第72話
「さて……寝るか」
昼食も終わったし、ヴォルフは絶賛説教中。副会頭はちらっと玄関前を見たら姿が確認できなかったんで比較的顔見知りの奴隷に事情を聞いたら、なんでも急に村に向かって走り出したんだとか。
まぁ、理由は確実にエレナの殺気だろうね。俺自体は戦闘に関してからっきしなんで殺気とかそういったもんに疎いけど、副会頭は自己紹介のたびに自分は金級冒険者にも勝てるとか言ってるからな。
一方で従業員奴隷の中にもそういった事に敏感なのが居るんだろう。小刻みに震えてるのがいい証拠だ。
とはいえ奴隷であるため逃げられない。いくら仕事を振り分ける人間が敵前逃亡を図ったとしても、ここに居なきゃいけない。まぁ安心したまえ。この殺気は人の金でさんざっぱら飲みまくった馬鹿にしか向いてないから。
後は夕飯までぐっすり寝るだけだ。何せ半月ぶりのベッドだ。安眠に飢えに飢えてる今の状況であれば、もぐりこんで数秒あれば夢の世界に――
「リーック! おーい! いるんだろー!」
「……」
帰ってそうそうやかましい奴がやって来たな。せっかくぐーたらしようって思ってたのになんなんだよ全く。
「いちいち声がデカいんだよリン」
「そうじゃないとお前全然顔出さないだろうが」
「そりゃそうでしょ。俺は寝る事を何より大事にしてんだから」
本来の理想は一日中ぐーたらして、お腹が空いたら飯を食い。金が無くなったら魔法でパパっと仕事をする。漫画・ゲーム・インターネットがあればもう少し労働意欲が湧くんだが、ある訳もない物なのでぐーたらの優先順位が自然と最上位に君臨している。
なのでそれを邪魔されるのはいい気分じゃない。とはいえ相手は子供なので、乱暴な手段を取る訳にもいかない。いくらガサツで男勝りとは言えな。
「あれ? そういえばシグは?」
いつもであればリンの隣にはシグが居る。肌が白く中性的な本が好きな少年で、2人でいると仲のいい兄妹なんて言われることもしばしば。そういわれるくらい一緒に居るのに今日はリンひとり。珍しい。
「あいつは勉強してる。母ちゃんにそれを邪魔すんなって怒られた」
「まぁ、シグは頭いいからねー」
5歳としてはかなり有望だ。この世界がどのくらいの学力があればいいのかよく知らんが、テンプレである文字の読み書きと2ケタの暗算程度であれば難なくこなすくらいには非常に優秀だ。
まぁ、そのせいで運動はからっきしだし、こんな辺境じゃ使い道もないんで不必要といえば不必要かもしんないけど、将来は分からん。王都とまではいかんくてもどっかの町で商人として働きたいなんて言い出すかもしれん。知らんけど。
「なんだよ。それじゃあおれが馬鹿みたいじゃねぇか」
「役割が違うだけだよ。リンは農作業でたくさん働いてくれてるでしょ」
「まぁな」
リンはいい意味で村の人間だ。サボり癖はあるけど農作業の手伝いをよくするから肌が小麦色に焼けて健康的なので、まさに農家の娘って感じ。他の女性陣もサミィとエレナを覗けは濃度の差はあれど皆日に焼けてる。
「それはそれで役に立ってるよ。頭がいい人もいれば悪い人もいる。適材適所だよ」
「うーん……よく分かんねぇけどいいや!」
「そんじゃあね――「ってちょっと待てよ!」」
チッ! どうやらうまく話をそらしてさっさと帰ってもらおうとしたんだがうまくいかなかったみたいだ。
「なに? 寝たいんだけど」
「まだ昼だろ! というかおばばがリックが帰ってきたら連れて来いって言ってたからついてこい」
「おばばかぁ……」
並大抵の用事であれば躊躇いなく後日に放り投げる自信があるが、ことおばばとなると話は別だ。なにせ用事次第じゃあ命に直結する。仕方ないけど動くしかないかぁ……。
「じゃあ行くか」
「おう! なんでも急ぎの用事らしいぞ」
「なら急ぐか」
一瞬キックボードもどきを作りかけたものの、ここはすでに王都じゃなくてヴォルフの領地。魔法を使っても問題のない場所なんですぐに土板を作って乗り込んでかっ飛ばす。
「うっひょー。やっぱこれだよなー」
「本当だよねー」
長距離移動にはやっぱり魔法が一番。もっと便利な転移魔法があるにはあるが、それを使うと非常に面倒な仕事を回されるんで、薬草と調理器具の回収以外には最近はほとんど使ってないなー。
——————
「こんちはー」
やっぱ魔法移動は便利だね。まったく疲れないしあっという間に到着する。相変わらず薬草臭い。
「遅かったじゃないか。早速だけど解毒草の在庫はないかい」
「いきなりだね。なんかあったの?」
「村人が軽い毒にかかってるんだよ」
「毒⁉ そいつは穏やかじゃないね。何があったの?」
こいつは聞き捨てならないな。村人が毒に侵されてるとなれば労働力が減ってしまうではないか。それはつまり、俺のぐーたらライフが遅れてしまうも同義。見過ごすわけにはいかんばい!
