第71話
「おぉ……やっと……やっと帰ってきた」
実に一か月ぶりの我が村だ。たったひと月で何が変わるって訳でもないが、王都の景色と比べると当たり前だけどみすぼらしいし人の気配ってのが全くないが、その分のんびりと出来るしせかせか働く必要がない。ここにある労働は農作業か地獄の行軍の二者択一くらいかね。
「おぉ。領主様おかえりなさい」
のんびりと屋敷に続く道を進んでると、久しぶりに見ても何ら変わりがないおっちゃんが農作業の手を止めて挨拶してきた。
その傍らにはここを出る前に拵えた水路があり、ひと月前と変わらない水量が流れ続けてるところを見ると、枯れる事なく水源としての責務を全うしてて一安心だ。
「うむ。何も問題はなかったか?」
「そうですね。リック様が居られないので作物の育ちが少々悪いくらいで、概ね問題なく日々が過ぎておりますよ」
「それは良かった。では村に戻って商隊が来た事を知らせてくれるか?」
「もちろんですよ」
そう胸を叩いたおっちゃんが走り去る。まぁ、本気を出せば馬車に乗ってるこっちの方が何倍も速いんだが、すでに急ぐ必要なんてないんでのんびりペースを維持したまま村の中を移動する。
「ほら見てみろ。ひと月程度では問題なかっただろう」
「結果論でしょ」
道中の畑は確かに順調に成長してる。とはいえ俺の記憶と照らし合わせると結構育ちが遅い。これはすぐにでも土に栄養をいきわたらせないと来年の収穫量が減っちゃうなぁと思うが、日々のブラック労働に加えて道中の睡眠不足の前には明日でいいやと決意させる程度には許容範囲だ。
なーんて事を考えながらぼーっとしてると、後ろの馬車の歩みが遅い。どうしたんだろーと思ってると副会頭が猛スピードで迫ってきた。
「いつの間にこんな水路を作ったのだね」
「王都来る前だからひと月前だよ」
「なるほど。では来月は乾燥野菜に加えて種も持ってくるように報告しておくとしよう。そうすれば野菜の購入費をほかに回せるだろう?」
「それはありがたいねー。よろしくお願いね」
ようやく乾燥野菜からの脱出か。とはいえ村人はオンリー麦栽培だったからな。それを急に止めて別の物を育てろってのは反発とかあんのかな?
まぁ、その辺はヴォルフと相談して決めてもらうとしようか。
「では我々はここで」
「ああ」
村人への配給を配るために馬車の半分以上が隊から離れる。今回は食料はちょっと少なめで代わりに布とか服が乗せられてたね。王都でゴーレム騒ぎが収まったから十分量の確保が出来たからかな。これでつぎはぎだらけのボロ服が多少はマシな普通の服くらいになるかね。
「さて……ようやく我が家だな」
「だねー」
少し高い丘を登り、ようやく見えてきた我が家。お世辞にも広い家とは言えないけど愛着がある。
そんな家を眺めてると玄関前には家族総出の出迎えがあるではないか。ひと月ぶりとはいえ目に見える変化はない。
「おかえりなさーいアナタ。何も問題はなかったかしら」
「いつも通りだ。クソみたいな貴族連中の負け犬の遠吠えを聞くだけのつまらん会合だった」
予想通り、ヴォルフの方は成り上がりに対して嫌味を言われたんだろうが、王家以外は特になんとも思ってないようで気にした素振りもない。まぁ、俺もそういうのはまったく気にしない。憎まれ口をたたかれた所で何の被害もないからな。
特にこいつの場合は、酒さえ飲めてれば終始ニコニコで過ごしてただろうな。
「いつも通りねー。リックちゃんはどうだったかしらー?」
「とにかく疲れたよー。人は多いし貴族は面倒だし王女はわがままだし。でもベッドは最高だったね。あれだけでも持って帰りたかったなー」
あれをそのまま使うのは腰が痛くなるんでNGだが、質のいいシーツにふんだんに使われた綿の量を考えれば、家族の布団全てをアップグレードするには十分足りる。
「相変わらずぐーたらする事しか頭にないのアンタは」
「当然でしょ。俺からぐーたらを取ったら何も残らないって」
「魔法があるじゃないの」
「あれは人生を楽に生きるために存在してるだけだから」
魔法は人生を豊かにするツール。これがないと俺の人生は5年も続かなかっただろう。そう考えるとマジでとんでもない家に転生させやがったよなあのクソジジイは。
