第91話
追いかけっこから10分。俺達の前にはフェルトによってボコボコにされた全長100メートルはありそうな巨大な漆黒龍が居る訳だが、正直言ってあそこまでワンサイドすぎると、テンプレだとこの世の頂点であるドラゴンだとしてもかわいそうに思てくるから不思議だな。
「まったく。余計な手間を取らせおって」
「いやーごめんごめん」
フェルトがため息まじりに抗議の目を向けてくるけど、俺はそれを軽くいなす。
確かに途中で、そういえば俺って転移使えたよな? って事を思い出して何度か繰り返すとあっという間に目の前に。
そのあまりのデカさに少しビビったけど、間髪入れずにフェルトが魔力矢をそいつに向かって何のためらいもなく撃ち込み続けてボコボコになり、今となっては犬の伏せみたいな感じで大人しくしてる。
「さて……始祖龍よ。ワシがやってきた理由は分かっておろうな?」
「……無理ですわよぉー。ワイバーン馬鹿すぎるからわたくしの命令なんてすぐに忘れてしまうんですものー」
甲高い鳴き声にお嬢様口調でも分かる通り、目の前の龍はどうやらメスらしい。そしてそれを容赦なくボコボコにするフェルトもなかなか……。
「それをどうにかするのが貴様の仕事じゃろうが! ワシは今まで何度も龍もどきを絶滅させろと言うておったじゃろうが!」
「そ、そうおっしゃられましても……ワイバーンは馬鹿ですけれど人間ども相手には有効な魔物でしてよ。いちいち配下に下等生物共の相手をさせるほどわたくしたちは暇ではありませんわ」
「……さて。という訳でワシらの議論はこうして平行線で微塵も動かん。小僧。何とかせぇ」
「はい? 嫌ですけど?」
急に話を振られたと思ったらなんで俺が他人の面倒事を仲裁せにゃならんのだ。ここに来たのはあくまで魔石の調達に過ぎない。
「話を聞け。ワシとしてはあの龍もどきは一匹残らず滅せねばあの大樹に被害が及ぶのは必定じゃ。故にこやつを説き伏せてくれんか?」
「何をおっしゃいますの。ワイバーンはわたくしの領地であるこの山々に侵入する下等で愚かな人間共を始末するためには必要な存在なのですわ。例えそれがわたくしの10の命令のうち7忘れるようなお馬鹿でも使わざるを得ないのですわ。なのでそちらのハイエルフの説得をなさいな」
「……おいフェルト。もしかしてこのために俺を連れてきたのか?」
「当然じゃろう。ワシ等では結論が出ないのじゃから、他の者に任せるしかあるまいて」
うぜぇ……こいつだけここに置いて帰ってやろうか。
しかし……そんな事をするとここで争いを始めるかもしれん。何せフェルトはずっと嫌な魔力を纏ってるんだ。薬草園から相当離れてるとはいえ被害がゼロか? と問われると確信をもって大丈夫と言えん。何せ相手は始祖龍なんて化け物だ。地形が変化するくらいの争いになりそうなのはテンプレでは常識なんだから。
「……とりあえずワイバーンをあの場所に近寄らせないようにすればいいんじゃないの?」
普通に考えれば真っ先に思いつく対処法だが、それを聞いた始祖龍の方から体が吹っ飛ばされそうなため息が漏れる。
「そのような事は一番初めに通達しておりますわ。それでも3日もすれば忘れてしまいますのよ。そのせいでフェルトに何百何千ものワイバーンを射抜かれたか分かった物ではありません事よ」
「フン。そのような阿呆しか配下に出来ん貴様が愚かなだけじゃろうが」
「はいはい。そういうのは時間の無駄だから黙ってろ」
魔法で2人の口を塞ぐ。両者共に魔力が多いから多少力が要るけど、出来ない事じゃないんでやる。そうしないとすぐに喧嘩を始めて話が全く先に進まねぇ。
さて……とりあえず2人の言い分としては、ワイバーンがどうにかなれば問題はなくなるらしいが、問題はそのワイバーンがアホすぎて長期間トップである始祖龍の指示を覚えてらんないって所だ。
こればっかりはどうしようもないと思うんだけどなぁ。小説とかでもワイバーンはとにかくアホってイメージは根強い。そんな連中に指示を聞けって方が無理難題過ぎるし、俺は大樹がどうなると正直どうでもいいと思ってる。
とはいえ、それで始祖龍の肩を持つと薬草を育ててくれる人材がいなくなっちゃうんで困る。
「忘れる前に言い直すってのは駄目な訳?」
返事がない。あぁ……そういえば魔法で黙らせてたんだっけか?
