第70話

「ふあ……っ。やっと帰れる」


 ようやく王都での重労働が終了し、村へ帰還する日がやってきた。まぁ、それまで半月近くかかるんだが、帰れるってだけで数時間は気分がいい。

 とはいえやる事が一つ残ってる。家族へのお土産だ。

 アリアにはリボンとフルカラーの魔物石像を贈る予定だが、エレナとサミィへの土産には何ら着手してない。これは明らかな悪手なので、ルッツ側の準備が整うまでの数時間で決着をつけねばならん。失敗すればいつも通りのぐーたらライフがしばらくの間とても殺伐としたものになってしまう。


「ほら。ぼけっとしてないでしゃきっとする!」

「もう少し休ませてくれないのか?」


 昨日一日中酷い二日酔いで苦しんでたヴォルフだが、一日経って何とか動ける程度まで回復したんですぐさまこき使う。俺1人あくせく働いてるってのにぐーたらするなど、神が許しても俺が許さん。


「母さんとサミィ姉さんに怒られたいならどうぞ」


 俺は安心安全で快適なぐーたらライフを送りたいんだ。それをするためであれば連日の重労働に悲鳴を上げる体に鞭うって王都中を探し回るなんて事くらいなんともないぜ。


「……分かった」


 我が家でヒエラルキーの頂点はエレナだ。彼女を怒らせると本当に怖い。だからヴォルフは月に一度しか酒を飲まんし、こういう時に羽目を外して飲みまくるのかな? だとしたら凄ぇいい迷惑だな。帰ったらアリアとサミィに道中どうだったか聞いてみるか。


「じゃあまずはサミィ姉さんだね。何にしようか」

「サミィであれば男物の服がいいんじゃないか?」

「そうかもしんないけど、お土産としてはどうなの?」


 サミィは基本的に男装しかしない。一応パーティーに出席するためのドレスが一着だけあるんだが、あれを着ている時は本当に嫌そうだったなぁ。

 そういった性格を考慮すれば男物の服というは悪くないけど、ルッツに頼めば用意できる程度の物をお土産と言っていいのか疑問が残るんだよね。


「だがサミィは喜ぶぞ?」

「かもしれないけどさ」

「ならそれで構わんだろ。納得できないというんであればぬいぐるみだったか? あれみたいに布を買ってお前が作ってやればいいだろ」

「えー。メンドイからヤダ」


 ただでさえこの王都でブラック労働を課せられたんだ。帰りも同じとなると今度こそ本当に第二の人生が終了する。出来れば老衰で人生を全うしたいんで、サミィには悪いがそれで我慢してもらおう。

 本来であれば潤沢な資金で豪勢なお土産が購入できるはずだったんだが、どっかの馬鹿が酒につぎ込んだせいであまりいい物は買えんからな。

 なので、お土産の購入はおのずと王都で店を構えるような店舗ではなく、住民やふらりとやってきた流れの行商人が売買をする蚤の市っぽい場所で手に入れるしかないのがなんとも我が家の現状を如実に表してるね。


「なーんか良さそうなのあるといいね」

「だな」


 適当に見て回りながら、服があればサイズと値段の確認するも、両方を満たすものなんてそう簡単に見つからないが、エレナの方は割と簡単に見つかった。

 ヴォルフが酒ジャンキーだとすると、エレナは立派な甘味ジャンキーと言っていいくらいにやっぱり甘い物が好きらしいので、何かないかなーと見てたらいくつか果物が見つかったんで、それをドライフルーツにしたうえに別の場所で見つけたはちみつに漬け込めば、それ相応の甘味としてお土産として相応しい物になるだろう。


「うーん……良いのがないね」

「露店だからな。そうそう掘り出し物など見つからん」


 そりゃそうか。ここで店をやるのは大抵が住民で、行商人は赤字が出ないように堅実な品を売ってる。持ち運びに制限がある行商で売れるかどうか分からん物を仕入れたりせんだろうからな。

