第85話

 という訳で早速染めていく事に。


「まずはこれに漬けてみよう」


 そう言ってゴーレム破片の粉末をただの水で溶いただけの染色液(仮)の中にドボン。後はイメージだと待つだけなんだけど、ここ魔法がある世界。水魔法で布に良く染み込むように操作する。

 ワンチャン時短もかねて実験的な試みだったけど、5分くらいで染まり切った感じがしたので存外上手くいったと内心ほくそえみながら取り出して確認。


「うーん……思ったより薄いね」


 まだらが若干薄くなったように感じるような感じないような……ハッキリ言って微妙だ。


「時間が短いからだろう」

「魔法で短縮したの。見てなかったの?」


 一応騎士にもわかりやすいように盥の中で水をぐるぐるさせてたんだが、どうやら全く気付いてなかったらしい。よくこんな注意力のなさで騎士なんかになれたなと内心ため息をつきながら、今度は自作した魔力インク的な奴に黄色の染料を――


「お?」

「なんだ? 一体何をしたんだ」


 騎士が疑問に思うのも無理はない。なぜなら黄色のゴーレム破片の粉末を入れた瞬間にビビットカラーがより鮮明に。そして濃度がかなり増したからだ。


「俺もよく分かんないけど、ハニーベアってこのくらいの色だったよね?」

「ああ」

「じゃあ早速やってみよう」


 布をドボンと漬け込んで魔法で強引に染色液を浸透させるが、さっきと比べて随分と難しい。布に定着しずらい感じがあるんで時間がかかるっぽい。


「これはちょっと時間かかるね」

「そうか……」

「俺はこのままここに居るけど、そっちはどうするの?」


 単純な物ならある程度距離が離れててもいいけど、今回はちょいと難度が高いんで離れる事は出来ないがぐーたらは出来るんで早くも涅槃像スタイルに。


「そうだな……ではこの村の訓練にでも参加するとしようか」

「他にやる事もないしね」


 この村でやれるのは訓練への参加か農業体験かぐーたらくらいだ。その中で大抵の連中は訓練に参加する。動かないと体が鈍るからだろう。


「昼までに作り終わるようだったら持ってくよ」

「感謝する」


 そう言って騎士は兵錬場に行き、俺はぼーっと空を眺めながら盥の中の水を操作する。

 これで商売が成り立つんだったら悪くないかもな。今はまだ慣れてないから遠くに行けないけど、これも慣れてきたらいずれは遠く離れても何とかなるだろうし複数いっぺんにって未来も見える。


「お? 出来たっぽい」


 魔力に変化を感じたんで一旦布を引き上げてみると、あれだけまだらだった模様が綺麗サッパリ消え去って、レモンに近い黄色がまるで光り輝いてるように見えるくらいビビットカラーになった。大体一時間半といったところかね。


「ちょっと鮮やかすぎるか?」


 とはいえ騎士がハニーベアはこのくらいだと言ってたからな。後は火と風魔法で乾燥させればOK。ついでに胸周り用の赤い布もこさえれば準備は完了。後は裁縫しちゃえば終わりだ。


「とりあえず頭だけ作るか」


 染色に時間がかかったんでぬいぐるみを完成させるには昼食が終わってからだが、そこから始めたんじゃ騎士が帰るのが夕方になる。野宿するのは確定だろうが、少しでも進ませてやろうととりあえず頭だけを資料を頼りに縫い始める。


「やっぱ可愛い方がいいよな」


 資料のハニーベアは随分と絵が上手い奴が描いたんだろう。随分と獰猛な感じだ。これが目の前に迫ってきたら怖いだろうなー。このまま作ったら姫ちゃんはギャン泣きするだろうからちゃんとデフォルメしよう。

 目が合った奴を射殺すような目はボタンで。

 触れた相手を軽々引き裂くような鋭い爪は排除。

 大きさは……綿の量を考えると少し大きめにしてもいいな。

 そんな感じでせっせと作ったけど、お昼までに出来たのは頭と腕だけ。残りは昼ご飯を食べた後だな。


「あらー。ぬいぐるみ作りは終わったのかしらー?」

「半分くらいはね。アリア姉さんは随分としごかれたみたいだね」


 ちらっと横に目を向けるとズタボロになったアリアが満足そうな笑みを浮かべて椅子に座ってる。


「凄く強かったわ。父さんと違って綺麗な剣筋で分かりやすかったけど手も足も出なかったわ」

「よくもまぁそんな疲れる事を楽しそうに話せるよね」

「楽しかったからに決まってんでしょ」


 話を聞くと俺と別れてから準備運動を済ませたアリア達の元に行った騎士はグレッグと一緒に腕っぷし自慢の村人連中をいつも以上に厳しくしごいたらしく、アリア以外はおばばの所で治療されてるらしいんで、後でグレッグに文句を言ってやろう。


