第82話
「ごちそうさまでした。さて……畑でも見に行くか」
今日も今日とて少しだけ豪華な朝食を食べ終え、日課のぐーたらのための労働に行こうかとしたところでヴォルフから待ったがかかる。
「おいおい。庭の騎士はほったらかしか?」
「冗談だよ冗談。そろそろ回復したころだろうし行こうか」
本当は行きたくないが、朝食の話題として挙がってしまった以上、逃げ道はない。さっさと終わらせてさっさと畑に行きたいね。
「おーい。目は治ったー?」
「何とか見えるまではな」
悪びれる事なく近づいていくと、若干じとっとした目を向けられたけど、あれは我が家じゃいつもの光景だからな。文句を言われた所で逆にあの程度の事に対処できないんじゃ騎士失格! 的な事を言ってやればぐうの音も出んだろう。
「で? 俺に用があるって聞いたけどなに?」
「貴様がリックか。姫様がそろそろ新しいぬいぐるみ? とやらを買って来いと仰られたのでこうして王宮で騎士を務めるこのラクレスがはせ参じた」
「あーもうひと月経つのかー」
正確にはひと月じゃないが、こいつが帰る頃にはひと月になるんだろう。面倒だが金貨5枚のぼろい商売だ。受けないって選択肢はない。
「別に作ってもいいけど姫——王女様からなんか要望請けてる?」
面倒だが相手のリクエストには答えるくらいはするつもりだ。そうすれば労せずして金貨5枚も儲かるんだからな。
「今回はハニーベアをとの王女様の要望だ」
「ハニーベアってのを知らないんだけど?」
ベアって事は熊なんだろうってのは理解できるけど、どんな容姿かまでは知らん。ウチにはキノコとウサギとスライムしかおらんのだからな。
「そうだろうと思いここに見本を持ってきた。これがそうだ」
そう言って取り出したのは一冊の小さな本で、それをあるページを開いて見せてきたので目を向けると、そこには胸の辺りの赤を除いて全身真っ黄色な体毛で覆われたはちみつ大好きなあの熊とうり二つな見た目をした絵が。
「これがそうなの?」
「その通りだ。なのでさっさと作れ」
「じゃあ代金払って。それと材料」
「なんだと? 代金の話は聞いてるが材料の話は聞いてないぞ?」
「じゃあ逆に聞くけどさ。こんな村に姫様にふさわしい布だの綿だのがあると思ってるの?」
自慢じゃないが、この領地で外に売れる物は品質がいいらしい麦以外に存在しない。薬草や調理器具はここで生産されてる訳じゃないからな。
「……ありえんな」
「じゃあ綿と布をもってまたお越しください」
さて用事は終わった。後はいつも通り畑に栄養を補充して、念のため兵錬場で損傷具合の確認。後は倉庫の冷え具合に裏庭の甜菜の様子見……ううむ。やる事が存外多いな。
倉庫の冷え具合くらいは暇そうなガキ連中にローテーションを組ませて確認させよう。兵錬場の武具の確認も出来そうだ。
早速とりかかろうと立ち去ろうとする俺の手を、王都騎士が掴む。
「ちょ、ちょっとまて! それだともうひと月かかってしまうだろうが!」
「そんなこと知らないよ。俺はちゃんと相手側にぬいぐるみに関してちゃんとした条件を突き付けてあるんだから。それを忘れたアンタか、もしくは担当者が悪い」
金と材料。それが用意できれば月に一つぬいぐるみを作るとキチンと言ってある。俺に文句を言うんじゃなくてそっちに言ってほしい。
「はいそうですかとなると思ってるのか? このまま手ぶらで帰ったら何を言われるか分かった物ではない!」
「おいリック。何とかならんのか?」
「なる訳ないでしょ」
まぁ、実際は空間魔法で王都まであっという間に到着できるが、そういう切り札を家族の前でやすやす切るほど俺は馬鹿じゃない。というか一生切るつもりはない。なのでどうにもならん。
「ううむ……しかし王女殿下への贈り物が出来ないのは臣下としてあるまじき行為だぞ? せめて何か代案はないのか?」
「じゃあ石像にする? それならすぐ用意できるよ?」
アリアにも不評だった石像の材料は潤沢だ。何せゴーレムを調子に乗って狩りまくったからな。それであればハニーベアの石像を作る事は出来るが、もちろん柔らかさなど皆無。おまけに石だから重いし魔法で自在に動かすのは土魔法の適性が必須なので、姫ちゃんには超絶不向きなプレゼントだ。
だが、騎士はこれに難色を示す。
「石像か……」
「生誕祭の時に送ったけど不評だったからねー」