 もしあるんだとしたら、やっぱ端っこの方でひっそりやってて、みすぼらしいのがそういうのを商ってるって相場は決まってんだ。


「お……」


 なんとなしに端の方端の方へと突き進んだら、本当にみすぼらしい異国風の商人が居るじゃねぇか。


「なんだ? あの露店が気になるのか?」

「まぁ、気になると言えば気になるかなー」


 とりあえず吸い寄せられるように並べてる商品に目を向ける。ふむふむなるほど……面白そうなものが多いな。


「なんだこれは? 見た事ない物ばかりだな」

「ん? あぁいらっしゃい。ここにあるのは全部神楽ノ国の商品さ」


 ここでようやく来客があったと認識した店主が本から目を離す。黒髪黒目の青年くらいの若い男だ。


「神楽ノ国? 聞いた事が無いな」

「この大陸とは別の大陸の国ですんで。知ってるのは東の果てにある港町くらいだと思いますよ」

「ほぉ……別大陸の人間か。そんな人間がこんな場所まで何をしに来たんだ?」

「見ての通り行商ですかね。国で鳴かず飛ばずの商人だったんで、一旗揚げるためにはるばるこの大陸までやって来たんですけど、見ての通りあまり売れないんですよ」

「よく分からんものばかり売ってるからじゃないのか? なんだこれは」

「それはけん玉って言って子供の遊び道具ですね。やってみる?」


 手渡されたけん玉を普通に扱う。

 大皿・中皿・小皿・そして剣に刺す。まぁ、こんくらいならおっさんとしては普通かな。いくつかできる技はあるけど、あんま本気でやりすぎるとヴォルフも知らんもんをなんでそこまで自在に操れるんだって怪しまれるからな。


「お見事ですねー。もしかして遊んだ経験があるのかな?」

「手先が器用なだけだよ。それで? こっちはなんなの?」

「あぁ。そっちは神楽ノ国で使用されてる調味料だよ」


 ぱかっと蓋を開けてみると、真っ黒な液体に土色のねっとりとした半固形物が入ってるじゃあないか。思った通り味噌と醤油の懐かしい匂いがする。


「おいおい。こっちのはまだいいとして、こっちは完全に糞じゃないのか?」

「あはは……ここに来るまでにもよく言われましたけど、そっちは味噌って言う神楽ノ国じゃあ一般的な調味料なんですよ。ちなみにそっちの黒いのは醤油っていいます」

「本当か?」


 ふむふむ……これを見る限り、どうやらちゃんと日本みたいな国がこの世界でもテンプレとして機能しているようで一安心だ。

 さすがにこの場で買うような真似はしない。だってこれはこの国にはない物だからな。どうして使い方が分かるん? みたいなことになればそれはそれでいろいろとメンドイのがやってきそうな気がするから、今回はぐっとこらえよう。


「異国か……何か服はないか?」

「服ですか? 女性用男性用どちらです?」

「男物だな」

「でしたらこちらなんてどうです?」


 箱から取り出されたのは地味な色合いの着物だ。やはりテンプレ日本は江戸時代くらいっぽいな。


「これは服なのか?」

「ええ。甚兵衛って言う我が国が夏——こっちだと熱期って言うんでしたっけ? その時期に着る物ですね」

「ううむ……随分と丈が短いな」

「男用ですからね」


 手触りは……ちょっと良くないな。本当に野郎にプレゼントするならこれでも構わんのだろうが、贈る相手はサミィとは言え女性だ。まぁ、だったら女性用の着物を贈ればいいじゃんと言われると困るんだがね。


「あまり質が良くないな」

「男の着物ですよ? 肌触りより頑丈さでしょう」

「ちなみにいくら?」

「そうですね……銀貨1枚でどうです?」


 随分と安いな。王都でルービックキューブサイズの綿と同じ値段でこれが買えるのは質を考慮しても破格だな。


「随分と安くないか? 何かいわくつきという訳じゃないだろうな」

「いいんじゃない? こういう色好きだし何もおかしなところはないしね」


 自然と鑑定魔法を使う事が癖になってるからな。それで確認した限りでは特に怪しい文言は確認出来てないからまっとうな品だと思う。


「ならばそれ貰えるか?」

「毎度アリー」


 さて、これでサミィへのお土産も決まった。後はさっさとルッツの店に行って村に帰ろう。連日のブラックワークで俺の体力は真っ赤だぜ。


「はぁ……ようやっと家に帰れる」

「まったくだ。これで陛下以外のクソ貴族共と顔を合わせる事が一年無くなると思うと清々するな」

「本当だね」


 俺の場合、そこまで貴族と関わり合いにはならんかった。唯一ぽっちゃりと仲が深まった気がするが、もう二度と会う事もないだろう。こうして来たくもない王都に顔を出し、誕生会に来て貴族の息子としての義理を果たしたんだからな。

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