第88話

「遅ぇぞリック! 何やってたんだよ!」


 広場に戻ってみると汗だくでぐったりしてるリンの姿がある。ちゃんと見張ってたかどうかは若干怪しいけど、そこまで危険な事になる訳でもないんで。ここに居たという事に対してはしっかりと評価しようじゃないか。


「悪い悪い。ちょっと母さんに捕まってね」

「なんでもいいから涼しい風欲しいー。さっさとやれよー」

「へいへい」


 ひょいと飛んで魔道具に降りたってゴーレム魔石を設置。して起動してみると結構な強風が出てるようで足元の魔道具がわずかに持ち上がる感覚があった。


「これで大丈夫だろ」


 飛ばないようストッパーを追加してから下に降りてみると、俺がやった時と比べてそこそこ強い風が冷気を纏って頬を撫でるが、やはり威力としては物足りない。


「うひょー。涼しいぜー」

「ここはそうだけど、リンの家までは届かんぞ?」


 発生源のすぐそばなんで、さっきと比べて威力がある風量ではあるけど俺が出すのと比べりゃ半分にも満たない。これだと広場に近い家は涼しいが外側の家は暑いな。

 とはいえ、単純に威力を増すだけだと今度は手前の家が熱期なのに凍えるという逆転現象が起きそうだしなぁ……どうにか適度な風量を村中に均一に届けられないだろうかね。


「別に大丈夫だろ。このくらい涼しけりゃ寝れるって」


 リンが大丈夫だって言うなら大丈夫だろ。それに、夜はもともと俺が手だししてないんだ。それに比べれば多少であろうと冷風が流れるのは決して悪い事じゃないか。


「じゃあ夕方くらいまで様子見だな」

「おう! それまでおれはここでじっとしてるぜ」


 ナイスぐーたら発言。だが、そういうのが許されるのは俺みたいな貴族か自分で働く必要のない金持ちくらい。その他村人でしかないリンがこんな場所でぐーたらしてりゃ、当然のごとく身内が首根っこひっつかんで仕事場である畑にしょっ引かれるのは必定。

 まぁ、俺は俺で飯の時間を握られてるんで真の意味でのぐーたらは出来んが、成人すればあらゆる制限は撤廃され、何をしようが自己責任という――力があれば何をしようが許される究極のぐーたらライフがスタートする。


「さーて……俺も家でぐーたらすっか」


 仕事らしい仕事は終わった。後は昼飯まで涼しくぐーたら。昼飯を食い終わったら日課の畑回りを済ませれば今日はぐーたらを満喫できる。あーあ。早く成人したいもんだ。


「ん? 暇なのか?」

「暇じゃない。ぐーたらするって言ってんだろ」

「おれには暇だってしか聞こえねぇ。だから魔道具作り教えろ」

「今は気分じゃないなー」


 今日は十分すぎるくらい動いた。それに昼からもまだ動かなくちゃならん予定が詰まってんだ。そうなるとぐーたら出来るのは昼までのこの時間くらい。まぁ、畑仕事が終われば予定が空くんだが、教えてやるかどうかはその時になってみないと分からん。


「なんだよ気分って。いいから教えろよー」

「その前に読み書きできるようになれ」


 魔道具の本は基本魔法陣だけで、説明らしい説明は皆無に近い。きっと専門で学んできてるだろうから分かんだろって感じなんだろう。

 とはいえ最低限の説明は書いてあるし、俺から学びたいってんなら言った事をメモするくらいの事が出来てもらわにゃ何度も同じことを言うのは面倒臭いからな。


「何言ってんだよ。魔道具は魔法陣描いてりゃいいんだろ? だったら文字なんて書く必要ねぇだろうが」

「必要あるんだよ。お前はあん時に見せた魔法陣全部を覚えてんのか?」

「覚えてるぞ? あのくらい訳ないぜ」


 随分と自信があるみたいだな。まぁ、それが本当かどうかは調べればすぐに分かる。


「じゃあ種火の魔道具の魔法陣描いてみろ」

「……種火ってどれだろ」

「勉強しろ」


 所詮リンはリンか。とはいえ、魔道具作りに興味を持つのはいい事だからな。最低限文字の読み書きができるようになれば教えてやるのもやぶさかじゃない。まぁ、教えるって言っても買った本を見せるだけだけどな。


