第87話
「うーむ……どうすっかね」
氷を設置するようになってから数日。実験結果としては申し分ないと個人的には思う。
あれから夕方まで寝てるつもりだったんだが、村中に氷柱から発生する冷気が広がる事で自然と村人が集まり、そこでぐーたらしてる俺とリンを見てまたなんかやってんなと思ってくれたようで大事になるような事はなかった。
しかも、結果として氷柱は夕方まで溶け切らなかったのはありがたい。これであれば夜に氷柱を出しておけば朝方まで涼しい状態を維持できるからな。
さしあたっての問題は、やっぱ扇風機っしょ。
機能は単純なんで今持って魔道具の本で作れる。材料も周囲の山から引っ張ってきた鉄だの銅だのがあるから何とかなるが、やっぱり一番のネックが魔石になる。
一応ルッツに頼んでいくらか購入したのがあるから、今日はそれでどれだけ動くのかを実験しようか。
そのためにはまず扇風機を作らなきゃいかんが、大きさを考えると室内じゃ難しいし、現場で作業した方が微調整も利くんで行くか。
「あらリックちゃんー。どこか出かけるのかしらー? 珍しいわねー」
「んー? ちょっと村に作った奴でちょっとねー」
「あぁー。あの氷の柱ねー」
「そう」
「それもいいけどー、家の氷も忘れちゃ駄目よー。お母さん暑いの苦手なのよー」
「分かってまーす」
すでに氷を作って各所に置いてある。一応昼まで残るようにはなってるけど、すぐに帰ってくるつもりなんで特に心配はいらんだろ。
家を出てすぐ土板を作って移動を開始。と言ってもまっすぐ広場に向かう訳じゃない。氷柱の冷気を村中に届ける巨大な扇風機を作るとなると、材料も大量に必要になる。それを広場のど真ん中で出すほど馬鹿じゃないからな。探知で人の気配を探りながらいつもの洞窟で亜空間から鉄を取り出してから広場に。
「さて……始めますか」
まずは鉄をデカい円盤に。ちゃんと魔力インクを入れるための溝が彫れる程度には厚めにしてあり、魔法陣の本を片手にそれ通り進める。
「お? なんだこのデッカイの!」
「なんか作業してるっぽいな」
作業中にデカい声がしたんでそっちに顔を向けると、この前と違って随分と泥だらけのリンと兄貴の1人の名前は知らんが兵錬場でへばってる中に居たような記憶がぼんやりとある。
「おーいリック! なにやってんだー!」
「ぐーたらするための作業だよ」
「あ! これ魔道具だろ! 見せろよ!」
「おいリン! 相手は領主さまの息子だぞ!」
「いいのいいの。別に気にしてないし」
子供がため口を聞くのは至極当然と思っているからな。そんな事に目くじらを立てるほど小さい器じゃない。それに、魔法の才能はないが魔道具に興味があるっぽいリンがこの技術をモノにしてくれれば、少なくとも俺の生きてる間はぐーたら出来る時間が増える。
「これ何なんだ?」
「風を出す魔法陣だ。これをあの氷の上に設置すれば、俺がいちいち魔法で何とかせんでも夜も涼しく過ごせるようになる――予定だ」
「おー! それいいな! 暑くて全然寝られないんだよ」
「ここは他と比べて特に暑いらしいからな」
おかげで魔法が自在に使えるようになるまでは俺も苦労した。マジで脱水症状で死ぬんじゃないかって思った事は数知れず。本気であのクソ神をぶん殴りてぇと怒りを募らせた事も無数にある。
とはいえ、今じゃ水路があるおかげで多少はマシになった。
なんでも、足を突っ込んで寝ると多少はマシになるんだとか。本来の目的と違うけど、まぁ、役に立ってるなら良しとしよう。
「ところで……随分と薄汚れてんな。また何かしたのか?」
「普通に農作業の手伝いしてただけだ!」
「この前はそんなんじゃなかっただろ」
あん時はもうちょい小綺麗だったように記憶してる。たった数日でこんな泥にまみれるような仕事に移り変わるほど大変なんだとしたら、やっぱり俺は貴族に生まれてよかったと思う。赤貧だけどな。
「ああ。それは畑仕事から逃げようとしてすっ転んだだけですぜ」
「逃げようとしてねぇし!」
まぁ嘘だろうな。最近は雲一つない晴天がずっと続いてて熱期に入ったんで当然滅茶苦茶熱い。それこそこまめに水分補給をしないと熱中症で倒れるくらいには。
