第83話

「ただいまー」

「あらおかえりなさーい」

「戻ったか。畑の様子はどうだった?」


 家に戻ると珍しくヴォルフがリビングでエレナと一緒に居た。いつもは執務室で慣れない机仕事に四苦八苦してるってのに珍しい光景だな。


「いつも通りって感じだよ。それよりも、こんな時間に2人一緒なんて珍しいね。また父さんがなんか悪い事でもしたの?」

「そんな訳ないだろ! ったく……というかリック! 王女殿下への贈り物に金銭を要求するとはどういうことだ!」

「そのまんまの意味だよ。こっちだって慈善事業じゃないからね。貰うもん貰わないとやってらんないっしょ?」


 そもそも吹っ掛けた自覚はある。とはいえまさか払うとは思ってなかったからな。こっちとしてはあんなモンで二か月の稼ぎになるのは最高だぜ。


「だからといっても限度があるだろう! 金貨5枚がどれほど大金か分かってるのか!」

「俺の稼ぎの約2月分。それがぬいぐるみ一つで稼げるって、王家ってのは金持ってんだねー」


 もっと他に使い道があんだろと言いたくなるな。まぁ、そのおかげで貧乏領地のここに金が来るって事を考えれば、感謝した方がいいのかね?


「まぁいいじゃないのー。おかげで村が潤うんだからー」

「そうそう。王家からの支援だとでも思えばいいじゃん」


 王家から金をふんだくったと思うから悪いんだ。これは王家から表立って行えない(そうかどうかは知らん)が故の苦肉の策の支援と考えればいい。そうすればヴォルフでも毎月金貨5枚ってのも素直に受け取れるだろう。


「……はぁ。もういいとりあえず金貨5枚をどうするか話し合おうか」

「おろ? ちゃんとくれたんだ」


 てっきり来月に金貨10枚にして渡してくるもんだとばっかり思ってたが、置いてくモンはちゃんと置いてったみたいだな。感心感心。


「で? 2人はどう使いたい訳?」


 ここで俺の金だけどとは決して言わない。言ったところでここで金の使い道なんて何もないんだから、それだったらよりぐーたら出来るために使うのが最も有効な使い道だ。


「やっぱり食糧かしらねー。リックちゃんのおかげで多少は食べられてるけど、子供達の為にもたくさんのお肉なんかがいいんじゃないかしらー」

「いいんじゃない? 俺も肉食いたいし」


 干し肉だろうと肉は肉だ。スープに入れれば柔らかくなるし出汁も出る。おまけに塩分もあるから多ければ多いほど食卓が充実する。


「じゃあ来月からお肉の追加をお願いするわねー。後はどうしようかしらー?」

「他に使い道ないんだったら魔石か腐葉土が欲しいんだけど」

「「ふようど?」」

「簡単に言えば土だね。それをいつも畑にやってる魔法の代わりにしようと思ってね」


 すでに種まきを終えてるから今回は無理でも、次の種まきの時に畑に混ぜ込めば多少は土壌の改善につながるだろう。これを種まきの度に続けていけばいずれは俺が何もせんでもなんとかなる。

 そうして作った農作物を、長期保存が可能な冷凍・冷蔵庫の魔道具を作っておいておけば、誰でもできる魔石交換って作業になって何日かに1回ペースで氷魔法をぶっ放す必要もなくなる。


「そんな便利な物があるのか?」

「王都にあった本でそう読んだよ。問題はそれが売ってるかどうかなんだよね」


 現代日本であればホームセンターで簡単に買えるもんだが、この世界だと不安しかない。他の畑のやり方を見た事が無いから何とも言えんが、うちの畑で取れた麦が高品質って事はその程度なんだろう。

 つまり、売ってない可能性の方が高いんだよな。


「あらー。それだったらルッツ君に頼んでみましょうかー」

「だねー。最悪森の土を掘ってくればいいらしいからそれも付け加えとくねー」


 やっぱ面倒な事は他人に任せるに限る。とりあえず手に入る目途は立った。後は魔道具だがこっちは気長に待つか。


「なるほど……しかし肉と土と魔石で金貨5枚となると相当量になるな。果たしてそれだけの量を食い切れるか?」

「だからと言ってお酒なら買わないわよー?」

「まだ何も言ってないじゃないか……」

「表情がそう言ってるんだよ。っていうかあれだけ怒られて反省とかしない訳?」


 本来お土産とか姫ちゃんのプレゼントに充てるはずだった金貨20枚で酒を飲んだ事をエレナにチクってさんざっぱら説教されたはずなのに、ひと月も経たない間にもう飲みたくなってんのかよ。マジで酒ジャンキーだな。


