第74話

「はい。解毒草持ってきたよー」

「確かに受け取ったよ。そんじゃ選定は任せたよ馬鹿弟子」

「はいはいお任せくださいな」


 持ってきた解毒草はすぐさま薬にするみたいだけど、その準備のためにおばばは奥の部屋に。残ったアレザはカウンターの下からいくつかのトレイを引っ張り出したかと思うと次々に解毒草をより分けてるように見える。


「何してるの?」

「これ? これは解毒草の薬効の度合いを大まかに仕分けしてるのよ」

「違いあるの?」


 鑑定魔法を使えばもちろんわかるが、アレザに魔法の才はない。じっと見ても俺にはどこが違うのかはさっぱり分からん。


「あるわよ。色の違いで薬効量が変わるんだけど、リック様の持って来てくれる物は大部分が一級品だから仕分けが楽でで助かるわぁ」

「……全然分からん」


 一級品と特級品で分けられてるらしいんだけど、トレイの中を見やっても違いが全く分からん。


「色が違うのよ」


 うーん……そう言われても同じ色にしか見えんからもういいや。色の違いが分からんでも俺には鑑定魔法があるから何の問題もないし。


「さて。用事は終わったから帰って寝ようっと」

「本当に良く寝るわね。けどそれはもうちょっとお預けよ。さっきグレッグが来てリック様が戻ったら訓練場に行くようにって伝言を預かってるのよ」

「グレッグって事はまた修繕か……」


 ひと月ほったらかしだもんなぁ。そりゃあせっかく作った槍はもうボロボロだろう。まぁ、魔法を使えばいいだけなんで大した労力じゃないけど、一か月分ってのを考えると辟易する。


「頑張ってね」

「面倒だー」


 一番ぐーたらライフに要らない仕事なんだよなぁ。世界情勢とか知らんけどこの国は随分と復興が進んだんじゃないかな? まかりなりにも王女の誕生日なんて能天気な催しをやるくらいだからな。

 うん。行くのが面倒だからあっちから来てもらおう。そうと決まればすぐに土板を作って家に帰ろう。玄関前にでも置いておけばアリアが持ってくなりグレッグが訪ねて来た時に気づくだろう。ナイスアイディア。

 そう思いながら薬屋を出た訳だが、なぜか目の前にはニコニコ顔のグレッグとアリアの姿がある。


「珍しい組み合わせ――って訳でもないか」

「そうですね。ところで薬師殿の店を後にしたという事は、用事が終わったという事で間違いありませんね? ではすぐさま武器の補修をお願いいたします」

「アンタが槍とか修理しないと訓練がつまんないのよ。だからさっさとやりなさい」

「……へーい」


 まぁ、元々やるつもりだったから別にいいけどね。それにしたって勘がよすぎないか? まるで逃がさんと言わんばかりの間の詰め方はいつも通りの圧力を強く感じる。


「ほら。さっさと椅子出しなさいよ」

「え? 姉さん乗るの?」

「なによ。乗ったら駄目だっての?」

「いえ別に。ただ準備運動しないのかなーって」


 女子に言う事じゃないが、今のアリアは汗臭くないし、そもそも風呂の要求がない。であれば訓練はまだって事になって、自ずと準備運動が必要になると思うんだが、なぜか俺の土板に同乗すると言い出した。


「別にいいじゃない」

「まぁいいけどね」


 俺の魔力であれば2人乗りだろうが3人乗りだろうが微差とすらならないからな。すぐに板を大きくすると隣にアリアが乗っかってくる。


「では参りましょうか」

「へーい」


 という訳でグレッグ先導で訓練所まで行った訳だけど、まだ訓練が始まってないみたいでいつも死屍累々の腕っぷし自慢の村人たちが元気に直立不動でグレッグを待っていた。


「喜べ貴様等! リック少年帰還により本日から再び小隊訓練を再開する!」


 グレッグの鬼教官口調から発せられた言葉にその場にいる全員の顔が真っ青になる。どんな訓練をやってるのか全く知らんが、槍とかがぶっ壊れるくらいなんだ。生きてるだけでも儲けものと考えてもらうか。


「ではまず外周10周だ! ワタシに抜かされた鈍間は訓練量が倍になると思え!」


 そのきっかけでアリアを含めた村人連中が逃げるように駆け出し始めたがグレッグに動きはない。当然だろう。ハンデがないとアリアだろうと5周もしないうちに追い抜かれるのは目に見えてる。何せヴォルフと戦場を共にした強者ぞ? 普通にやって勝てる訳が無かろうよ。