「……難しいですわね。わたくし、これでも多忙の身の上ですの。そのわたくしが山に踏み入る不届き者の排除の為だけに時間はそうそう使えませんわ」
「じゃあフェルト側にだけ結界張ったりすりゃいいじゃん」
さすがにどれだけ広いかも知らん龍の巣全域に結界を張るのは不可能だとしても、フェルトが住んでる方向に重点的に設置しておけば、それにぶつかったらそれ以上進むなんて馬鹿な事はしないだろう。
「無茶言わないでくださいまし。それほど大規模な結界を常時張っていたらすぐに魔力が枯渇してしまうに決まっているではありませんの」
「そう? ちなみにどのくらいまでは始祖龍の土地なの?」
「決まっておりますわ。この山全てですわ」
フンスと吹っ飛ばされそうな風量の鼻息を出しながら得意げに宣言するが、次の瞬間にはパチンと静電気が起きたような音と共に魔力に動きが。
「ほぉ? 大樹がお住まいになられておるあの山までも自らの物とぬかすか。どうやら命が惜しくないらしいの」
やっぱり付き合ってくれてるだけだったか。俺の沈黙の魔法をあっさりと破ったフェルトがどす黒い呪詛みたいな感情が乗った言葉を吐きながらゆっくりとした動きで大丈夫か? ってくらいの魔力が凝縮された矢を番えて弓を引き絞ってる。
この一撃は俺の結界でも防げないかもしんないレベルだ。
それほどの脅威に対して目の前の始祖龍はどう見ても結界を張ってる様子はない。一瞬自慢の鱗で防げんのか? と思ったが、後ずさってるところを見ると無理っぽいらしい。
「はいはい。そういうことされると話が進まないから黙ってて」
「なんじゃ? 小僧もこやつの肩を――」
「追い出されたいの?」
普通にそう告げるだけで魔力が霧散。今にも泣きそうな表情で縋りついて来るのがちょっと面倒臭い。
「とにかく。結界を張るなり看板を設置するなりしてワイバーンがこっちに来ないようにしてもらえるかな? そっちも命は惜しいでしょ?」
「ふ、フン! わたくしは生物の頂点に君臨いたします始祖龍ですのよ? ハイエルフの一人や二人怖がるわけがございませんわ」
そう言いながら震えてるように見えるのは俺だけかね。まぁ、そこを指摘するとまた話が進まなくなるんで無視。俺からすれば始祖龍が強かろうがフェルトが強かろうがどうでもいい事だからな。何せぐーたらには関係ないんだから。
「とにかく。知能が足りないワイバーン相手じゃ記憶は期待できそうにないから、どうにかして定期的に指示する方法を考えないとさっきみたいな目に合うし、加減されてたの理解してんでしょ?」
体格差を考えればフェルトの方が不利なはずなのに、一方的にボコられてたからな。おまけに殺さないようにしてたのがよく分かる。マジでヤバイ猛攻を受けた俺だからこそわかる。あれは加減しとるわ……って。
そんなフェルト相手にこいつもこいつで抵抗しようとしてたっぽいけど、手も足も出てなかったしな。実力差はえげつないのによくもまぁあんな強がり言えるもんだ。
「な、何と言われようと結界を張り続けるなんて無茶が過ぎますわ!」
「え? 始祖龍って魔力少ないの?」
「まぁ、ワシより劣るのは確実じゃな。しかし常時結界を張り続けるというのはワシも無理じゃし、小僧も無理じゃろ」
俺だってどれだけ広いか分からん山の一方だけとはいえ結界を張り続けるのはキッツイ。とはいえやり方ってのは往々にして存在するだろ。
「ま。やってみてからかな」
とにかく実験をしない事には始まらないし、さっさと終わらせないとエレナの無言の圧力が怖い。
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