「ん? なんか急に暑くなった感じがするな」

「魔道具が壊れたんじゃねぇの?」

「そんな訳ないだろ。単純に魔力切れだろうよ」


 つっても、結構な数のゴーレム魔石を使ったはずなんだけどな。こんなに早く切れるってのは正直想定外だ。家で使ってるチャッカ〇ンもどきは今でも現役で魔石の交換もしてないと記憶してる。


「——もしかして、サイズによって魔力の消費が違うのか?」


 そういえばそんな実験はしなかったな。とりあえず実験をするにしてもこの熱気は不快指数が上がるんですぐさま魔法を使って冷風を噴き下ろしながら魔石の回収をしてみるとものの見事に空っぽになってる。

 時間にして30分くらいか? あれだけのゴーレム魔石を使ってそんな短時間じゃ今は良くてもこれから上がり続ける熱期には対抗できない。少なくとも夜の間中交換する必要がないくらいの魔石じゃないと……。

 強力な魔石と聞いて真っ先に思い浮かんだのは当然フェルトだ。

 あいつが住んでる場所の近くには生物界の頂点——まぁ、それを弓矢で射抜いてる人外は除いたあくまで一般論的に立ってるドラゴンが大量に居るからな。あいつらの魔石を10・20融通してもらえれば何とかなりそうな気がするな。


「うし。そうと決まれば善は急げだな」


 本来であればいくつかサイズの違う魔道具でも作って効率実験でもするところだが、今は迫る本格的な熱期を少しでも快適に過ごしてもらう方が優先だ。


「おいリック。どこ行く気だ」

「暑いから帰るんだよ」

「ずりぃぞ! お前だけ涼しいとこでぐーたらする気だな」

「はっはっは。貴族とはそういうものだ。悔しかったら読み書きできるようになって魔道具が作れるようになってみるがいいー」


 なんて感じでリンを煽って逃走。向かう先はいつも通り秘密の洞窟。


「転移」


 いつも通り入念にここ屋でやって来た痕跡と周囲に人が居ない事を確認してからフェルトが居る別荘に飛ぶと、一面に広がる薬草園と、少し離れた場所で眉間にしわを寄せながら中腰でその世話をしてる雑魚エルフの姿がある。


「ったく……なんだって誇り高きエルフであるこのワタシが人間が使うための薬草などの世話をしなくてはいかんのだ。始祖様も始祖様だ。あんな小僧1人に媚び諂うような真似をするなどハイエルフとしてあり得ぬ行為となぜ理解できぬのだ!」

「それはあのでくの坊の傍に居たいかららしいぞ?」

「っ⁉ 貴様はあの時の人間の小僧! いつの間に来た!」

「今さっきだよ。ってか俺が来たのに気づけないってお前魔法下手なのか?」


 フェルトだったらすぐに気づくからな。なんでも転移をする際にその周囲の魔力が歪むらしくて、それを敏感に感じ取る事がエルフにはできるんだと言っていたんだが、目の前の雑魚エルフは俺が声をかけるまで来た事に気づきもしなかった。であれば魔法が下手と結論付けるしかない。


「人間ごときが……っ! エルフに向かって魔法が下手とほざくか!」

「事実だろ? 前やった時も一瞬で負けたじゃん」


 あっさり拘束されたうえに反撃できないまま干物みたいになってたのは記憶に新しい。あれだけ無様をさらしておきながらなんでこうも上から目線が出来るのか全く分からん。


「たった一度不意を突いた程度で粋がるな! いいだろう。エルフと人間の格の違いという物を下等で救いようのない貴様に叩き込んでやろうではないか!」


 ……ようやく始まるっぽい。あんな大層な口上を述べる暇があるならさっさと魔法を撃ってくりゃいいのに。フェルトは問答無用で襲い掛かって来たからな。きっとエルフの世界は平和ボケした連中であふれかえってるんだろう。


「そういうのは間に合ってるんで」


 こっちは急いでるし、何より一銭の得にもならん労働ほど反吐が出る行為は他にない。この雑魚の相手はそれに該当するので、魔法で口と動きを封じて遠くの方に放り投げてさっさとフェルトから魔石を融通してもらって帰ろう。

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