第75話

「リック少年! 薬草が手に入ったと聞いてやって来たが……大丈夫か?」

「ま、まぁなんとかね」


 ようやく副会頭が来たか。てっきりすぐやってくるとばかり思ってたから訓練場でぼーっとしてたんだが、そうは問屋が卸さないのがアリア。

 来るまで暇なら訓練に参加しろと強制され、5歳児とは思えないほどのハードワークをさせられた挙句ボコボコにされた。

 まぁ、ボコボコにされる方は結界を張ってるんでへでもないけど、運動の方はそうもいかん。おかげで起き上がるにも一苦労するし明日は筋肉痛だろう。


「魔法に頼って生きてロクに運動しないからあの程度で音を上げるのよ」

「どこの世界に5歳児が5000メートル走をしながら飛んでくる石を避けるなんて運動をするんだよ!」


 普通に死ねる。これが俺のペースで出来るならもうちょいマシだっただろうけど、鬼教官であるアリアが遅ければ蹴り飛ばし。投げつけられる石は超高校級。これをハードと言わずしてなんというのか。


「アタシはやってたわよ?」

「アリア姉さんは人間じゃ――いだだだだ⁉」

「何か言ったかしら? 良く聞こえなかったからもう1回言ってくれない?」


 ニッコリ笑顔が超怖い。それにガッチリと頭蓋をアイアンクローされてるんで、魔法でどうこう出来るレベルをとっくに超えてるから下手に刺激しないようにしなければならない。


「アリアお姉さまは綺麗で美しいと――いぎゃああああああああ‼」

「思ってもない事を考えるのはこの頭かしら~?」

「死ぬ! 本当に死ぬ! 頭がつぶれて死ぬー!」

「フン! 言い訳するならもう少しましな事言いなさい」


 最後に額が割れるんじゃないかってくらいのデコピンをくらい、何とか頭蓋粉砕からの即死というエンドは回避された。


「いったぁ……何でバレたんだ?」

「リック少年は思ってる事が顔に出やすいが、それ以前にアリア嬢は鋭い勘の持ち主だからな。ちゃちな嘘なんかすぐにバレるに決まっているだろう」

「だったら別の方法で仕返しをするだけだよ」


 アリアだけ飯のグレードを下げるとか。

 お風呂の温度をちょっと低めにするとか。

 髪を乾かす時に熱めにしてやるとかな!


「復讐するのは勝手だが死なれると困るのでほどほどにな。それで? 確か薬草が手に入ったとワタシに劣る実力だが使える人間であるグレッグから聞いたんだが本当かね?」

「ああ。後でおばばに感謝の言葉でも言っといてね」


 何せおばばがこの村の危機を伝えて来なかったら本気で行く気がなかったんだからな。しかし解毒草が必要な事態って何だろうな。

 真っ先に思い浮かぶのは風邪とかそういった感じの病気だけど、それはそれでちゃんと処方箋があるんで問題はないから、いったい何の毒なんだろうか……面倒だが一度調べる必要があるな。ほっといて労働りょ――げふんげふん。村人が死ぬと困るからね。


「リック少年?」

「あぁ。ごめんごめん。ちょっと待ってて。……浮遊・引力」


 ついぼーっと考え事をしていたせいですっかり忘れてた。地獄のようなハードワークをさせられたせいで随分と遠くにあるな。持ってくるのは面倒なんで魔法でちょちょっと手繰り寄せれば動く必要なし。


「おぉ! いつも通り素晴らしい品質だ。感謝するぞリック少年」

「気にしないでいいよ。そんな事より家まで運んでくれない? 動けなくてさ」


 だからアリアと一緒に訓練するのは嫌なんだよな。こっちはもう一歩も動けないってのに、あっちはあれがまるで準備運動でしたと言わんばかりに普通に動きまくってんだよなぁ。


「相変わらず12歳の少女とは思えんいい動きをする」

「素人なのに分かるの?」

「おい。誰が素人だ。ワタシは文武両道の100年に1人の逸材と呼ばれるほどの優秀な人間なのだぞ。アリア嬢の実力くらい把握できるに決まっているだろう」

「その割には母さんの殺気に怖気づいて逃げてたじゃん」

「あれは逃げたのではない。村に向かった部下たちの様子を確認するために行動したらたまたまその偶然が重なったにすぎん」

「にしては家の前で従業員が右往左往してたけど?」


 いくら言い訳をしようが、奴隷従業員が命令もないんでどうしたらいいかわかんない様子でウロウロしてたのをしっかりと確認してるからな。あれだけでもエレナにビビッて逃げ出したと断ずるに十分すぎる証拠となる。

