も当然のように忙しいのですわ」

「忙しいって言うけどいったい何してんの?」


 イメージだと金銀財宝に囲まれてずっと寝てるのしか思いつかん。あれで忙しいって言うのは俺と同じ道を歩む同士かもしれん。


「教えるわけありませんわー」

「……まぁ、とにかく役に立たないって事でいいんだね」

「ええ」


 本当に忙しいかどうか怪しいもんだが、あまり深く追求するのは止めとこう。そうしたところでこっちには何の意味もないからな。


「とりあえず指示を覚えさせ続けるのも無理って分かったよ」

「ご理解いただけて結構ですわ」

「おい小僧。まさか早々に諦めると言うのではないじゃろうな?」

「次は結界実験だね」


 結界で箱を作って閉じ込め、一か所だけ逃げられるように開けてぼーっと観察してみるが、どうやら本当に馬鹿みたいで、後ろががら空きだって言うのに目の前の結界に向かって延々と爪や牙で何とかしようと暴れまわってる。


「想像以上に馬鹿なんだね」

「わたくしも改めて実感いたしましたわ」

「フン。大樹に手を出そうとしとる時点で救いようのない阿呆だという事をワシは理解しておったがな」


 ふーむ……最低限の知能しかないとなると本当に記憶させるのは不可能に近いな。


「どうしよっか」

「それを考えるのが小僧の仕事じゃろう。そうでなければ、ワシがワイバーンを根絶させるまでじゃからな」

「もう少し頭を使いなさいな。貴方が何とかしなければわたくしのワイバーンがすべていなくなってしまうではありませんの」


 こいつ等……自分の事のくせによくもまぁここまで人任せに出来るな。これだから戦うくらいしかやる事が無い世界は嫌なんだ。多少頭が回るって言ってもそこそこの大学を卒業しただけのおっさんにワイバーンを何とかしろとか無茶言うんじゃねぇよ全く。


「そうだなぁ……それじゃあ匂いとかはどう?」

「「匂い?」」

「そ。何かワイバーンが嫌う臭いを発する物でもフェルトが住んでる山の方に置いておけば、ワイバーンが近寄ってこないようになりそうじゃん?」


 かくいう俺も前世ではパクチーと香水がとても嫌いだった。もちろん面と向かって臭いと言うつもりは毛頭ないが、近づいて来るとどうしたって鼻の奥が痛くなるんだよなぁ。

 それに、魔よけの香って冒険者テンプレっぽい。結界なんかもベタかもしれないけど、それはこいつが厳しいって言いやがったからな。


「そんなものが存在するなんて聞いた事ございませんわ」

「はて……そういえば貧弱な人間共が野営時に変な臭いのする香を焚いておったが、それがそうなのかもしれんのぉ」


 生まれ持って強者が約束されてる連中らしい発言だな。とにかく魔除けの香が存在してる事は分かったんで、後はワイバーンが嫌う臭いを発する植物なりなんなりをバリケードみたいに設置すれば何とかなるだろう。


「そんな訳で、探してきてよ」

「え? わたくしが探してくるんですの?」

「そりゃそうでしょ。フェルトも一緒に頑張って」

「ワシもやるのか⁉」

「当たり前でしょ。そんなあるかどうかも分かんない素材を探すなんて面倒な事を俺がするわけないじゃん」


 ま。最初から材料がそろっててもフェルトたちにやらせるけどね。本来であればこうして案を出すだけでも面倒臭い。

 それにどっちも長い寿命があるんだから、ないかもしれないもんを探すために数十年無駄にしたところでへでもないだろうが、こちとら100年にも満たない人生をそんな意味のない事で無駄にはしたくないからな。

 なので、何もしませんよって意思表示として土魔法でソファを作って寝っ転がって無気力アピールすると、俺の性格を少なからず知ってるフェルトが盛大にため息をついて始祖龍に顔を向ける。


「お主は何か知らんのか?」

「知るわけありませんわ。そもそも生物の頂点たる龍が忌避してしまう物が存在するなんて到底思えませんわ」

「だからそれを探すんじゃろうが。阿呆か貴様は」

「む……ただの確認作業ですわ。とりあえず探せばよろしいのでしょう」


 そう言って飛び立とうとする始祖龍の足に土魔法を絡めて軽く拘束。


「ちょっとなんですの?」

「ここまで相談に乗ってやったんだ。礼として魔石をくれ」

「魔石ですの? どのくらいの大きさが欲しいんですの?」

「そうだなぁ……とりあえずこれの倍くらい」


 亜空間からゴーレムの魔石を取り出して始祖龍に見せる。


「随分小さいんですのね。その倍くらいでしたら問題ございませんわ。少々お待ちなさいな」


 そう言うと何語か分からん言語をぶつぶつ呟くと、手にしてたゴーレムの魔石が淡い光を発しながら徐々に大きくなり、要求したさらに倍くらいの大きさでようやく止まった。


「……ふぅ。このくらいあればよろしいですわね?」

「すっげぇ……始祖龍ってこんな事も出来んの?」

「当然ですわ。わたくしは生物の頂点に立つ龍の始祖ですのよ? このくらい出来て当たり前です事よ」


 そっけなく言ってるように見えるが、尻尾の方に目を向けると犬みたいにぶんぶん揺れ動いてる。非常に分かりやすい。


「あんがと。それじゃあ俺は帰るから」

「待て小僧! ワシを置いていくのか!」

「だってそろそろ帰らんと昼飯に遅れるし、そもそもフェルトにはワイバーンが近づかんようにする何かを探すって仕事があるでしょ。そっちを頑張ってねー」


 ニッコリ笑顔で転移。一応別荘に戻って、もしかしたらフェルトが数日帰ってこないかもしれないという事情を雑魚エルフに説明してから家に戻り昼飯を食ってから比較的ぐーたらな午後を過ごした。

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