第73話

「こんちはー」


 勝手知ったる自分の別荘に入った訳だけど、フェルトの姿はどこにもない――が、魔力を知覚する事が出来るんであればちょいと説教をしたい相手は風呂に入ってる事がすぐに分かるし相手も気づいてるだろう。

 なのでソファに座ってぼーっとする事……どのくらいだろうね。気が付けばフェルトが目の前の椅子に腰かけていた。


「ようやく気付いたか? 相変わらずとんでもなく気配を消すのが上手いのぉ。目の前に居らなんだ気づかんくらいじゃぞ」

「ただぼーっとしてただけだよ。それより、いきなりエルフに襲われたんだけど?」

「おぉ。そうじゃったな。あ奴はワシの遠い遠い孫のようなものでのぉ。なんでも里を飛び出して武者修行の道中でここにたどり着いたと言っておったのぉ」

「謝罪が欲しいんだけど?」

「ほんにすまんかったのぉ。一応小僧が来る事は伝えてあったんじゃが、突然の人についエルフの本能が出てしもうたんじゃろう」


 エルフが他種族を嫌ってるというのはテンプレだし、幾分か落ち着いてきたフェルトからもそんな話を聞いた記憶がある。

 フェルト自身も俺との初対面は本当に危なかった。今ほど魔力も豊富じゃなかったからマジで死ぬかと思ったけど、よく分からんうちにへにゃへにゃになって勝手に住み始めたんだったか。

 いまだにその理由はよく分からん。


「うぎゃあああああああ……」

「ビックリしたぁ……急になんだ?」

「気にするでない。それで? ここに来たという事は薬草じゃな」

「そう。ホントは来るつもりなかったんだけど、急に解毒草が要るって言われたからついでにいつもの分も貰いに来た」

「うん? そういえばそんな事を言っておったかのぉ。ではいつも通り水の補充でもしながら待ってるとよい」

「はいよー」


 もはや恒例行事となった水の補充は数分で終わる。っていうか本当に減るのが早いよなぁ。フェルトは自称ハイエルフ。そういうのって俺のイメージだと大抵の魔法を自由自在に操れるイメージなんだけど、なんでか水の補充を俺にやらせる。


「ま。別に面倒じゃないからいいんだけどね」


 タンクの位置は把握してるからね。ソファに座ってたってお茶の子さいさいだが、ぼーっとしてるとフェルトがサボってると勘違いするからね。仕方なしにわざわざそっちまで言って水を補充する。


「……またデカくなったか?」


 ぼけーっと大木を見上げる。真っ青なはっぱをこれでもかと生い茂らせ、20メートルを超えるんじゃないかってくらいデカい樹は薬草園の一部を日陰に変える厄介者なんだよなぁ。

 とはいえ、切り倒すと薬草を最高の品質で育ててくれるフェルトがこの地を去ってしまうのでやらない。ぐーたらとの天秤にかければ――というかかけるまでもない。ぐーたらが圧倒的勝利を収めるんだからな。


「ほったらかしなんだな」


 タンクの上でボケーっとしてるからか、ある程度薬草園が一望できる。その中でフェルトがちょこまか動き回っては薬草を採取。その隅っこではいまだ拘束されたままの野郎エルフが居るんだが、あんま覚えてる訳じゃないがさっきと比べて妙に痩せこけてるような気がする。


「まぁ、いっか」


 フェルトがほっといてるって事は問題ないって事だろうからな。そんな事よりも薬草だよ薬草。


 ——————


「このくらいで良いか?」

「問題ないよ」


 30分ほどで村人全員に使っても問題ない量の解毒草といつもの薬草が詰め込まれた籠を受け取る。


「……で? いつものはどうするつもりじゃ? 確か行かんはずじゃったろ」

「あー……どうしよっか」


 いつものというのは当たり前だけどドワーフにくれてやるあの大樹の枝だ。

 いつもはそれを代金として包丁や鍋を作ってもらってるけど、今月は行かないって言っちゃってるけど、これで薬草持って帰ったら調理器具はって言われるだろうしなぁ……あーメンドイ。