「大した事じゃないよ。毒と言っても自然に治る程度。とはいえ理由が分からないから念のために解毒薬を作っておきたいのさ」
「ふーん……。俺がいない間何かあった?」
「特に何もないよ。しいて言えば作物の育成が遅いって馬鹿共が愚痴ってる程度だよ」
「そーいや父ちゃんもリックスゲーっていってたぞ」
「当然。何せぐーたらするためだからね」
大量の麦を税として納め、余った分を薬草や調理器具と一緒にルッツに売る。その代価として暮らしてける分だけの食糧を買い、余った金で魔道具を作り、便利な農具が開発できれば時間に余裕が出来て、その余暇で子作りでもしてくれれば労働——村人が増える。
こういった好循環を作るために、俺は魔法を使ってる。すべてはぐーたらな生活を得るためだ。褒められるような事じゃない。
「それで? 解毒薬の在庫はどうなんだい?」
「量によるかな」
一定数は亜空間に保管してるけど、その気になればいつでも取りに行けるんで大した量は入れてない。家族分であれば問題ないけど、村人全員ってなると足りない。
「村人半分が賄える量なら十分だよ。大した毒じゃないからね」
「じゃあ足りないねー」
「用意できるかい?」
「うーん……とりあえず見てくるよ」
先月に来ないかもって言っちゃったけど、別に反故にしたって困るような約束じゃないし別にいいだろ。
他の用事だったら間違いなくメンドイからやらんかったけど、命にかかわる可能性があるならそうも言ってられんからな。別にいつも通りの事だし問題ないだろ。
って訳で土板に乗っていつもの洞窟に向かって突っ走る。
その道中、リンが追いかけてこようとしたんで普通に適当に飛び回って撒くことも忘れない。そうしないとリンは馬鹿だから秘密の場所をゲロしちゃう可能性がある。面倒事は極力回避せねばならんのだ。
そんな感じで都合30分くらい村の内外を飛び回ってから洞窟に到着。キッチリ探索魔法を走らせて人が居ないのを確認……終了!
「転移」
ごそっと魔力が抜ける感覚に遅れて景色が変わる。
相変わらず馬鹿みたいにデカい樹と、一面に広がる薬草畑。もう少し視界を広くとれば、そんなのどかな光景とは真逆の――来るものを拒むくらいそびえたつ山々に、かすかに聞こえるドラゴンの鳴き声が絶え間なく聞こえる超絶危険地帯。
本来ならここは俺のぐーたらライフの別荘的な場所だったんだが、今やどこからかやってきた自称ハイエルフのフェルトによって占拠に近い形で居座られてるんだけどね。気にせんけど。
「おーいフェルトー」
「何者だ!」
魔法で建てた別荘の戸をゴンゴン叩いて出てきたのは、いつも見慣れた女エルフじゃなくて、男エルフだった。
「お前こそ誰だよ」
「人間だと⁉ 死すべし!」
問答無用で腰に差してたレイピアでもって俺を突き殺そうとしてきたが、事前に結界を張ってるんで金属を擦るみたいな耳障りで不快な音を立てながら滑るように横を通り抜ける。
「拘束」
「なにっ⁉」
お? 流石エルフ。喋れるなんて多少なりとも魔力抵抗が高い証拠だな。とはいえ体は指一本動かないみたいなんで、容赦なく適当に蹴っ飛ばして別荘の中に足を踏み入れた。
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