だが我が家で用意できるのはそのくらいだ。なのでさっさと諦めて帰ってほしい。こっちはこっちでやる事があるんだ。邪魔をされるとその分ぐーたらする時間が無くなってストレスがたまるからさっさと帰れよな。
これ以上ここに居たって俺にやる事はなんもない。さっさと土板を作ってこの場から撤退ー。
——————
「おいーっす」
「おお。リック様でねぇですか。今日は遅かっただな」
「急な来客があってね。そんじゃパパっと終わらせますか」
いつも通り畑に魔法で化学物質を注ぎ込む。一か月もほったらかしにしてたせいで随分と栄養が減ってるが、慌てて減った分を一気に注ぎ込むのは生育に悪いのでいつもと比べて少量多い程度にとどめる。
なので元の状態に戻すには相当時間がかかる。おかげで今年の税として納める麦の品質は例年と比べて2ランクぐらい落ちるだろうと思ってる。
「こんなもんだね」
「いつもありがてぇですだ」
「気にしないで。これも俺がぐーたらするためにやってる事だから」
とはいえそろそろ腐葉土が欲しい。これからは毎月金貨5枚のほぼ不労所得が入ってくることを考えると、これをその購入に充てるか? そうすりゃあ1日の中で一番時間が取られる仕事がゼロになり、ぐーたらライフを満喫するなり。魔道具を作ってより村人がぐーたら出来る時間を作れるようにするなり自由な時間が出来る。
問題はルッツが用意できるかどうかだな。出来るようなら夢は広がるけど、出来ないなら出来るように理解させる必要があるだろう。
「こんちゃー」
「お待ちしてましただよリック様」
「畑はどう?」
「多少元気は無くなっとるだが問題はねぇですだ」
「じゃあいつも通りやっちゃうねー」
「お願ぇしますだ」
やれやれ。本当ならこんなことにならずに済んだんだが、王都に行ったおかげでほぼ不労の金が手に入り、おまけに別の魔道具の本まで手に入る事が決まってると考えれば、このくらいの被害はむしろラッキーとするべきか?
いや――キノコの毒の件がある。
今回はたまたま微弱な毒だったからよかったけど、あれが未発見の致死毒だったとしたらこの村は終わってたな。早い段階であれば水に鑑定魔法をかけて少ない被害で食い止められただろうが、ひと月あれば全滅するには十分。やはりこの村から長期間離れるのは得策じゃないね。今後何かあっても遠出をするのは辞めておこう。
「はいおしまい」
「いつもオラ達のために助かりますだ」
「なーにいいって事よ。それにこれは俺のためにやってる事だから」
そんな感じでいつも通り村中の畑を回って肥料の補充を終え、次は兵錬場に行くべきか行かざるべきかと悩んでると、遠くの方で騎士が馬に乗って全速力で村から出ていこうとする姿があった。
「ようやっと居なくなったか」
帰ってからもあいつが居ると思うと正直うんざりするところだったが、あの様子だと帰ってくる事はないだろう。金貨5枚は痛いけど、元々無い状況で生きてきたんだから問題ねぇ。むしろ来たとしてもひと月後くらいだろうから心置きなくぐーたら出来ると考えようじゃないか。
「少年。丁度いい所に居ましたね」
ぼけーっと板に乗って移動してると、小走りのような歩ているようなグレッグと遭遇。
「グレッグじゃん。こんなとこで何してんの?」
「いつもの外周ですよ。それよりも兵錬場の修復をお願いしてもよろしいですか?」
「兵錬場をって……今回は何したんだよ」
「なに。そろそろ地を這う虫以下の連中も多少なりとも力をつけ、盾になる以外の役割を授けようと技の一つを披露したら勢い余って地面を大きくえぐってしまいましてね……この後の訓練に支障が出そうで困ってたのですよ」
「はぁ……別にいいよ」
「では頼みましたよ」
そう言い残してグレッグが去っていったんで、どのくらいえぐれてんだろうと想像しながら兵錬場に到着すると、兵錬場の中央辺りに深さ・直径2メートルくらいのクレーターが。
「何やったらこうなるんだよ」
武器の強度的にこんな事出来ないと思うんだけどなぁ。人力でこんな事が出来るならこれはもう立派な魔法だろ。
とりあえず地面は整地しなおして、ついでにガッチガチにするか? いや。ある程度柔らかくないと怪我しやすいって聞いたことあるからそれは止めとこう。
「よし。こんなモンだろ」
パパっと整地を終え、倉庫で武具の数を確認。減ってるなぁと感じたんでいつも通り補充を済ませてから家に帰った。
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