「ば、馬鹿を言え! 父さんはあくまで村人のためを思ってだ。彼らも十分頑張ってくれている。それを労うための酒の量を少しばかり増やしても罰は当たらんと思うのだよ。うん」

「そう言っておこぼれをもらおうとか考えてるんじゃないの?」


 村で振舞うって言うのは理解できる。こんな辺鄙な土地に娯楽なんざありゃしない。娼館があれば男連中の息抜きになるかもしれんけど、こんな村でそんなとこに行けばあっという間に広がって血の雨が降るだろう。何せここに居る利用者は概ね既婚者だ。

 後は劇とか吟遊詩人の歌なんかもいいかもしんないけど、儲けが見込めないようなこんな場所に来るわけがない。呼び込むんだとしたら金貨何十枚必要なんだか……。

 それらに比べると酒は安くて簡単に手に入るうえに量が確保できる。だからこんな寒村でも十分息抜きとして使える。まぁ、酒が飲めない連中にとっては何の意味も持たないがね。


「ば、ばばば馬鹿を言うなそんな訳ないだろうが。父さんだって分別はあるぞ!」


 分かりやすすぎる反応に二人でため息をつく。


「あらー? そんなものがあるなら金貨20枚もお酒を飲まないんじゃないかしらー?」

「ぐぅ……」


 エレナの強烈なカウンターに、救国の英雄は簡単に膝をつく。本当にこんな酒ジャンキーがよくもまぁ戦場で生きてられたな。


「うふふー。お父さんは戦場でもお酒を飲まないと駄目だから、お金の代わりにお酒をもらってたのよー」


 俺の表情を見て察したらしいエレナが救国の英雄たる訳を教えてくれた。

 なんでもヴォルフは、酒があればどんな戦場だろうと文句ひとつ言わず赴き、酒が無くなるまで戦えばまた別の戦場に去ってゆく。

 そんな感じで大陸中を渡り歩き、最終的にこの国を救った。


「本気で言ってるの? それ」


 この国が救われた理由が酒? 冗談だとしても笑えないし、本気なんだとしたらヴォルフはクレイジーすぎる酒ジャンキーって事になるが、あれだけ酒に執心してる姿を見ると間違ってないって思える。


「本気も本気よー。おかげでお母さんはいつも怒ってたんだからー」


 ニッコリ笑顔だが放つオーラが半端じゃない。室内の気温は下がるしヴォルフはガクガク小刻みに震えてる。それでも酒を止めないって本気で病気認定してもよさそうだな。


「母さん。抑えて抑えて」

「あらー? ごめんなさーい」


 ふ……っと一瞬で日常空間に戻る。つーかこれだけの状況をなんでも体験してきてるはずのヴォウルフはよぉ酒を止めんかったな。フツーこんだけの恐怖にさらされたら酒を見るだけでフラッシュバックすると思うんだけどなぁ。


「とにかくお酒はナシねー」

「……分かった」


 さて……となると何がいいだろうかね。

 俺の要求は魔石と腐葉土くらい。贅沢を言えばふっかふかのベッドが欲しいが、手に入れたところでアリアに奪われる未来しか見えん。なので買うならいっぺんにだ。そうすりゃ安心安全にベッドを満喫できる。


「話は終わり? だったら昼まで寝るけど」

「そうねー。ちゃんとご飯に起きてくるなら大丈夫よー」

「そこら辺は大丈夫だよ」


 ここ最近はかなりぐーたらをして王都での疲れがかなり抜けてきたからな。今から寝ても昼には起きられる自信がある――まぁ、きっとその前にアリアに暴力的な手段で叩き起こされるだろう。何せ今日も今日とて訓練に励んでるんだからな。汚れたから洗えとでも言いそうなのが目に浮かぶ。


「本当に良く寝るな。病気か何かじゃないだろうな?」

「ただ寝るのが好きなだけだよ。父さんだってお酒をよく飲むでしょ? それと同じだって」


 その線は俺もちょっとだけ疑った。何にしたって寝すぎかなーって思わなくもないからね。

 だけど、鑑定魔法で自分を診たら健康そのものって出たからそれ以降は何の心配もせずにひたすらにぐーたらを謳歌してる。


「ほいじゃあおやすみー」


 自室で寝ようかなーと考えたが、汚れた格好でアリアが入ってくるって事を考えると嫌なんで、裏庭にあるお気に入りのぐーたらスポットで寝る事にしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る