第86話

 騎士が帰って一週間。本当にのんびりとした日々が送れていて俺としては非常に満足で、今日も今日とて村の畑に魔法で栄養を振りまいてからはぼーっと空を眺めながらただただ時間を無為に過ごす。これぞ最高の贅沢だね。


「あー何もしないって幸せだねー」

「残念だがその幸せな時間も終わりだ」


 のんびりゆったりしてる俺の元にヴォルフがやって来た。


「なに?」

「分かっているだろう? 例年通り熱期が来たからいつものだ」


 いつものとは氷魔法の事だ。

 大陸にはその国その国によって長さはバラバラ。ちなみに王国は夏に該当する熱期と冬に該当する冷期が少し長い程度らしいんだけど、我が領地はそれが非常に顕著で1年の大半が夏と冬だ。

 事実。すでに熱期の兆候があってここ数日で気温が徐々に上がり始めて大抵の連中は夏服になってる。目の前のヴォルフも夏仕様の涼しげな格好になっている。


「はいはい。それじゃあやりますかね」

「すまんな」

「いいよ別に。俺も熱いの嫌だしさ」


 年がら年中魔法が使えるとはいえ熱期の間ずっと魔法が使える訳じゃない。なので氷の設置は俺のぐーたらライフの満喫のためにはしなければならない事なのだ。

 という事でヴォルフに担がれながら家に戻ると、木剣片手にどっか――まぁ、兵錬場に行こうとしてたんだろう。そのアリアと鉢合わせた途端眉間にしわが寄る。


「自分で歩くくらいしなさいよ」

「別にいいじゃん。歩くのめんどい」

「そんな事してると長生きできないわよ?」

「大丈夫。最低限の運動はちゃんとやってるから」


 ま。それも自分で歩くんじゃなくて魔法で操作しての運動なんで、正確には自分では動いてないが、今のところ健康被害はないのでこれで大丈夫だと思う。


「あんなのは運動のうちに入らないじゃない」

「俺的には運動なの。アリア姉さんと一緒にしないで」


 村の外周を10周して平然としてられる人街と一緒にされても困る。俺の運動能力はあくまで一般人レベルなんだ。


「まぁいいわ。今日も兵錬場に行ってきまーす」

「昼食までには戻って来いよ」


 ヴォルフの忠告に、アリアは分かってまーすと言って家を飛び出していった。あの様子だとすぐ忘れそうだなぁ。まぁ、元々脳筋なんで訓練に熱が入るとすぐに色々な事を忘れる癖があるから不安だなぁ。

 別に遅れる事に対してアリアに同情の余地はないが、それによって食卓が重苦しい空気になるのが気に入らない。もうちょい学習能力があればそういう事が起きづらいんだけど、相手はあの脳筋アリアだからな。一生無理だろう。


「——い。おい。聞こえてるか?」

「ん? ぼーっとしてた」

「いつも通りだな。ほら。ここに氷を」

「ふえーい」


 ヴォルフに言われるがままに氷を精製して置かれた器の上に。

 それを家の中十数か所で繰り返す事でむわっとした暑さが多少は軽減したような気になる。


「とりあえずこのくらいでいいだろう」

「ところで父さん。ちょっと試したい事があるんだけどいい?」

「……内容次第だな」

「そこまで変な事しないって。ちょっと村の井戸がある広場に氷を置いてみたいだけだよ」


 とりあえず今日はまだ比較的涼しい方なんで、あんま大きくするつもりはない。とりあえず……電信柱サイズの物を四つくらいからスタートさせてみるかね。


「危険はないだろうな?」

「大して近づかなければ大丈夫じゃない? それに、熱期に村人に涼しく眠ってもらえた方が色々と都合がいいし」


 睡眠ってのはかなり重要だからな。俺個人としては三大欲求の中で頂点に位置する。まぁ、飯は食えりゃいいし性欲はガキなんでそもそもない。大人になったらどうかは知らんが、少なくともぐーたらより上位に来る事はない。

 とはいえ、村人には性欲を頑張ってもらいたい。数が増えればそれだけ労働力が増して俺のぐーたらライフへの道が近づく為の簡易的な冷房製作なんだからな。


「しかし……なんで今更なんだ。もっと前からできてたんじゃないのか?」

「もちろん」


 俺の魔力は多い。面倒だからって理由を省くと、毎日畑仕事をして井戸に水を満載にして倉庫に雪を補充したりしても有り余ってるからな。そこに氷の生成をしたところで何の負担にもならん。


