第89話

「こんちは――ってどったのフェルト」


 勝手知ったる自分の別荘なんでノックもなしに戸を開けると弓の手入れをしてるフェルトの姿があったが、いつもの飄々とした空気はナリを潜め、出会った当初のようなピリピリとしたもので張りつめてる。


「やはり先程の魔力のうねりは小僧じゃったか。来て早速で済まんが少々立て込んでてな。薬草に関して今回は孫に一任させておるから奴に言え」

「なんかあったの?」


 今は薬草じゃなくて魔石を貰いに来たんだが、今後同じような事があった場合を考えると対策が必要になるかもしれない。

 そう考えると、とりあえず黙って何が起きたのかくらいは聞いておこう。早期解決が出来そうならいいけど。


「……また龍もどきが儂の大切な大切な大樹に手を出そうとしてきおってな。これまでも何度か忠告してきたんじゃがもう限界での。一度足腰が立たなくなるまで懲らしめてやるつもりなんじゃ。故に此度は薬草の選別を孫に任せておる」


 問題は思ったより深刻じゃなくてよかった。

 龍もどきとはワイバーンの事で、かなり頭が悪いようで薬草を貰いに月に一度ここに来るけど、かなりの頻度でこのワイバーンの死体なりなんなりが目に入った。

 ふむ……確かにそう言われてみるとワイバーンの襲来が多いな。しかし文句って言ったって誰にするんだろう。

 まぁそれはどうでもいいとして、気になるが今は薬草の方が大事。


「悪いけど、俺が求めてんのは常に最高品質のみなんだわ。なんで――」

「ま、待て小僧! 及第点とは言ったがあくまでワシの基準によるものじゃ! なのでお主の求める水準をきちんと満たしておるんじゃ! じゃからワシを大樹から遠ざけんでくれ~」


 俺も一緒に文句を言ってやるよと言いたかったんだが、勝手に勘違いしてガキの俺の足に縋りつくその力は、結界を張ってなかったら簡単に折られそうなほど強い。

 別に何も言ってないし、いまさらフェルトこっから追い出したところで待ってるのは売り上げの減額だし、村人たちの生死に直接かかわってくるんだ。であれば追い出すなんて事はしないんだが、そう言ったところで簡単に信じる精神状況じゃないのは明らか。


「ならあの雑魚のテスト――試験しようじゃないか。合格ならお咎めなし。失格ならそれ相応の罰を受けてもらおうか」

「望むところじゃ!」


 という訳で、家を出てエルフの元に行ってみると、前に見た時と同じようなしわがれた姿で横たわっていた。


「なんか前も見た記憶があるなぁ。これ生きてるの?」

「エルフはそう簡単に死なん。しかしこれでは使い物にならんので、多少魔力を分けてやるとするか」


 ため息まじりにフェルトがそいつの額に触れると萎れてた身体が徐々に生気を帯びて、程なくうっすらと目を開けた。


「——————」

「うん? なんじゃ?」

「ああ。そういえば喋れないようにしてたんだった」


 パチリと指を鳴らして魔法を解除してやるが、あくまで喋れるようになっただけで身動きは一切取れなんで芋虫みたいになってる。


「始祖様!」

「お主はいったい何をやっとるんじゃ。ワシは薬草の世話を頼んだはずじゃが?」

「そ、それは……すべてそこの小僧の仕業です!」

「そんなのは気付いておるわい。ワシが言いたいのは、なぜ薬草の世話を任せておったのに小僧にこんな目に合わせられとるのかと聞いとるんじゃ」


 髪の毛を掴んで引き寄せると、凄みのある声でそう尋ねる。

 まぁ、何も言ってないんだがフェルトはこいつが不手際を犯せば犯すほど自分がここから追い出されてしまうのではないかとの恐怖に、遠い遠い孫程度は簡単に切り捨てる事をいとわないほど勝手に追い詰められてる。


「し、始祖様?」


 そんな事情など知る由もないアホはアホらしく口をぽかんと開けたまま。その頭の回転の悪さがフェルトを余計にイラつかせるんだろうね。眉間のしわがますます深い物に代わると、何も言わずに薬草園に向かって歩き始める。


