第76話
「ん……っ。ようやく治ったか」
アリアによる地獄のしごきをさせられて一週間。ようやく指一本動かすのすら激痛が走る筋肉痛から復活を果たした。
その間に副会頭は帰ったし、畑の栄養補給はキッチリとこなしたし、いつも通り井戸に水を満タンまで補充する日課は欠かさずやり遂げた勤勉な俺を褒めてやりたいね。
今日は解毒薬が必要な状況になってしまった事の調査をするつもりだ。
「さて……まずはご飯だ」
行動を起こすにしたって栄養が無けりゃ動く事もままならんし、それを抜く事は色々な意味で死が待っている。この家で暮らしていく以上はおろそかになんかできんのだよ。
「おはよー」
リビングに顔を出すとそこに居たのはサミィだけ。どうやらエレナは調理の真っ最中っぽいし、アリアは俺をあんな目に合わせておきながら一切悪びれる様子がないどころか、動けない俺に向かって今日も訓練だとかぬかしやがった。
そんな訓練ジャンキーのアリアはいつも通りヴォルフと一緒に剣の稽古に励んでやがる。
さすがにエレナに怒られて1日2日は死んだ魚みたいな目をしてたけど、一週間も経てばある程度は普通の生活をくれるようになってきてるようで一安心のようながっかりしたような複雑な気分だ。
「おや? ようやく自分の足で歩けるようになったみたいだね」
「まだ本調子って訳じゃないけどね」
「呆れたね。あれだけ休んでおきながらまだ足りないのかい?」
「俺のぐーたらに終わりはないからね。母さんは厨房?」
「ああ。朝食を作ってくれてる最中だよ」
「じゃあ手伝に行こうかな」
ここ一週間、食事の用意はエレナに任せっきりだったからな。何も言わなかったけど、さすがに本調子じゃないけど動けるようになったなら手伝いくらいはせんと。
「あらリックちゃん。やっと自分で歩けるようになったのねー」
キッチンに顔を出してみると、まだこっちを見てないはずのエレナから声をかけられた。流石元・傭兵……気配だけで分かるとは恐ろしい。
「何とかね。それよりも手伝うよ」
「あらありがとー。それじゃあいつも通りお願いねー」
「はいはーい」
まだ始めたばっかりみたいなんで、竈に火魔法を待機させ、鍋に水魔法を放り込んで、野菜は風魔法でスパスパ。
後は煮込んで味を調えればいつも通りのスープの完成。
「うーん。リックちゃんがいると食事の用意が早く終わって助かるわー」
「だから行きたくなかったんだよ。それで? 魔道具の調子はどうだった」
竈の脇にある魔道具をちらっと見ると、魔法陣が刻んである先端の方が随分と黒焦げてる。結構普段使いしてもらってるようで一安心だ。
「悪くなかったわよー。竈に火をつけたりお風呂を沸かしたりするのに何の不便もないものー。やっぱり魔法は便利よねー」
「じゃあ村人の分も作っちゃう?」
「魔石の消費が多いからそこまでは無理ねー」
「やっぱりそうかー」
魔道具は便利だけどやっぱり魔石の使用量は多い。これがダンジョンが近くにある街とかなら大した問題じゃないんだろうが、ここで取れる魔石はマジで小さいから村人にいきわたらせるのは無理か。
だからと言ってダンジョンが欲しいかと言われればノーだ。あんなのがこの地に出来れば人が大勢詰めかけて忙しくなってぐーたら出来なくなるのは目に見えてるからな。理想はあくまでぐーたら出来る程度の賑わいなんだ。余計な発展は不要。
「リックちゃん。もう少し火力下げてー」
「はーい」
ぐつぐつ煮える野菜をぼーっと眺めながら火魔法を小さくしながら水魔法で灰汁を掬い取って、圧力鍋の要領で風魔法を使って食材に味をしみこませる。
「お皿持って来たわよー」
「はーい」
これも魔法で適量をスープ皿に盛りつけ、最後に石のように固いパンを切り分ければ完成。運ぶのも魔法で事足りるけど、俺には訓練に熱中してるアリアと酒ジャンキーのヴォルフを呼びに行かんくちゃならん。
「じゃあ2人呼んでくるね」
「お願いねー」