「ふふっ。相変わらずアリアは剣に夢中のようだね」

「当然。アタシは将来冒険者になってお金を一杯稼いでこの地を豊かにするのよ」

「素晴らしい目的じゃないか。ボクとは大違いだ」

「じゃあサミィ姉さんも剣の訓練をすればいいじゃない」

「あはは。さすがにそれは遠慮したいね」


 と言いつつも運動程度には剣を振るう。もちろんアリアには遠く及ばない。とはいえその姿に村の女子連中はうっとりした目を向けるのを確認してるからな。


 ————


「さて……続きをやりますか」


 昼飯を食い終わって、本来であればこのまま夕方までぐーたらするところだけど、ぬいぐるみを作らんといつまでたっても騎士が帰らん。

 そうなると腕っぷし自慢の村人連中の怪我が増えておばばに負担がかかる。それだと老い先短い時間がさらに短くなりそうなので急ごう。

 えーっと……体は赤と黄色の布を使って……筋肉質なのは女子受けが悪いから丸っこいデザインに変更。後は手足を多少動かせるように縫い付ければ完成っと。


「うん。いい感じだ」


 全長120㎝と少し大きくなったけど、その大きさがより熊って感じがするので良かったと思う。

 全体的に資料みたいな獰猛さはゼロで、万が一これが森から現れても大抵の連中はあんま戦意が湧かないだろう。むしろこういうのが好きな連中には頬を緩めるかもしれんな。


「さて……兵錬場に行くか」


 出来た以上はさっさと渡してさっさと帰ってほしい。家を出て土板の乗って兵錬場へ向かうと、近づくにつれて次第に聞こえてくる音が大きくなるし、土煙も見えるようになってきた。


「ナニコレ」

「模擬戦らしいわよ」


 到着した俺の目に飛び込んできたのは、グレッグと騎士が俺が作った土武器で随分と激しい訓練をしている光景だった。


「これで模擬戦って……参考にならんでしょ」


 村人連中の実力を全く知らん俺だが、アリアより先にへばる姿を見てる限りだとこんなものを見ても何の参考にもならんと思うんだがな。

 事実。離れた場所で見学してるっぽい腕っぷし自慢の村人連中はただポカーンとしてるだけだし。


「そう? アタシは参考になってるわよ?」

「アリア姉さん一人しか分かんないんじゃ意味ないでしょ」


 とにかくさっさと止める。これ以上兵錬場を壊されると修復させるのが面倒臭い。


「……水流」


 腕を横に振る動きに合わせて幅5メートルくらいの水流が2人を押し流す。人は50センチの津波でも押し流されるという情報通り、流れ流れて200メートルほど奥でようやく止まった。


「……少年。もう少し普通に止めてもらえませんか?」

「やかましい。これは無茶な訓練で怪我させられた村人たちの恨みと知れ」

「文句は心外だ。怪我をしなければ学べない事もある。それを教えたまでだ」

「騎士はこの村の人間じゃないからそう言えんだ。こんな酷い仕打ちを受けて村から出ていこうとしたらどう責任とんだ!」


 腕っぷし自慢であんま役に立たない村人連中だが、それでも収穫の時期だったりルッツが来た時の荷下ろしの手伝いなんかには役に立つ。

 それを、たかがぬいぐるみのためにやって来た縁も縁もない騎士に邪魔されるのははらわたが煮えくり返る。もし本当に居なくなれば首と胴体はサヨナラさせる事に抵抗はない。


「……ところで。ここに来たという事は事はぬいぐるみが完成したという事だな?」


 そんな俺の殺意を感じたのか、騎士は強引に話をそらした。


「まぁ、完成はしたけど渡すかどうかは態度次第かな~?」


 そう言うと騎士はあっさりと村人達に頭を下げたんで大人しくぬいぐるみを渡してやる事にした。


「これが一応完成品」

「むぅ……随分と巨大ではないか」

「まぁいいじゃん。おっきい方がクマ! って感じがするっしょ」

「まぁそうだが……とにかく礼を言う。多少帰還が遅れそうだが、物が有るのと無いのとでは説明する労力が違う」


 確かに。物がなければ如何に説明したところでサボってたんだろうって疑惑はぬぐえないが、こうして物が有れば、俺が作るのに手間取っていただの。道中で足止めをくらったなどといくらでも遅れる理由が作れるからな。


「ではまた来月だ」

「次に村人が怪我をするような訓練やったら首切り落とすからね」


 これから長い付き合いになるかどうかは知らんが、ちゃんと釘は刺しておくべきだ。

 それを聞いた騎士は水魔法の規模を見てそれが可能と分かったんだろう。青い顔をしながら首肯し、逃げるように馬に乗って去って行った。

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