第77話

「さて……父さんちょっといい?」


 食事も終わり、後は村に行って畑に栄養を注いだりするいつものお仕事があるお昼まで時間があるんで、今のうちにさっさと村のはびこる問題を解決するためにヴォルフに声をかける。


「……帰って来たばかりだってのに今度は何をしたんだ?」

「別に何もしてないよ。それよりも村人に軽い毒が流行ってるの知ってる?」

「領主なんだから当然だろ」

「それについて調べたい事があるから村の外について来てくれない?」


 別に1人で行ってもいいんだけど、それがばれた場合は結構怒られるからな。ぐーたらを信条とする俺としてはそういった面倒な時間は極力排除したいんで、キッチリ大人を同行させる。

 別にグレッグでもいいんだけど、わざわざ訓練所まで行くのも面倒だし、居なかったら探すのがメンドイ。なんで目の前にいるヴォルフをこき使う方が時間的にもぐーたら的にも最適解。


「分かった。すぐに行けるな」

「そりゃあご飯食べたしね」


 たった今食い終わったばっかりだ。ここから昼飯まで大体4・5時間。それだけあれば言って帰ってくるくらい余裕綽々よぉ。


「なら急ぐか」

「だね」


 時間に余裕があるとはいえ無駄に過ごしていい訳じゃない。これは立派なぐーたらの邪魔ものなんだ。さっさと解決して余った時間をぐーたらに充てるために急ぐ事に何の文句もない。


「はいはーい。アタシも行きたい!」

「駄目よー」

「なんでよ母さん!」

「アリアちゃん? ご飯の後はお勉強をするのを忘れちゃだめよー」


 ニコニコ笑顔のエレナの言葉にアリアはぐぅ……と、うめき声をあげる。それだけで得手不得手が分かってしまうが、やらにゃならん事だからな。

 文字が読めなけりゃどんな依頼なのかの確認ができない。

 計算が出来なけりゃ依頼料をごまかされたり買い物でわざと釣りを少なく渡されたりするのを防げない。

 どっちも冒険者となるからには必須科目だが、体力と剣術に才能を極振りされたアリアは簡単な足し算引き算すら難儀する頭の出来である。

 大学出のおっさんである俺には縁遠い感覚だが、余計な邪魔が入らないのはありがたい。これから向かう場所で暴れられると困るからな。


「さて。それじゃあ行こうと思うけど、その前にやっとかなきゃいけない事があるからそっちが先ね」

「分かってる」


 逃げるように家を出てすぐさま土板に飛び乗り村へ。毒の調査も必要だが、畑に栄養を注入するのも必要な仕事だ。


「おーリック様来てくれただか。今日は領主様も一緒とはいったい何事ですだ?」

「ちょっと村の外に行く予定が出来てね。いちいち畑仕事が終わってまた屋敷に呼びに戻ったりするのが面倒だからこうして同行してもらってるんだよ」


 そう説明してサクッと仕事を終わらせる。俺1人の時と違って村人Aが随分としどろもどろな感じだけど、かかってもせいぜい十数秒程度なんだからなんか文句を言ってくるようなら我慢しろと即座に言い返すつもりだ。


「そうだか。おらぁてっきりリック様がなんかしたんかと思っただよ」

「これだけ村のために尽くしてる孝行息子が怒られるような事をするわけないだろ」


 現に、こうして到底作物が育たないような不毛の地で毎年大豊作にしてるし、砂糖だって少量だが地産地消分くらいは賄えるようにしてる。

 ほかにも訓練で使う武具の製造だったり、広場に遊具を作ったりガキ連中に勉強を教えたり薬草と調理器具の販売に先月は水路まで作った。ここまでの孝行息子はそうそう居ないってのに、悪い事をしただなんて人聞きの悪い。


「確かにお前のおかげで村が色々と助かってる部分もあるな」

「でしょ?」

「だからと言って迷惑が掛かってない訳じゃないぞ。何度屋敷を滅茶苦茶にされたか分からんし、外壁を作る時も告知をしなかったせいで村人から文句を言われた事もあったな。そうそう。屋敷の裏庭に畑を作ろうといろいろやってた時も村で大騒ぎになったな」