そんな炎天下の下での労働ってのは嫌だろうからな。逃げたくなるのも納得だ。
「さて……こんなモンかな」
「お。出来たのか?」
「そうだな」
とりあえず完成した。後は魔石を使って実際にどのくらいの威力でどのくらい稼働するのかを知る必要がある。
「よ……っと」
無魔法で出来上がった風の魔道具を持ち上げ、氷柱の中心部に。
そこに、地面から土魔法で支柱を何本か引っ張り上げて魔道具を固定。万が一自分の風力で落下なんて事になったら二次被害三次被害が怖いからな。
「さて……後は魔石をセットして――っと」
持ってる魔石は極小サイズ。一応ルッツ経由で購入した魔石もあるんで、それらすべてをばら撒いて燃料代わりにしてみるとすぐに動き出したんで下に降りてその風力を体で感じてみる。
「弱……」
「この前までと全然違うじゃん」
風は感じる。うん。感じはするけど、村中に冷気を届けられるほどのレベルじゃない。どうやら魔道具自体がデカすぎてあんなちびっこい奴じゃあまともに稼働しないか。
最低でも夜寝る間くらいは動き続けてほしいが、手持ちの魔石だけだと心もとないんだよなぁ。ルッツに頼むにしても二か月以上かかるし絶対手に入るとも言い切れん。
「あ――」
そういえばゴーレムの魔石が余ってたな。あれを使えば十分な風力が出せるかもしれんな。
「ちょっと家から魔石持ってくるから見張っといて」
「任せとけ!」
ついてこられると困るんで、リンに適当な仕事を押し付けて一度家に帰る。
「ただいまー」
「おかえりなさーい。もう終わったのかしらー?」
「改善中かな。氷は大丈夫?」
「そうねぇ……やっぱりリックちゃんがいないと少し熱いわねー」
それは仕方のない事だ。夜であれば氷を置いておくだけである程度平気な量を作って寝るからいけど、日中は大抵風魔法で冷気を循環させてるからな。それが無くなるだけで結構な暑さになるようで、エレナのそばには置いた記憶のない氷がいくつか。
「まぁ、こっちもぐーたらしたいから急ぎでやっちゃうよ」
「そうしてくれると助かるわー。お母さんもこれからお昼ご飯を作らなくちゃいけないから、どうしようかと困ってたのよー」
「それだったらちょっと試したい事があるから待ってて」
とりあえず家用の扇風機を作ってみるか。
部屋に入って亜空間から材料を取り出してパパっと小型のを一つ。それにゴーレムの魔石をセットして起動みると、髪の毛があっという間に横を向いたままになるくらいの風量が吐き出される。うん。どうやらゴーレムの魔石であれば十分な風力が得られるらしい。
「ま。強すぎるけどな」
村の広場で使うにはちょうどいいけど、ここで使うには強すぎる。何事にも適材適所ってモンがある。これにはこの領地で狩れる魔物の魔石を使おう。
「お待たせー」
「あらー。それは何かしらー?」
「風を生み出す魔道具だよ。これを俺の代わりに置いてくね」
氷の近くにポンと置いてスイッチを入れるとすぐに風が吹き出す。そして、氷から吐き出される冷気を取り込んでエレナに。
「うーん。これは便利ねー」
「でしょ? 別に寝てても魔力使えるから要らないかなーって思ったけど、やっぱ真の意味でぐーたらするにはこういうのに頼った方がいいじゃん?」
魔法を使って寝るのはほんのちょっとだけでも気を張ってる必要があるんで、ぐーたらを極めんとする俺にとっては若干邪魔な要素。
とはいえそれをしないとしんどいほどここの熱期はヤバい。贅沢を言うならクーラーを作りたいが、氷属性の魔道具が出来ない以上はどうしようもないので我慢するしかない。
ワンチャン王都から送られてくる予定の新しい魔道具の本に期待してる。
「魔石はどうするのかしらー?」
「新しくキノコを売るでしょ? それで買うつもり」
「それなら大丈夫かしらねー。台所にも置いてくれると助かるわー」
「じゃあお願いねー」
という事でもう一台作って台所に。風力が強か弱しかないんで一応どっちがいいか尋ねたら返す刀で強でと言われたんで、ゴーレム魔石を使った扇風機をキッチンに置いてから村に戻った。
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