 そんな事はさておいて、俺は俺の仕事をきっちりこなしますかね。


「で? どのくらい必要な訳?」

「槍が50。剣が20。盾が200ですね」

「たったひと月でどんだけ壊すんだよ! 活躍の場もなさそうなのによくもまぁあれだけ訓練に身が入るよね」


 この地に魔物はロクなのが居ない。居るのはスライムとキノコと角の生えたウサギくらいで、多少腕に覚えがあれば十分討伐が出来る程度の魔物。ここまでする必要性はない。


「いずれこの地を大都市になさるのでしょう? でしたら自警団の編成は必至。であれば今のうちに鍛えておけばいざという時の戦力にもなりますからね」


 いざという時ってのはもちろん戦争の事だろう。この国も復興してきたとはいえまだ戦火の傷跡が残ってる部分が多い。なのでいつまた他国から侵略行為を受けるか分からないとクソ貴族共は頑張ってるだろう。

 それでも駄目だった場合、当然ヴォルフに声がかかる。何せ救国の英雄だからな。その時に村の腕っぷし自慢を兵として連れていく必要がある。何せ貴族だからね。見栄えってのも必要なんだよ。気に食わんがね。


「はぁ……それで? どんくらい強くなったの?」

「そうですね……小隊を組ませてもいいくらいにはといったところでしょうか」


 うん。まったく分からんね。とりあえず腕っぷし自慢程度の村人から進化したくらいに思っとけばいいだろう。大して興味もないしね。


「じゃあ作っちゃうけど何か注文はある?」

「いつも通りであれば文句はありませんよ」

「あっそ」


 多少なりとも頑丈にしてるつもりなんだが、やっぱ同じ硬度同士でぶつかるとあっさり砕けるのかね。いや、ウチの場合はグレッグが容赦なく打ち込んでくるんだろう。だから武器と比較して盾が多くぶっ壊れてんだろうな。


「さて……それではワタシも動き始めるとしますかね」

「あんま厳しくしすぎて逃げられると困るからほどほどにね」


 荒くれ者とはいえ立派な労働力だ。これが居なくなるとこっちの負担が増えるんだから可能な限りここから離れるような思いをさせるのは領主の息子としては看過できんからな。


「大丈夫ですよ。ここから逃げ出すような村人は今のところ存在しません」


 なんてことを言い残してグレッグはまずはゆっくりと立ち去さろうとしてたんで慌てて魔法で足止めをする。


「おっと⁉ 少年。今のはいささか危険でしたよ?」

「ごめんごめん。ひと月ぶりだから微調整をちょっとね」


 畑に栄養を注いでなお余裕になってきたころからちまちまやって来てんだ。いまさらヘマをするほどじゃないが、さすがに一か月も離れてるといろいろと鈍ってるだろうからな。

 特にグレッグの注文は本当に細かい。いきなり予定数作って全部NGなんて出された日には数日は全ての仕事をほっぽりだしてぐーたらする自信がある。


「こんなもんか。どう?」

「……駄目ですね」


 やっぱりか。職人って訳じゃないけど、ひと月もサボってると確実にズレるみたいだ。

 それから何度かのリテイクを繰り返し、ようやくグレッグのOKがでたんでパパっと製作していく。


「では頼みましたよ」

「はいはーい。ついでにどっか副会頭見かけたらここに来るように言っといて。薬草だけなら手に入ったからさ」

「かしこまりました」


 ぺこりと頭を下げたグレッグが次の瞬間にはすっ飛んでいった。相変わらずとんでもない速度だねー。あれだけ早く動ける相手によく腕っぷし自慢の村人達は辞めもせずに続けられるよなぁ。本当に魔法が使える人間で良かった。


「よし。こんなモンだね」

「相変わらず早いわね」


 一度コツを取り戻せば後は楽勝なんで、無心でやってたらいつの間にか必要数が出来上がってたし、アリアが村の外周から帰って来てたのにも気づかなかった。

 しかし……狭いとはいえ村の外周を10周もしてきたって言うのに、汗一つかかないなんてトンデモ体力お化けだな。


「なんか失礼なこと考えてない?」

「そんな事ないよ。それよりもこれ、お土産ね」


 ポケットから取り出したように見せたのはあの時買ったリボン。一応魔物石像もあるけどあれはポケットから取り出すのは違和感があるからな。


「ふーん……悪くないわね」


 そうつぶやくと今つけてたすっかりへたれた紐みたいなリボンをほどいて後ろを向くんで仕方なく俺が結びなおす事に。決して文句をたれての鉄拳制裁が怖いって訳じゃないぞ。


「はいおしまい。どんな感じ?」

「うん♪ いい感じね。短くなったから邪魔にもならないし」


 お団子になった髪にたいそう気に入ったようで、ニッコニコ笑顔で土剣を振り回してるのをぼーっと眺めながら副会頭がやってくるのを待ち続けた。

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