「それじゃあいつまでもこんなところで話してないで、家に入っちゃいましょうか。アリアちゃんもサミィちゃんも2人のためにお料理してくれたのよー」
「食べて大丈夫な――痛っ!」
命の危険を感じて反射的にそんな言葉が出たんだが、素早い動きでアリアが頭をひっぱたいてきた。
「失礼ね。ぶん殴るわよ」
「もう殴ってるじゃん!」
「今のは叩いた程度よ。また同じ事言ったら今度こそぶん殴る」
「大丈夫だよ。ちゃんと母さんに見張られながら作ったからね」
一方で、自身の料理の下手さを自覚してるサミィはちゃんと安全である理由を教えてくれる。というかそれがあったとしても不安感はぬぐえない。何せアリアは危険なレベルで下手だからマジで食いたくない。
「大丈夫よー? お母さんがちゃーんと味見してあるから、安心して食べなさーい」
「じゃあ後で食べるよ。副会頭との話し合いとか荷物の整理とかでちょっと忙しいしさ。待たせるのも悪いでしょ?」
この辺りは毎度のやり取りだ。
軽い会話をしながら目録の確認を行い、馬車に積まれた商品の品質を鑑定。そこから倉庫に押し込んだりするのは魔法で楽出来る俺の仕事だし、ひと月氷室をほったらかしなのでどうなってるのかが気になる。
それに、まずはヴォルフに毒見をさせて本当に大丈夫かの確認作業がしたい。それで本当に異常が見られないようなら仕方なく食べようではないかという魂胆です。
「それだったら、副会頭も一緒に食べればいいじゃない」
「すまないが遠慮するよ。こちらはこちらで少し忙しくてね」
後ろを見やると、先月と同じで馬車が3台待機している。これから荷下ろしを始めたり商品に不備がないかといった確認作業があるのでそこそこ忙しい。
いつもの冒険者奴隷はルッツの方に行ってるっぽいんで、それを一手に引き受けなきゃならんのだろうが、それにしてもいい逃げ道があったもんだ。副会頭の仕事はこっちの生活に直結する。まぁ、1時間程度で質が変わるような商品を積んでる訳じゃあないけど、道中で不良品が出てたりしないかなどのチェックは必要だからな。
「あっそ。じゃあいいわ」
「チッ! うまく逃げやがったな」
「あん? なんか言った?」
「いえいえなにも。じゃあ行こうか父さん」
「そうだな」
という訳で副会頭たちと別れて家に。こうなったら犠牲者はヴォルフひとりに絞るしかないんで、手洗いうがいを先にやらせ、着替えも可能な限りちんたらしながら20分ほどかけてリビングにやってきたんだが、ヴォルフの姿がどこにもないではないか!
「あれ? 父さんは?」
「父さんだったら仕事が溜まってるからって部屋で食るらしいわ」
やりやがったなあの酒ジャンキーめ。奴も俺を犠牲に食の安全性の確認に来やがった。ってこういう娘の手作り料理ってのは場合普通父親が喜び勇んで食うもんだろうが。それを一番下の息子でこの村が人が住める最低限の状態にしたこの俺を毒見に使うなど、本来なら許しがたい。
しかし……俺にはとっておきの仕返しが存在するのだよ。
「かあさーん。ちょっといい?」
「はいはーい。なにかしらー?」
呼んだエレナの手には木の器があり、そこからは温めたばかりなんだろう湯気が立ち上ってる。恐らくあれが料理下手な2人が監視の下調理した一品なんだろう。
「父さんについてちょっとお耳に入れたい事が――」
「あらあらー。一体あの人は何をしたのかしらー?」
すでにやらかした前提で話を聞いてくれるのはありがたいが、どうやら王都に行くときは必ずやらかすらしいというのがこれで確定した。
とりあえず王都での出来事を多少膨らませて話し進めれば進めるほど部屋の温度が下がっていくが気にしない。これもすべては俺のぐーたらライフを妨害したヴォルフが悪いんだし、腐ってもここの領主だ。殺されるまではいかんさ。
「——という訳で、ちょーっとお仕置きをしてほしいんだよね」
「お母さんに任せなさーい」
ウフフと笑い流さってゆくエレナを見送り、睨みを利かせるアリアの横で仕方なく月末によく見る乾燥野菜の切れ端と塩漬け肉と干し肉の切れ端スープを食う。
……うん。取り立てて美味い訳じゃないけど意識が消えるほど不味くもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます