第80話

「さて……次は計算なー。出来たらもってこい。全部当たったら飴をやろう」

「「「はーい!」」」


 リン用の文字だけ残して土板を作り変えて計算式をいくつか表示させ、机の一部を切り離してノートとペン代わりを作るだけで、後は椅子に座ってぼーっとするだけで、動く必要がないのがいい。

 さて……待ってる間何しよう。こういう時に本があれば時間つぶしになるんだけど、家にある本は読みまくって飽きちゃったし、魔法の訓練なんざ無意識でも出来るくらい日常の物になってる。

 かと言って村に行くのもこいつらに悪い。計算が終わって〇×を付けてもらうのにいちいち村まで走らせるのもどうかと思うって考えると、ここでぼーっとするしかないし、寝ようもんならきっと夕方まで起きない。なので勉強会は気まぐれにしかやらんのだよ。

 とりあえずぼーっと空を見上げるとすぐに近づいてくる足音が。


「できた」

「相変わらず早いなー」


 真っ先にやって来たのはシグ。いつの頃からか勉強大好きっ子になって片時も本を手放さないもやしになってしまったが、村人の中じゃあダントツに知恵がある。

 そんなシグは簡単な足し引き程度じゃものともしない。見るまでもないがとりあえず目を通すと相変わらず間違いはない。


「合格ー」


 水飴の入った壺に棒切れを突っ込んで絡め取ってシグに渡すも首を左右に振って受け取り拒否の姿勢だ。


「別の……本」

「別の本かぁ……」


 シグは甘味より新しい知識がいいらしいが、ウチにある本は今持ってるので最後だ。絵本であればある程度は用意できるものの、求めてるモノとは違うだろうからな。


「一応魔道具作りの本ならあるけど見る?」

「……見る」


 手渡した本をパラパラめくり、大して文字が書かれてない事に興味が惹かれなかったんだろう。ほんの数秒で返却された。とはいえ他に何か本がある訳じゃないんで、次に商隊が来た時に本でも注文しておくとしよう。


「気に入らんかったみたいだな」

「つまんない」

「とはいえ他に読んだ事が無い本はないからなー。新しい計算問題でもやる?」

「ん。そっちの方がいい」

「じゃあ簡単なモンから始めるか」


 文章問題をいくつか作ってシグに見せると、始めは首をかしげていたが読み進めるうちに理解したのかすぐにペンを走らせる。


「できたー」

「おれもー」

「こっちもできたぞー」


 再びぼーっと空を見上げてると、次々にガキ連中が近寄ってくるんで、全問正解しなけりゃ解答板を返してワンモア。全問正解したら水飴をそれぞれ手渡す。

 そんな中で、当たり前だけどリンに動きはない。


「お前全然読めないな。そんなんじゃいつまでたっても帰れないぞ」

「いつまでも居させる気かよ!」

「当然だろう――と言いたいとこだけど、うるさそうだから夕飯前には帰すよ」


 いつもの俺であれば夕飯を食い終われば後は寝るだけだからな。そこから朝までノンストップぐーたらタイムに突入するって言うのに、騒がれでもしたらマジで気が滅入るしぐーたらの質に影響が出る。それだけは勘弁してもらいたい。


「じゃあ夕方までこのままなのかよ!」

「文句があるなら読めばいい。ちゃんと覚えてれば読めるはずだろ?」

「むぐぐ……こんな事していいと思ってるのか!」

「はっはっは。貴族は平民に何をしても許されるのだー」


 という訳でリンから離れてまた空をぼーっと見上げる。文章問題は計算式が書いてある訳じゃないから手こずってるのもいるけど、大方理解できてるようで問題ないようで一安心だ。

 さて……計算と読み書きはいいけど歴史はどうすっかね。ハッキリ言って貴族でもない連中が国の歴史を学んだところで何の意味もないだろうってのが俺の偽らざる気持ちだ。

 日常を生きるにあたって、覚えてたって何の得にもならない。日本でもそうだったし、この世界じゃその傾向はより顕著だと思う。何せそれが金になるような世界じゃないからな。

 貴族なら必要あるだろうけど、テンプレ通りならそうなるのは並大抵の事じゃないし、冒険者になるなら各国の情勢について知ってりゃいい。そう考えるとやっぱり歴史は要らんね。必要なのは契約書を読めるくらいの識字力と、2桁の計算だ。これがれば、農家でもいずれ出来ると思ってるルッツ以外の商店に騙されたりしないだろうと踏んでる。