「ちょ⁉ 痛い。痛いですって始祖様! おい下等生物の小僧! 今すぐこの魔法を解除しろ! そうすれば腕の一本程度で――ちょ! 髪の毛がぶちぶち言ってるんですけど! 始祖様ー!」


 雑魚の脅し……なのかな? よく分からん事をほざきながら遠ざかっていくので、とりあえず追いかける事に。時間がないから急いでほしいんだけどなー。


「小僧。こやつの拘束を解け」

「はいよー」


 足を止めて指示してきたのは薬草園のど真ん中。そこで魔法を解くと雑魚エルフが飛び跳ねるように起き上がってこっちをギロッと睨んだものの、フェルトにケツを蹴っ飛ばされる。


「今から30数える間に最高の薬草を5種摘んで来い」

「別に構いませんが……30というのは些か短いと思うのですが――」

「30!」


 雑魚の意見を無視してカウントダウンが始まったんで、逃げるように薬草園を走り回る。


「30ってどうなの?」


 薬草園の広さは金になる物を厳選してあるとはいえかなり広い。それを約30秒で最高品質の物を5つとはちょいと難易度が高すぎるように感じる。いくらここに住み続けたいからって無理を通しすぎじゃないか? 


「さすがに500も超えとらん童に万を超える時を生きるワシと同等の練度を求めるのは酷じゃろうからな。これでも加減しとるわい」

「……まぁ、結果がすべてだから別にいいけど、失敗したら相応の罰を受けてね」


 そう告げるとフェルトの表情が幾分険しい物になったけど、俺には関係ない。それに、家賃を取ったり出てけというつもりも毛頭ない。何せタダ同然で最高の薬草を育ててくれるんだぞ? 手放すなんてありねぇっつーの。


「手心を加えてくれるとありがたいんじゃがな」

「それはあいつの実力次第だよ。って言うか30数えなくて大丈夫なの?」

「問題ないわい。3! 2! 1! そこまでじゃ! 戻ってこい」


 フェルトの声に、雷にでも打たれたようにビクッとしたエルフは飛ぶように戻ってきた。


「成果物を見せてみろ」

「これです」

「ふむ……どうじゃ?」


 フェルトがそう尋ねてきたんで鑑定魔法で調べてみると、30秒で集めたにしては悪くないが、いつものと比べるとやはり一段質が落ちるな。

 これが薬草を取りに来た場合であったら何かしらさせてもらうが、今回はあくまで魔石を融通してもらいに来ただけなんで、正直言ってこいつの実力なんてどうでもいい。話を合わせたのはさっさと終わらせたいからだ。


「いいんじゃない? まぁ、今回は薬草を貰いに来たわけじゃないけどね」

「貴様! ワシを謀ったのか!」

「嫌だなぁ。俺は一言も薬草貰いに来たなんて言った覚えはないよ?」


 訪ねてきた時点でフェルトは物々しい雰囲気で弓の整備をしてたからな。俺がやって来た=薬草を欲してるんだろうと勝手に思い込んだ方が悪い。


「……確かにそうじゃったな。ではなぜ来たんじゃ?」

「村人達に熱期を少しでも快適に過ごしてもらうために魔道具を作ったんだけど、すぐに魔力が切れちゃってさ。だから1日くらい動く魔石が欲しくて」

「なるほどのぉ。しかし時期が悪かったな。もう少し早ければ龍もどきの魔石があったんじゃが、あいにく処分してしもうたわい」


 そいつは残念だ。しかしそうなると魔石をどうするかだな。

 今持ってる魔石をすべてつぎ込んで1時間程度しか持たないんじゃガラクタもいい所だ。なので、常識的な範囲で人が逆立ちしても勝てないだろうワイバーンの魔石が欲しかったんだが処分されちゃあどうしようもない。


「そこで相談なんじゃが、ワシと共に龍の巣に行かんか? あそこであれば龍もどきだけでなく本物の龍の魔石が手に入るぞ?」


 ううむ……とても魅力的な提案だ。それに龍の巣はここから見える槍みたいな山だからな。ある意味目と鼻の先なんで移動に苦労はしない。欠点と言えばそれが労働に該当するって事だ。

 なので、普段であればノータイムでパスを使うところだけど、今回は少しだけ急を要する案件。だから仕方なく同行する事に。


「とりあえず昼飯食ったらまた来るねー」


 そろそろ昼飯の時間だからな。

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