「じゃあなんで今までやってこなかったんだ?」

「あそこメッチャ人いるじゃん?」


 そう。井戸はこの村で唯一潤沢に水が使える場所。なので、洗濯をする主婦たちでごった返してるし、飲み水を求めて結構な頻度で人が居る。そんな場所に巨大な氷柱を作ったら邪魔でしかないしそもそも危険。

 なので今まで手を出してなかったんだが、今じゃ村中に水路が通ってるんで洗濯は別の場所になってる。おかげで人の往来が無くなって実験しても問題なくなったんだよね。


「なるほどな。お前が問題ないならやっても構わんぞ」

「ありがと。じゃあ外まで運んで」

「……そのくらいはさすがに歩け」


 そこまではしてくれなかったヴォルフと別れて村へ。当然歩くなんて事はせずに土板に乗って滑るように移動する。


「到着ー」


 よっこいしょと立ち上がって周囲を見渡すも人の姿はない。まぁ、熱期始めとは言えあっついからな。昼間っから外に出て動くなんて事をするのは兵錬場で日夜兵士となるべく育てられてる腕っぷし自慢の村人くらいなモンだろ。


「始めますか」


 とりあえず電信柱くらいの大きさの氷柱を20ほど造ってみる。うん……あんま大きく感じないな。もう一回り――いや、二回りくらい大きくすっか。


「いい感じだ」


 後は風魔法を上から吹き付けて――うん。ちゃんと氷柱から漏れ出る冷気を巻き込んだ風が送られてくる。後はこれがどのくらい安全なのかを知る必要があるんで、土魔法でビーチチェアと日除けを設置して……ついでに侵入防止の柵も作っとこう。看板は……一応作っとくか。


 ——実験中。危険の可能性があるため近づかないように。


「これで良し……と」


 後は昼になるまでここでぐーたらしてりゃいいだけだ。日影もあって涼しい風もあるとなると非常に良いぐーたらライフクオリティだと思う訳よ。


「やいリック。なにしてんだ」


 ビーチチェアに寝転んで、さてぐーたらすっかって時にリンがやって来た。そして普通に柵を越えて俺の傍まで駆け寄って来る。


「ちょっとした実験」

「実験? うおー! すげーでけーもんがある! なんだこれ!」

「魔法で作った氷だよ」

「なんでこんなもん作ったんだ?」

「最近暑くなって来ただろ? 少しでも涼しくできないかと思ってな」

「お? そういえばそんな暑くねー!」


 吹き下ろされる冷風にリンは両手を広げて堪能する。よく見るとうっすらと汗をかいてる。今日もあっついから当たり前か。


「ちょ……なんだよ」

「もっとそっち寄れって。おれも寝たい」

「家の手伝いはいいのかよ」


 こんな日でも畑仕事はちゃんとあるし、してもらわんとこっちが困る。何せ今年は王都に行ったせいで麦の品質の低下が確定してんだ。より熱心に働いてもらいたい。


「もう終わったよ。暇だからシグと遊ぼうかなってところにリックが居たんだよ」

「本当だろうな」

「じゃなかった村のど真ん中に居ないだろ」

「そうだな」


 サボってこんな村のど真ん中に居れば、すぐに発見して捕縛。罰として長時間の強制労働が待っているのは明白。まぁ、そうだったとしてもリンは普通にサボるから手に負えんが、今日は追いかけてくる家族がいない事を考えると本当に終わったっぽいな。


「あんま近づくなよ。汗臭いしベタベタだからな」

「しゃーないだろ。暑いんだから」

「それを解消するための実験だ」

「じゃあなんで今までやってくんなかったんだよ」

「出来ると思うか?」


 そう言いながら井戸の周りを指さす。

 あそこはひと月前まで結構な数の村人が居るのが日常だったからな。そんな場所にこんなモンを作るのは邪魔でしかないが、今は村の中にもっといい場所があるんでそっちで洗濯をしてる。


「無理だなー。あんなんあったら洗濯の邪魔だし」

「だろ? それに――」


 風魔法を使って氷柱の一部を切り取ってわざと落下させ、着地ギリギリで無魔法でキャッチ。騒がれると面倒だからな。


「こうなったりするかもしれんからな」

「うわー危ねー。大丈夫なのかよ」

「それを調べるための実験だろ?」


 ちゃんと侵入防止の柵を作ったし、看板も設置してある。馬鹿みたいにはいってくるのはリンくらいなもんだろうから、一応危険はない……はずだ。


「じゃあ俺は寝るから、なんかあったら起こして」

「おうよ。任せとけ」


 後は夕方までぐっすりってところだな。昼にそこまで寝れれば夜は何とかなるだろう。そんな淡い期待を胸に夢の世界へ――

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