第81話

「ん……っ。久しぶりのスッキリした目覚めだ」


 ここ一週間は目が覚めると同時に全身を激痛が襲ってたけど、昨日からようやくそれがない状況で起きる事が出来るようになってるのが喜ばしい。

 ぐ……っと背伸びをしても体が痛くない。いたって普通の事だけど、一週間できないってだけでここまで違うのかと思うと感動しちゃうなぁ。

 とはいえアリアには感謝の気持ちは一ミリもわかない。むしろどうやってこの恨みを晴らそうかとの思考が駆け巡る。

 直接魔法で攻撃するのはNGだが、直接襲い掛かればフルボッコになるのは明らかなので、あの手この手を使った絡め手で何とか嫌な思いをさせるのが精一杯。悔しいかなあれは人の領域を踏み越えてるんだよなぁ。


「ま。とりあえず飯食うか」


 考えるにも栄養が必要だ。特に今月は俺が王都に同行してたってのもあって普段は持って来れないような食材を氷魔法で瞬間冷凍で持って帰って来てるんで、普段持ち込まないような生の肉や卵なんかが豊富とは言えんがあるからな。ここ数日の食事は普段と比べてかなりグレードアップしてる。

 とはいえこれもいつまで続くか。まぁ、粗食も慣れれば悪くない。


「おはよー」

「おはよう」

「あれ? もう着てるんだ」


 リビングには相変わらずサミィ1人。俺が起きる時間だと大抵この光景だけど、その姿は神楽ノ国からやって来たらしい怪しい商人から買った甚平を着ていた。相変わらず女子なのに素肌を晒す事に抵抗がない人だなぁ。


「ああ。折角買ってきてもらったのにそでを通さないのも悪いからねと思ったんだけど、悪くないよ。色合いもボク好みだ」

「そう言ってもらえると買った甲斐があるよ」


 やはりああいうのを買って正解だったな。まぁ、エレナは眉を顰めただろうけど、本人に喜んでもらうのが一番だからな。

 そう考えると、俺もエレナのためになんかデザートを作らんといかんな。何にしよう。


「あらーリックちゃん起きたのねー」

「ついさっきねー」


 何を作ろうか思案してるとエレナがトレーを手にやって来た。俺のご飯かな? とうぬぼれるほど馬鹿じゃないんで気にもせずに挨拶を返す。


「そうだわー。サミィちゃんに買ったお土産の事でいう事があるわー」

「なに?」

「どうしてこんなものを買って来たのよー。これじゃあサミィちゃんがますますドレスなんかを着なくなっちゃうじゃなーい」


 頬に手を当てため息をつく姿を見る限りはそこまで困ってなさそうだ。本気で怒ってたらこんな気持ちのいい朝は迎えられてないからな。


「でも本人は気に入ってるみたいだよ?」

「もちろんだとも。いつもの服と比べて動きやすく脱ぎ着がしやすい。出来れば熱期に向けてもう何着か注文したいくらいだよ」

「喜んでもらえて何より。だけど次は難しいかなー」

「どうしてだい?」

「なんでも別大陸にある神楽ノ国って所から来てたらしくてさ。多分手に入らないと思うよ?」

「……別大陸? という事はその神楽ノ国の船は優秀なのねー」


 あぁ。そういわれると確かに。

 この国の船がどんなもんかよぉ知らんけど、とりあえずクラーケンやリヴァイアサンがはびこるらしい海を渡って来たって事はそういう事か。あの時は特に考えもせずにお土産を買わんとって事だけにしか意識が向いてなかったから深く考えんかったな。


「船? 船とは何なのですか?」

「水の上を移動するための物だってさ」

「あら? リックちゃんどうして知ってるのかしらー?」

「ルッツのとこの副会頭に模型を見せてもらった時にちょっと聞いたんだー」


 船底に穴が開いた出来損ないだけど、ちゃんと船だという説明は受けてるんでアリバイは完璧だ。


「ちなみにどんな形か覚えてるかしらー?」

「こんな感じだったよ」


 魔法で外から土を引っ張ってきて覚えてる通りに成型。


「これが船という物なのかい?」

「副会頭はそう言ってたよ」

「お母さんの知ってる船とは違うわねー」

「帝国はこれを鉄で作ろうとしてんだって」

「「鉄で⁉」」

「そう聞いてるよ」


 やっぱビックリするよねー。俺にとっては鉄の船なんて普通でも、この世界の連中にとっては鉄=沈むってのが常識だろうからね。


「そんな事にお金を出すのは駄目に決まってるじゃないー」

「まったくです。鉄が沈むくらい僕でも知ってる事だぞ? それをあのルッツさんと副会頭が知らない訳がないと思っていたのに……」

「ドワーフがなんとかしてくれるって思ってるんじゃない?」


 ドワーフの鍛冶技術が飛びぬけて優秀なのは周知の事実だからね。任せりゃ何とかなると思うのは結構だけど、武具製造以外にその能力を使わせるために首を縦に振らせるのがまず難しいから、きっとしばらくは無理だろう。