「しゃーないから行くか。どの辺がいいの?」

「今回じゃったらあの辺りじゃな」


 指さされたあたりに風魔法を撃ちこんで枝をゲット。


「じゃあねー」

「待った待った。奴の拘束を解いてからじゃ」

「あー。忘れてた」


 魔法を解いたら襲ってくる――ほどの元気はなさそうだからいっか。

 指をパチンとならして魔法を解除すると、ピンと硬直してたからだがぐにゃりと弛緩したけど動く気配はないが俺には関係のない事だ。


「ほいじゃね」

「うむ。また来るがよい。その時にはあの阿呆の調教も済ませておく」

「頑張ってね」


 できれば今回のうちに済ませてほしかったけど、エルフにはウチナータイムを遥かに凌駕する時間間隔のズレがある。過度な期待はしないでおこう。


 ——————


「相変わらず汗臭い場所だ」


 来たくはなかったがやってきたドワーフの里。相変わらず鼓膜が馬鹿になりそうなほどの金属音が鳴り響いてるし、氷魔法と風魔法でひんやり空間を作らんといかんくらい暑いし汗臭い。

 なのでいつも通り魔法で完全防備をしてから土板に乗って、今までだったらここからのんびり飛んで数分だったはずの目的地が、のんびりだったら1時間以上もかかるような遠距離になってしまった。


「はぁ……マジ最悪」


 自分で蒔いた種とは言え、本当に厄介な事をしたもんだ。しかしミスリル一つのために住処を買えるとは夢にも思わなかったからなぁ。どっか別の場所に移動地点を移すか。

 すいーっと滑るように里の中を駆け抜けてさっさと洞窟の奥に行きたいんだが、本来であればそこには簡素なモンがあって、そこには屈強な――まぁ、ドワーフは例外なく屈強なんだけどな。

 そんな門番が面倒臭そうな表情で立ちふさがり、対面には大勢の兵士っぽい連中の姿が。

 普通に近づくと面倒な事になりそうなんで、光魔法で姿を消して徒歩でコッソリ近づく。


「ええ加減どけや。運搬の邪魔やとさっきから言っとるやろ」

「ならば我等も姫の所へ向かわせるといい。そうすればこの場を明け渡そうではないか」

「ええ訳ないやろ。この先はドワーフでも一握りのモンしか立ち入る事が許されへん特別な場所や。あの人数通したっただけでもありがたい思えや」

「フン。ならば我々の任務は姫に危害が及んだ時に真っ先に駆け付けられる位置で待機するのみだ」


 なーんか知らんが空気が悪いな。

 話を聞くに、どうやらあの洞窟に姫が数人の親衛隊と共に入り、残った連中がああして待機してるって訳か。しかしなんだってこんな汗臭い場所に姫なんかが来てんだろうな。武器が必要って訳でもあるまいに。

 しかしこれは困ったな。こうも出入り口に注目されちゃあ親方に枝を届けにいけねぇな。

 しゃーない。別の場所に適当に入り口作ってそっから侵入すっか。

 ひーこら言いながら10数メートル歩いたら謎の集団から離れた比較的他人の目がないような場所を見つけたんで、そこから洞窟に向かって掘り進める。もちろん魔法でだ。


「うおっ⁉ なんやいつものガキやないか。どっから現れとんねん」


 掘り当てた先に丁度採掘中のドワーフが居たみたいでかなり驚いてたけど俺には関係ない。


「こんちは。入口に邪魔な連中が居たんで別の場所から入って来たんだよ。そんな事より親方居るよね?」

「居るけど今は面倒な事になっとんねん」

「面倒な事? 入り口で姫だなんだって騒いでる連中が居たけどそれ?」

「その通りや。なんでもワイ等ドワーフにしか作れんもんがあるいうて無理やり乗り込んできたんや」


 どうやら目的の姫とやらは俺みたいに親方に製作依頼にやって来たらしい。一体何を作るのかはどうでもいいが、親方の所にその連中が居るってのはちょっといただけない。


「ねぇ。ここで待ってるから親方の所から調理器具持って来てくれない?」

「何言うとんねん! 自分で作ったもん他人に任す馬鹿がどこに居るねん」


 ドワーフは頑固職人だ。自分で作った商品を他人に預ける真似はしない。たとえ同族であっても、自分が魂込めて作った物を売買するのは自分かその家族以外には決して許さない。

 そういう考えがドワーフに広く・深く・長く浸透しているからこそ、俺がわざわざこうしてやって来てるんだ。面倒な考え方だよ全く。


「……じゃあ面倒だから親方に枝渡しておいて」


 面倒などっかの姫との同席と副会頭の縋る様な目を天秤にかけて、大きく前者の方が面倒だと判断。近くに居たドワーフに大樹の枝を渡してさっさと帰る事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る