第90話

「やほー」

「ようやっと来たか。待ちくたびれたぞ」

「ごめんごめん。ご飯を食べたらぐーたらするのが習慣なんでね」


 昼飯を食い終わって、食休みとしてしばしぼーっとしてたら1時間くらい経っちゃったからな。やはりぐーたらはイイ。


「でも、エルフが遅いとかいうの初めて聞いたかも」


 長寿ってだけあって、時間間隔が人と違うからてっきりなんも言われないかと思ってたのに、そんな事を言うなんて思ってもみなくてビックリ。


「馬鹿を言え。さすがのエルフだろうとその程度の時間の感覚はある。それに始祖様は急いでいらっしゃるんだ! 貴様のような人間の小僧がエルフの始祖であらせられるハイエルフ様を待たせるとはどういう了見だ!」

「何言ってんの? 誘ってきたのはそっちでしょ? それに嫌なら出てけばいいじゃん。俺はフェルトの居住は許してるけど、お前に許可を出した覚えはねぇ」


 勝手に我が物顔でここに居座ってやがるが、ここに住んでいいのは俺の利益になる奴だけであって、ほどほどの品質の薬草しか探索出来ない敵意むき出しの雑魚はお呼びじゃねぇんだよな。


「その通りじゃ! ワシに迷惑をかけるというのであれば出てゆくがよい!」

「始祖様⁉ 何をおっしゃられるのですか!」

「貴様にはあの大樹が見えんのか! それをこれほど間近で拝む事が出来る場所などどこの里であろうと存在せんわ! そんな楽園のような環境をワシから奪うんじゃ。それ相応の覚悟は出来ておるんじゃろうな?」


 フェルトの最優先事項はあの樹になるが、所有権は俺にあるらしい。なので薬草の世話係なんて雑事を押し付けても嬉々として受け入れる。それをきちんとこなせば俺は何も言わないからな。

 なのに、突如としてやってきた孫だと名乗る雑魚エルフは――喧嘩を売るわ薬草の目利きは悪いしおまけに作業も文句たらたら。ハッキリ言って俺の神経を逆なでするような事しかしない。

 こいつをいつまでも住ませてるといつか追い出されると感じたんだろう。対応が随分と厳しい物になってる。


「あれはまさか世界じ――」

「言うでない!」


 咄嗟にフェルトが口を塞いで言わせずに済んだみたいだけど、ほぼ聞こえてたんだよなー。まぁ、そもそもそれだろうと思ってたからなんも言わんけど、あの慌てようからするとやっぱ面倒事だよなー。それに関してはこっちに関係ない所でやってほしい。

 もし何かしら面倒事を持ってきたら……出て行ってもらおう。


「ほら。そんな事より行くよ」


 説教とか調教は俺が居ない時にやってほしいんで、フェルトを無魔法で引きずり寄せて土板に乗せる。


「貴様! 始祖様をモノのように扱うとは死にたいらしいな」

「沈黙」


 隙だらけなんで魔法で口を封じる。フェルトだったらこんなことをしても無詠唱で魔法をぶっ放してくるんで何の意味もないけど、こいつはこうすると魔法が一切使えなくなるのは把握済みだし、物理で攻めてこようがフェルトの魔法を数発耐える結界の前にそんなものは児戯だよ児戯。


「じゃあな。ちゃんと薬草の世話をしてたら帰りに解除してやるから頑張れよ」


 そう言い残して龍の巣に向かって飛び立つ。


「いやー。やはり小僧の魔法は便利じゃのー。ワシはエルフじゃから鉄臭いドワーフ共と違って土魔法が得意ではなくてのぉ」


 そうつぶやくフェルトが下に目を向ける。

 龍の巣は切り立った連山が地平線まで続くような場所一帯で、こっちも険しい山の山頂付近にあるために割とすぐに崖みたいになってるんで、重力に逆らう力がないと垂直落下出来る。

 なので、あの場所から降りて龍の巣に行くには徒歩での移動となり、それには数日を要する。

 それが嫌なら無魔法と土魔法を併用したこの移動方法を使いこなすしかない。これなら20分程度で目的地の中腹辺りにたどり着ける。


「で? どこに下ろせばいい訳?」

「魔力が一番濃い所に決まっておろう。分らぬとは言わせんぞ」


 そう言われると分かると返答できる。魔力感知は自信のある方だからな。どのくらい強いのかとかも分かるけどフェルトには及ばない。こういう場合のトップってなるとやっぱりエンシェントドラゴンとかが思い浮かぶ。