「なぁ。なぁって! さっき魔法がどうとか言ってたよな!」


 ぼーっとぐーたらしてるとリンが声をかけてきた。

 ハッキリ言って無視してもいいんだけど、いつまでも喚かれると勉強してる連中の邪魔になる。面倒だけど仕方ない。


「魔法じゃなくて魔道具な。それがどうした?」

「見せろ」

「見ても分からんだろ」

「いいから見せろよ!」

「わーったよ」


 別に見られて困るもんでもないしな。魔法で引き寄せてリンに手渡す。


「これが魔道具なのか?」

「正確には作るための設計図だな」

「ふーん……これを覚えりゃおれでも魔法が使えるのか?」

「とはいえ攻撃には使えんがな」


 ここに載ってるのは単純な効力の物だけ。チャッカ〇ンもどきやドライヤーもどき的なのなら作れるけど、それを攻撃に転用するには圧倒的に威力が足りない。


「ふーん……」


 攻撃に使えんと聞いて途端に興味を失ったのかなと思ったが、食い入るように見る姿は気に入った証と見ていいかな? 大人しくなったならこれでゆっくりとぐーたら出来る。


「なぁなぁ。これっておれにも作れるのか?」

「知らんけどいけるんじゃないか?」


 一応魔道インクと用途に応じた材料を使えば真似事くらいは出来るとは思うけど、実際のところは分からんからな。


「じゃあ作るから作り方教えろ」

「適当な物に魔法陣を彫ってそこに魔道インクってモンを入れるだけだ」

「随分簡単なんだな。おれにも出来そうだ」

「そう思うんなら試しにやってみればいい」


 実は俺もそう思ってるクチだ。

 何せ見本が目の前にあるんだ。それを文字通りトレースすれば簡単に魔法陣が出来上がるだろうと思ってるんで、土板とそれを削るための彫刻刀的な物を土板より硬くしてリンに手渡す。


「見てろよ。こんなのあっという間に終わらせてやるぜ」

「頑張れ」


 さて。これでしばらくは大人しくしてんだろ。これでようやくぐーたら出来——


「リック……終わった」

「お早い事で」


 やれやれ。気まぐれにこんなことをやるとぐーたら出来んくていかん。とはいえ将来金に困って犯罪に手を染められるのはぐーたらライフを送る未来を考えると手は抜けない。


「ふん……ふん……お見事全問正解だ」

「ん……」


 ご褒美の水飴を差し出すと今度は受け取った。

 うーん……あんま日常的に食ってる訳じゃなくともちょこちょこ食ってるから随分と減って来たなぁ。いくら栄養豊富な土地にしてるとはいえ、成長するのにはどうしたって時間がかかる。最悪の場合は魔法で時間の操作でもすりゃいいだろうけど、そうポンポン砂糖を作りまくったら絶対に怪しまれる。甘味は欲しいけどぐーたら出来なくなるのはもっと嫌だからな。


「できたー」

「残念。二問間違いだ」

「りっくさまー。できたー」

「正解は一問だけだな」

「よっしゃ! これでどうだ」

「三問だなー」


 文章問題ともなると読解力が必要だからな。計算だけなら成績が良かった連中もこぞって正答率を大きく落としていた。

 とはいえこの程度で躓いてもらっては困るな。これから先はもっと面倒臭い問題が待ってるんだからな。


「おーい! リックー! できたぞー!」

「おーう」


 リンに呼ばれて行ってみると、確かに魔法陣が完成してた。

 随分と短時間? かどうかは知らんが、完成した魔法陣は結構綺麗に出来上がってるように見える。


「どうだ?」

「見た感じは悪くなさそうだな」


 俺は魔法で作ったからよく分からんが、リンが彫った魔法陣は本と遜色ない――というのは語弊があるけど、見た目には問題ないように感じる。


「次は何するんだ?」

「とりあえず魔道インクってやつで溝を埋めてみっか」


 これはルッツからもらった方だ。俺のと比べると魔力の含有量が低いんで、万が一が起きても被る被害は少なそうだからな。

 水魔法でインクを操作して溝に注ぎ、土魔法で蓋をすれば一応見た目的には完成。


「後は魔石をここに置いて動くかの確認だな」

「おう!」


 一応安全面を考えて魔道具の周囲に結界を張って置く。これはフェルトの魔法も数発は防げるモンだから魔道具の暴発程度どうって事ない。ないよね?

 そんな心配をよそにリンはサクッと魔石を置いたが反応がない。


「どうやら失敗みたいだね」

「本当か? お前がなんかしたんじゃねぇのか?」

「自分で彫ったクセに人のせいにするなよ全く」


 とりあえずこれで今日の授業は終わりだ。今度はまた気が向いた時。ひと月後かもしれないし一年後かもしれない。まぁ、忘れない程度にはやっておこう。

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