家の中で移動に関する魔法の使用が基本的に禁止されてるんで、この一週間は爺さんのようなゆっくりとした動きしかできなかったけど、今日になってようやく5歳の子供らしい動きが出来るようになった。
まぁ、そうなるとアリアから訓練に参加させられるんでそこまで元気いっぱいって姿を見せる訳には行かんけどな。
「相変わらず頭おかしいな」
正直言って本当に12歳かと疑いたくなる動きをする。やっぱり魔法のある世界って地球とは比べ物にならない不思議な力が働いてんだろうな。そうじゃないと動きに説明がつかん。
そしてヴォルフも、一週間という時間で随分と平静を取り戻した。エレナに叱ってもらった当日は本当に見るも無残な姿だったけど、飛び飛びにしか姿が見えないアリアの猛攻をなんでもないみたいに防ぎきってる。
「どうしたリック」
「ご飯だよーって呼びに来たんだけど……随分と元気になったね」
「おかげさまで酷い目にあったんだぞ」
「自業自得でしょ」
人の金で酒飲むのが悪い。それに対する罰としては申し分がなかったと言える。たった一週間で元通りになったのはビックリしたが、少なくとも来年まではヴォルフの口に酒が入る事はほとんどないだろう。
「さて……じゃあ今日はここまでだ」
「はい。リックお湯」
「はいはい」
あれだけ動き続ければ当然だけど汗はかくし砂埃で汚れたりもする。それを綺麗にするのは俺の役目だ。まぁ、強制ともいうがね。
「水球・温熱・水流」
水魔法でひと一人をすっぽり覆えるような水球を作り、火魔法で温かいくらいの温度にしてアリアを包んでぐるぐる回したり超音波振動みたいな感じで汚れを取り除いていくとあっという間に水が汚れていく。
「相変わらず器用だな」
「色々できる方がぐーたらするのに便利だからね。温風」
最後に温かい風で全身くまなく乾かせば完了。5分もかからないが、本人以外には結構不評である。
「ふぅ……やっぱこれの方が楽でいいわね」
「はぁ……年頃の娘がこれはどうなんだろうな」
「今更でしょ。アリア姉さんもサミィ姉さんもそういうのとは無縁じゃん」
片や冒険者になると息まき。
片や髪を短く切って男装を好む。
個人的にはそういった事に刺して興味はない。だってそいつの人生なんで、どう生きようが俺には関係ない。
とはいえこの世界ではそうもいかんからね。前時代的だけど女は結婚して子供を産むのが仕事というのが普通なのだ。ヴォルフもエレナも表立ってそういう事は言わんけど、内心では結婚してほしいと思ってるだろうね。まぁ無理だろうけど。
「そういうのはラナ姉さんとクリス姉さんに任せてるのよ」
「だからって色々と投げ捨てすぎだけどね」
俺も風呂くらいはちゃんと入れと言いたい。いくら5分もかからず終わるのは確かに魅力的ではあるが、お風呂に入ってのんびりぐーたらするのはベッドでぐーたらするのに匹敵するくらいイイものだ。
「うっさいわね。今は母さんに呼ばれてるから急いでるだけよ」
「そうだった。急がないと」
食事の時間はエレナが何より大事にしてる時間だ。これが遅れたりする程度じゃあ大したことはないけど、1食抜くだけで滅茶苦茶怒られる。それこそ親の仇かと思うくらいとんでもない事になる。
「リック。父さんにもいいか?」
「まぁ、急いでるから仕方ないよね」
ヴォルフにもアリアと同じ魔法を使った簡単洗浄を施してから駆け足で家に戻ると、若干ながら気温の下がってる室内に慌てて椅子に腰を下ろしつつ1人待たされたサミィにごめんねと謝罪を入れておく。
「うふふー。ちょっと遅かったわね」
「すまないな。少し話をしていた」
「……またリックちゃんの魔法で綺麗にしたのね。何度言ったら分かってくれるのかしら」
「いいじゃない。そのおかげでこうして温かいご飯が食べられるんだもの。いっただきまーっす」
エレナの小言も何のその。アリアが一足先に干し肉と生肉が入り混じった。スープとパンを食べ始めたんで、俺達もそれに合わせて食事を始めた。
まぁ、いつも通りな感じですわ。
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