 数十メートル級のドラゴンより強いフェルト……異世界ってスゲー。


「別にいいけどこっちに面倒事が来ないようにしてね」


 龍のトップとドンパチやる以上、多少の地形変化があるだろうと想像してしまうのはゲーム脳のせいだろう。もしなかったとしても、言っておかないと薬草園に被害が及んでもあの時そんな事言ってなかったじゃん? と反論されればグゥの音も出ないんでキッチリ言質を取っておかんとな。


「当然じゃ。小僧に迷惑をかけてあそこを追い出されでもしたら、ワシは龍の巣のすべてを焼き払っても怒りを収める自信はないからの」


 確かに。これでもフェルトだったらそのくらいやってのけるだろう。まぁ、もしそうなっても被害を受けるのは龍の巣一帯だけだから俺には関係ないけどねー。


「お?」


 なんて雑談をしてるとワイバーン数匹が近づいて来るのが見えた。そしてフェルトが舌打ちをする。


「さて……とりあえずワシの来訪を知らせるド派手な一発を見舞ってやろうではないか」


 口元は笑みを浮かべてるけど滾る魔力が明らかにおかしいし、これだけの魔力のうねりに対して鈍感すぎるワイバーンもおかし――いや、この場合は馬鹿なのかな?

 そんな事をボケーっと考えてると、フェルトが弓を引くと次の瞬間には魔力が集まり、その形が矢となって放たれると同時くらいにワイバーンが粉みじんに。


「ちょっとフェルト。俺は魔石を取りに来たんだけど?」


 魔物を粉みじんにするのは一向にかまわないんだけど、それだと俺が欲してる魔石が回収できない。とんでもない威力だからな。魔石まで粉々になってるのは明らかだ。


「すまんすまん。ついいつもの癖でやってもうたわい」

「次からは気を付けてよ」

「分かっておるわい」


 そのまままっすぐ突き進んで行くも、ワイバーンは相当にアホらしい。そして無数に存在してるみたいで龍の巣に近づけば近づくほど襲撃の回数が増えて、そのたびにフェルトが魔法矢で射抜く。そして俺が魔石を回収する。

 ワイバーンの魔石はゴーレムのと比べて一回り大きい。なので内包してる魔力量もかなりの物だけど、たった数個じゃそこそこの数があるゴーレム魔石には及ばないな。


「しっかし……殺しても殺しても無限に湧き出てくるね」

「じゃから嫌なんじゃよ。知能もろくにない阿呆の相手は」


 そう言いながら簡単に始末してるが、一応この世界だと一匹討伐するにもかなりの業物とそれを使いこなせる達人が複数居ても死闘になる。救国の英雄ヴォルフでさえ単独での討伐無理らしいしな。

 改めて考えるとやっぱりフェルトの強さは異常だよねー。今もここのトップに文句を言いに行くぐらいだ。感じる魔力は当然フェルトに軍配が上がるが、どうも近づく気配がないのが妙に気になる。もしかしてこっちの魔力に気づいて逃げてるのかな?


「っち。小僧。速度はどこまで上げられる?」

「うん? いろいろ気にしなければ10倍くらいまでならいけるよ」


 今も結構な速度で龍の巣で一番デカい魔力に向かって飛んでるけど、あっちの方が若干早い。このままだと逃げられるが、こっちはまだ本気を出していないので速度を上げる事は出来るけど、その分コントロールが難しくなるし、何よりメッチャうるさい。

 ソニックブームって言うんだっけか? 前にスピードの限界に挑戦してそれのせいで響いた爆音で鼓膜がとんでもない目にあったからな。耳の保全は大事。


「ならば最大速度で追いかけるんじゃ」

「へいへい」


 さすがに最大速度ともなるとミスしたりするんで、ちゃんと結界を張る。ついでに耳にも結界で覆って爆音対策はバッチリ。


「さーて。それじゃしっかり掴まっててね」


 と言っても聞こえてないだろうけどね。とりあえずちゃっちゃと終わらせるためにMAXスピードで吶喊。


「っ⁉」


 耳を結界で覆ってても聞こえるくらいの爆音が轟き、景色がとんでもない速度で横に流れていくのは新幹線や飛行機の比じゃない。

 そんなあり得ない速度での接近にあっちも気づいたみたいで速度を上げたみたいだけど、夕飯までには帰りたいんでそこら辺はマジでやらせてもらう。

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