第84話
「たのもーう!」
うるせぇ声にイラつきながら目を覚ますと、まだ日が昇った直後くらいの時間だったんで、声の主を土魔法で閉じ込めてもう一度寝る。
——————
「リーック。父さんが呼んでるわよ」
「んぅ?」
今度はアリアに起こされた。ちらっと外を見るとあれから大して時間が経ってない。という事はこんな時間から朝食までずっと訓練してんのか……本当に脳筋なんだな。
「人の話聞いてんの?」
「いだだだだだ! 聞いてる! 聞いてるって!」
いつまでもベッドから出てこない俺に業を煮やしたらしくアイアンクローで強引に引っ張りだされ、歩くのが面倒なんでアリアに引きずられながら玄関までやってくると、随分とご立腹なヴォルフがいた。
「こんな朝っぱらからなに?」
まだ俺が起きる時間じゃない。なのでヴォルフも機嫌が悪いがこっちも機嫌が悪い。何せ誰か知らんがクソうるせぇ声で起こされたんだからな。
「これをやったのはお前だな?」
「……たぶんね」
眠たすぎてあんま覚えてないけど、魔法を使ったような記憶がぼんやりとある。
「この中に人が居る気配があるのが分かったからよかったが、危うく斬り壊すところだったんだぞ」
「あー。じゃあ次は人型に閉じ込めて分かりやすいようにしとくね」
「そういう事を言ってるんじゃない!」
せっかく解決策を提示したというのにげんこつが降ってきた。イライラしてるのが分かったから念のために張ってた結界でガード済みなので痛くはない。
「ったく……。さっさと解除しろ」
「はーい」
こんな朝っぱらから領主を訪ねてくる村人はないはずだ。大抵この時間なら寝てるだろうし、何より俺がぐーたらしてるのをよく知ってるからな。あと数時間は基本的にやってこないんで、こいつは部外者って事になる。
パチンと指を鳴らして魔法を解除すると、中から現れたのは3日くらい前にウチに来てた騎士だった。
「ふぅ……酷い目にあったな」
「前来た……ラクレットだっけ? なんか忘れ物?」
「ラクレスだ。忘れ物など決まっている。ぬいぐるみ製作一点のみ!」
そう言って腰のポーチからデカ目の木箱を二つ取り出した。
「さぁ! 注文通りの布と綿だ。これがあれば文句はないのだろう!」
「どれどれ……」
木箱を開けてみると、こっちは布が入ってたようで、ハニーベアとか言う魔物に合わせた黄色い布が入ってる訳だけど、王都で見た奴と比べて随分と品質が低い。鑑定魔法嘘つかない。
試しに綿の方も見てみるけどこっちも王都のと比べると質が悪いが、どっちも俺が知った事じゃない。悪いのはあくまで用意しなかった依頼者側だからね。
「これ王都で買ってきたの?」
「そんな事が出来る訳ないだろう。購入したのは二つ先にある村だ。王都ほどではないが綿が採取できるらしくそこにあったのを購入してきた」
「へー。結構近場に売ってるんだね」
「何せ解雇がかかっているから必死に探した。なのでさっさと作れ」
「へいへい。じゃあお昼食食べ終わったら作るよ」
ここから二度寝するにはちょいと目が覚めすぎた。無理をすると朝食の時間に遅れてエレナから無言の圧が叩きつけられるのは嫌なんで、朝飯を食い終わりって二度寝をし終わった後になる。
「ちょっと待て! こっちは急いでるんだ! 今すぐ作ってもらわねば困る!」
「そうだぞリック! 王家の方達を待たせるなどあってはならぬ事だ!」
俺に王家の機嫌を取る必要性は皆無だし、騎士が首になろうが知ったこっちゃないんだが、そう言ったところで納得せんだろうな。ワンチャンヴォルフは朝飯の時間がうんたらかんたらといえば納得するだろうが、我が家のヒエラルキーを知らん騎士は首を縦に振らんだろうなー。
こういう場合は身をもって教えた方が早い。
「じゃあそこの騎士。母さんに俺がぬいぐるみ作るから朝ご飯はナシでいいか聞いて来ていいよって言われたら作るよ」
「なっ⁉」
「なんだその程度の事でいいのか。では少し待っていろ」
意味を全く理解しとらん騎士はさっそうと家の中に。一方で俺が死地に向かわせた事を知るヴォルフは顔を真っ青にして震えている。
「お前……何をしたのか分かってるのか?」
「父さんこそ忘れてる訳? ぬいぐるみ作るのに結構時間かかるんだよ」
王都でやった時は数時間かかった。今から始めるにしても朝飯までには終わらない。途中で止めてもいいんだがその場合はあの騎士がうるさそうなので、黙らせる目的でエレナに喧嘩を売らせた。
救国の英雄や自称金級冒険者と同等は子犬のようにしっぽを巻いて全力で後ろに駆け抜けたが、果たしてあいつはどうかな?