「ううむ……それはあまりにも他人任せすぎるね」

「俺もそう思う」

「そうねー。お母さんも考えが甘すぎると思うわねー。それで破産してウチに商品を持って来てくれなくなるのは困っちゃうものー」

「だから俺も止めときなって言っておいたよ」


 いくらドワーフでもそう簡単に作れるとは思えないし、せっかく作ったのにクラーケンだのリヴァイアサンだのと言った魔物を相手に、テンプレ通りであれば何とかなるとは想像できないんだよなぁ。

 だが、そうなるとあの商人はどうやってこっちの大陸に渡って来たんだろう。

 パターンとしては――

 海の魔物を一掃できる武力がある。

 追いつけないほどの高速船。

 人魚等の会話可能な水生生物との友好を結んだ。

 パッと思いつくのはこの3つだけど、1と2についてはそんな力があるならとっくの昔にこの大陸は侵略されてるだろうけど、そういった話は全く聞こえないのでその線はないかな?

 となると、人魚とかの話が通じそうな連中に供物なりなんなりを捧げて通行するってのが筋が通るっぽく聞こえる。居るかどうかは知らんけど。

 他にも聖水ばら撒きだったり結界魔法だったりなんて思いつくけど現実的じゃない。そもそもこの世界の聖水に魔物除けの効果があるのかも知らんし、結界魔法は結構魔力を食うからコスパが悪い。


「素直に聞き入れるのかい?」

「聞き入れるでしょ。一番儲けさせてあげてる俺の言葉を無下にするほど馬鹿じゃないだろうし」


 調理器具に高品質かつレアな薬草を卸してる筆頭株主みたいな俺の助言をないがしろにはせんだろ。最悪倒産しなきゃ貧乏になろうが知ったこっちゃないしな。

 なんて事を話してたら俺の腹が空腹を訴えてきた。


「とりあえずご飯食べちゃうか」

「じゃあお父さん達を呼んできてちょうだーい」

「はーい」


 いつも通りの日常。やっぱこれだよなー。のんびり土に栄養を与え、何をするでもなくぼーっと空を見上げ、お腹が空いたら飯を食い。眠くなったら好きなだけ眠り。お金が無くなったら魔法でパパっと稼ぐ。

 そういう生活が出来る人間に早くなりたいなーとか考えながらいつものように裏庭に顔を出してみると、そこにはアリアとヴォルフのほかにもう一人。見慣れない騎士っぽい奴がいるな。

 それがヴォルフと木剣でやりあってる。


「アリア姉さん。あれ誰?」

「王都から来た騎士らしいわ」

「なんでそんなのがウチに?」

「知る訳ないでしょ」


 まぁ、アリアに聞いた俺が馬鹿だったな。とはいえヴォルフの表情を見る限りは敵って訳じゃなさそうだ。こうしてボケーっと見学出来てる時点でこっちを害するつもりはないっぽい。


「そろそろご飯の時間だから呼びに来たんから止めていいよね?」

「いいんじゃない? アタシも訓練できなくて不満だし」

「じゃあやるから目つぶっててね」


 いつも通り大体2人の中心になるような位置で光魔法をぶっ放して視界を奪う。


「うわっ⁉」

「っと……もう朝食の時間か」


 いつもの事なのでヴォルフは目を守って視力を確保したが、初見の奴の方は完全に視界が潰れたっぽい。しばらくは何も出来んだろう。


「ご飯だから呼びに来たよー」

「それは分かったが、お前にはあの騎士が見えないのか?」


 チラッとそっちに目を向けると、じっとしたまま動く気配がない。どうやら視力が回復するまでああしている事にしたらしい。


「見えてるけど関係ないよ。そんなのより母さん怒らせる方が怖いし」


 ヴォルフとのやり取りを見た感じ、俺の結界魔法を突破するフェルトには及ばない実力だ。であればエレナも当然突破しないが、精神衛生上を考えれば不興を買うのは得策ではないので、どっちを優先すればいいのかは考えるまでもない。


「……まぁそうだな」

「じゃあご飯食べようか」

「いいのか? あいつはお前に用があると言っていたぞ」

「じゃあ母さんに怒られたら父さんの――」

「飯を食ってからでも遅くはあるまい」


 どうやらあの騎士は俺に用があって来たらしいが、こっちにはあんなのと知り合った記憶はない。なので飯が優先だ。まぁ、ウチではルッツがやってくる以外の最優先事項はないからな。知り合いだったとて後回しよ。

 という訳で、ぼーっと突っ立ってる騎士を置いて、俺達はいつも通りの朝食を。

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