「そんなこともあっただなー。あの頃のおら達はロクに魔法を知らんかったからほんに怖かっただよー」

「へー。そんな事があったんだー」


 それからも出るわ出るわ俺の話が。そう考えると俺は色々とやらかしてるみたいだけど、こっちとしてはさほどやらかしたって自覚はない。すべてはぐーたらのため。その為の尊い犠牲だと思ってくれたまへ。


「はいおしまい。じゃあ次行こうか」

「ふむ……ところでお前はここ最近村で罹る者が多い病気になったか?」

「なりましただ。だどもちぃと気怠いくらいで大したもんでねかったですだ」

「そうか」


 ふむふむ。おばばも大した病気じゃないと言ってたけど、本当に毒性は低いらしいが、とはいえずっと続くとしんどいだろうからさっさと解決しよう。

 それからも、ゆく先々でヴォルフは毒に罹ったかどうかの確認をした結果、どうやら例外なく気怠さを訴えてるのが確認できた。


「ふむ……これは早急な解決が必要だな」

「そうだね。軽いといっても毒らしいし、解毒薬だって有限だからね」


 それに、おばばに無茶をさせるのも怖い。今のところアレザが弟子としているとはいえ村で唯一の薬師だからな。ハードワークをさせてぽっくりなんて事になったらどこかから薬師を雇わなくちゃいけなくなる。それは余計な出費だからな。


「なら急いだほうがいいんじゃないのか?」

「とりあえず一通り回り終わったし、じゃあ行こうか」


 日課は終わった。後は自由時間なんでさっさと終わらせてぐーたらする! そのためにいつもの地面すれすれの高度じゃなくて、家屋の屋根すら飛び越えられる高さまで上げてから高速で目的地に向かって突き進む。


「ものぐさだな」

「効率的と言ってほしいんだけど?」


 これならわざわざ家を避けるために左右に動かなくて済むし、何より門を通る必要がないんで遠回りする事もないので非常に効率的だが、基本的に外に出る事が無いんでこの方法はあまり使わん。


「しかし本当に何もないな」

「調べてないの?」

「そんな余裕があったと思うか?」

「ないね」


 何しろ俺が生まれた直後もハッキリ言って酷かったからな。あの惨状をほっぽりだして、地平線の彼方まで荒野が続いてるような場所の調査なんて出来る訳がないか。


「グレッグ達暇そうだから調査にでも向かわせたら?」

「うーむ……ちなみに道中の魔物はどうだった?」

「なーんも出なかったかな。出てたのかもしんないけどこの速度だからねー」


 あの時はリーダーの武勇伝みたいのを聞いてて大して周囲の警戒はしてなかったけど、それ以外の会話が出なかったからたぶん居なかっただろう。


「そうなると危険は少ないかもしれんな」

「まぁ、逆に言えば調査しても何もないかもしれないって事でもあるんだけどねー」


 広大な土地とはいえ有効活用できるのは今のところ村の周辺だけだ。こうして改めて確認しても広がるのは乾ききった荒野とこんこんと流れ続ける水路だけ。こんな場所を調査して何か有効な物があるとは到底思えん。


「……とりあえず一度遠征訓練として調査させてみるか」

「父さんがそういうならいいんじゃない? 今のところ食糧には余裕があるし、野営訓練にもなるしいい事だと思うけど、なんで今までやってこなかったの?」


 そう考えると、どうしてグレッグは村の外に出てそういう訓練をしないんだろう。食料に余裕がないのが理由なんだとしたら、空腹に耐えるのも訓練の一つだとか言い出しそうな戦闘狂なのに不思議だ。


「理由はいくつかあるが、一番の理由はやはり魔物だな」

「この辺の魔物なんて大人でも倒せる雑魚じゃん。それが理由ってどういう事?」

「確かにこの一帯の魔物は弱い。だが奥に進めばどうなるか分からん。お前も森に居たゴーレムを見ただろう? ああいった魔物が居ないとも限らんから今までそういった訓練をしてこなかったんだ」

「なるほどね」


 となると、安全な野営訓練を行うためにはゴーレムをぶっ壊せるくらいの魔道具が要るって事になるな。そうなると何の属性がいいんだろう。

 火は通じない。

 水も通じない。

 風は……いけそう。

 土は……吸収される?

 そうなると風一択か。これなら体を細かく切り刻めば逃げるくらいの時間稼ぎは出来るっぽいし、最悪魔石をぶっ壊せそうだ。趣味の一環でもあるし、ある程度形になったらグレッグに持たせて試してもらおう。

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