「始まったねー」
瞬間——重力が何倍にも増したような重さがのしかかる。直接関係ないとしてもこの圧力は堪えるね。
俺でこれなんだ。騎士の思惑に乗っかったヴォルフはどうかなーとちらっと眼を向けると、真っ青を通り越して真っ白になってるな。考えもなしに騎士の肩なんか持つから悪いんだよ全く。
「あ。戻ってきた」
程なく玄関の戸が開いて騎士が出てきたわけだが、予想と違ってボッコボコにはされてなかったみたいだけど迫力に圧倒されたようで、見るも無残な姿になっているが個人的にはヴォルフで見慣れてるんで屁とも思わんけどね。
「……申し訳ございませんでした。どうぞお気の済むようにお作り下さい」
ふらふらとした足取りで近づいてきたかと思うと、そのままへたり込むように土下座しながらそんな事を言ってきた。時間にして5分も経ってないはずなんだが随分と遜るようになったな。これもエレナの圧がなせる業だな。
「まぁ、とりあえず昼飯に間に合うようには作ってあげるよ」
流石に可哀そうだからな。と折り合えずサクッと飯を食ってパパっと作ってさっさと帰ってもらおうか。
——————
「うーん……」
「どうした?」
朝飯を食べ終えて自由時間となったんで早速ぬいぐるみ製作に入ろうと思ったんだが、改めて布を広げて確認したんだが、染めがまばらでまだら模様みたいになってるのが気がかりなんだよな。
「一応確認だけど、ハニーベアってこんなまだらな色してるの?」
「そんな訳ないだろう。だが販売されていた中で最もハニーベアに近い色をしていたのがこれしかなかったからだ」
「忠実に再現するのもどうかと思うけど、そこら辺は目をつむろうよ。これ持ってって怒られるとか考えなかったの?」
楽しみにしてたぬいぐるみがまだら模様だったら、日本なら確実に炎上案件だ。
こっちとしては材料を用意せんかったそちらさんが悪いでしょ? と言えるが持っていく側としてはたまったもんじゃないだろう。最悪お役御免ってなりかねない。
「……何とかしろ」
「なんとかねぇ……」
色でいえば黄色のゴーレム破片がまだ残ってる。それで染められれば何とかなるかな?
「ちょっと待ってて」
物は試しだ。一度部屋に戻って亜空間からゴーレムの破片を取り出して粉末状にし、いろいろな液体に放り込んでから騎士のいる裏庭に戻る。
「うん? なんだその液体は」
「これはこの前王都に行った時にゴーレム退治で集めた石材の粉末を溶かしたものだよ。これで染めてみようかなって思ってさ。成功したら追加料金ね」
あくまで仮定の話だ。染色については昔テレビで見たぼんやりとした記憶しかないんで確証はない。
「いくらだ?」
「そうだねー。成功したら銀貨2枚」
「むぐ……結構とるな」
「何言ってんのさ。これ一つで銀貨1枚で売ってたんだから安くしてる方だよ。それに、成功するか分かんないしね」
あくまでテレビで見ただけの記憶だから、染料に何か特別な物を入れたりしてたらアウトかもしれんが、ここは魔法の世界だ。魔力的な何かで染めてるんだとしたら多少なりとも自信はある。
「まぁいい。成功しなければ冒険者になってしまうしかなくなるんだ。成功の暁には支払おう」
「じゃあ交渉成立って事で」
さて、それじゃあうまくいくことを願いますかね。
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