 そんな決定的証拠を突き付けられた副会頭は何を言ってるか分からんなとのたまって逃げるように走り去った。そういう態度が事実をより真実へと結びつけるんだけどなぁ。


「——って言うか運んでもらってねぇ⁉」


 あの野郎……薬草だけはキッチリ持って行ったくせに肝心の俺の運搬をすっぽかしやがって許せん。

 とはいえ、魔法を使えば自分で何とかなる。いつも通り土板を作って無魔法と風魔法で滑るように村の中を走り抜ける。スピードはあんま出さない。何せ天を仰いだまま走ってる完全に前方不注意状態だからな。

 領主の息子なんで、人身事故を起こしても握り潰せるだろうけど、そういうのはぐーたらライフの進捗に関わるんでやらんけどね。


「おーいリック様ー。ちょっとええだかー」

「んぁ?」


 ボケーっと移動してるとすぐ近くで人の声がしたんで首だけそっちに向けるとどうやら畑まで来てたみたいで農民Aの姿が。


「どったの?」

「相変わらずぐーたらってやつをしてるだな。そだな事よりいつものはやってくれねーんだか?」

「んー。今日見た感じだと大丈夫そうだから明日やろうと思ってたけど急ぎ?」

「うんにゃ。そこまで急いどりゃせんで明日でもいいだ」

「ほんじゃ明日に。今日はアリア姉さんに捕まって酷い目にあわされたから」


 こんな事なら自分で副会頭を探し回ってた方がよっぽど楽だったな。グレッグを長時間足止めしたのも予定外だった。まさかあそこまで武器制作の腕が鈍ってるなんて思いもしなかったんだよ。

 あれのせいでアリアが余裕を持って周回を終え、体力が有り余ってやがるから俺を地獄に叩き落しやがったんだ。


「ははは。アリア様はリック様を心配しておられるだよ」

「それはあり得ない」


 アリアは他人を心配するような奴ではない。

 昔から随分といじめられてきたし、こっちの都合お構いなしに風呂に湯を張れだの髪を乾かせだの暑いだの寒いだの言って随分と便利家電扱いされてきたからな。そんな殊勝な奴じゃないのは俺の方がよく分かってる。


「とにかく。俺は疲れてるから畑に関してはもうちょっと待ってて」

「わかっただ。他の連中にも言っとくだよ」

「頼んだよー」


 いちいち俺が動き回らんでもいいように自ら走り回ってくれるとは出来る村人じゃあないか。しかし。アリアが俺を心配してるとかトチ狂った事言いだすイタい頭の持ち主だからちょっと不安だな……。


「まぁいっか」


 役に立たず伝言が伝わらなかったら魔法で看板でも作ってそこに書いておけばいい。動けなくとも魔法には何ら影響がない。しいて言うなら見えない場所に魔法を使うのはちょっとコツが要るんだけども、そんなのは今更だ。

 そうならない事を祈りながら家に続く坂を上ってるあたりから少しづつ賑やかな声が聞こえるようになってきて、玄関前までやってくるとちゃんと奴隷従業員が働いてる姿が確認できた。

 もちろんその中には俺を置いていきやがった副会頭の姿もある訳で……。


「おぉリック少年。戻って来たか」

「何のんきな事言ってんだお前。俺を担いで家まで戻るって約束忘れてんじゃねぇよ!」

「……ああ! そうだったな。すまんすまん。薬草が手に入った事による興奮ですっかり忘れていたよ」

「本当か? まぁ、また逃げられても困るんでこれ以上何も言わんけど、ちゃんと仕事はしろよ」

「当然だろう。リック少年との商いについては会長より最優先かつ細心の注意を払って接するようにと仰せつかっているからな」


 細心の注意っつー割には随分と雑な扱いを受けてるような気がしないでもないが、かといって蝶よ花よって扱いの方が他のクソ貴族共と同じような事をしてる気がすっから虫唾が走るんで構わんけどね。


「ふーん。とりあえず頑張ってねー」

「リック少年はどうするんだ?」

「寝る以外の選択肢があると思うてか!」

「いつも通りという事で」


 やれやれ。帰って来て早々問題はあったけど、とりあえずは何とかなるだろう。ちょっとした問題は起きてるとはいえ、今はまだ小規模みたいだから数日ほっといても大丈夫だろうし、なんとなく原因に思い当たる節はあるからな。身体が動くようになったら調べてみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る