第69話

「うあー。疲れた……」

「私にはそうは見えんのだが?」


 失礼だな。ガラスハウスを作るのに結構魔力を使ったし、王都の外に出るほどの遠出をしたんだ。5歳の子供にしちゃあ随分と体力を使っただろ。ここ数日の運動量に比べりゃ少ない方だけど、疲れるモンは疲れる。


「そんな事よりいつ村に向かうの? 俺そろそろ帰りたいんだけど」


 報告会も終わり。誕生会も済ませた。あとは家族にお土産を買って新しい魔道具の本が来るのを村でぐーたら過ごしたい。賑やかなのはあんま好きじゃないからさっさと帰りたい。


「今最終調整中で、明日村に向かう手はずになっている」

「明日かぁ……」


 まぁいっか。とりあえずアリアには余ったゴーレムのビビット石材で魔物のフィギュアでも作ってくれてやろう。リアルなゴーレムでも作って打ち込みの的にでもすれば多分喜ぶだろ。

 エレナには……お菓子かな。あの砂糖をほおばった衝撃的な光景は目について離れない。あれほどの甘党を満足させるには何がいいかね。


「そうだ。ルッツ会長から今回の取引で薬草と調理器具の入荷が出来ないと聞いているのだが間違いないのか?」

「当たり前でしょ。あれの仕入れは俺がしてて、ここに俺が居るって事はそういう事でしょ。どうやっても無理」


 まぁ、やる気になれば転移魔法でパパっと行って回収できるけど、この二か所はなんやかんやで時間のかかる場所だ。その感覚を見誤るとこの間みたいな不良在庫を出す羽目になる。そういうのは面倒事の種なんでな。


「では今回の商品の支払いはどうする」

「今やったじゃん」


 ガラスハウスは材料のガラスがとてつもない高級品。それを潤沢に使用したハウスは冬場でも甜菜の育成が可能になるだろう。それほどの施設を作ろうと思ったらそれこそ金貨2・3枚なんて頭金にもならんのじゃないか?


「うーむ……そうなると来月の商品については忠告を出さねばならんのだが、少数でいいからどうにかならないか?」

「無理」


 そういった面倒はやらない主義なんでね。恨むんだったら大した用じゃないくせに呼び寄せた王様を恨むんだな。

 都合1時間くらいで仕事を終えた俺は商会まで戻ってきたわけだが、なぜか宿に戻る前に用があると副会頭に強引に連行された。


「さて。魔力には余裕はあるか?」

「当たり前でしょ」


 あの程度で魔力切れになってるようじゃ、ぐーたらライフなんて到底送れない。これからも一生涯魔力は増やし続けるつもりだ。特に世界征服をしたりなんて考えは微塵もない。面倒以外の何物でもないからね。


「では鑑定してほしい物がある。もちろん謝礼は用意してある」

「別にいいけどなんでまた」

「ちょっとな」


 詳しい説明はナシか……。まぁ、踏み入って余計な話を聞かされるよりはましか。

 しばらくボケーっとしてると部屋に大きな箱が運び込まれた。


「ナニコレ」

「開けてみればわかる」


 言われた通り開けてみると、中には船の模型っぽい物が――って随分重いな。手にひんやりとした温度が伝わってくるから金属製のようだがこの世界の船事情ってどうなってんだろう。

 ウチの領地は海に隣接してない。なので船を知ってるってのは怪しく映るだろうから、ここはいっちょ知らんぷりをしよう。


「なにこれ」

「帝国から入手したんだ。最新鋭の船の模型だそうだ」

「ふーん……船って何?」

「なんだ。リック少年でも知らんことがあるんだな。船というのは水の上を移動できる便利な乗り物だ」


 とりあえず鑑定してみるけど、作りが雑だね。船底の方が歪だし重量もありすぎる。こんなんで水に浮くとか無理だろ。まぁ、所詮は模型だしその辺のこだわりはないのかもね。


「で? これが何な訳?」

「水に浮くと思うか?」

「無理って出てるけど?」


 大前提として船底に穴が開いてるんだ。そこから水が入ってきて遅かれ早かれ水没コース一直線。頑張った方だけど酷い出来だというほかない。


「……そうか」

「なんなの」


 わざわざこんな模型を鑑定させるために連行されたのか? ふむ……しかしこの船、改めてよく見てみるとどことなく現代の物っぽい。もしかして俺と同じ転生・転移者が居るのか?


「キミはその船に関してどう思う」

「どう思うって?」

「実は、帝国はその船を人が乗れる大きさで製作しようとしている」

「そうなんだ」


 帝国といえばこの国を襲撃してきた国の一つであり、ヴォルフが鬼神のごとき活躍をした戦場でもある大国だ。もうこんなものを作ってるのはさすがの技術力ってところなのかな?


「我が商会はこれに出資しようと考えている」

「随分と思い切った事を宣言するね。利敵行為にならないの?」


 船——それも金属製であればその頑丈さは折り紙付きだろう。これで港なんかを襲撃されれば生半可な矢ではビクともしない。魔法使いの数が少ないこの世界じゃあ優秀な武器たりえるんじゃないかろうか。


「帝国とこの国は現在友好国だからその心配はいらん。それに、この船が完成すれば外海移動が可能となり、物流が大きく変わると私は踏んでいるのだがキミはどう思う」

「難しいんじゃない?」


 フェルトや親方の話だと、大陸の外側にある海にはクラーケンだのリヴァイアサンだのと言った巨大な魔物が居るらしく、そこを移動するのは自殺行為なんだとか。

 そんな海を木製の船から金属製の船に変えたところで耐久性にどれだけの違いが出るかと聞かれれば、変わらんだろうてと答える。


「そうか……」

「何ガッカリしてんのさ。こんな鉄の塊が水に浮くわけないじゃん」


 もちろん日本出身で大学も卒業した程度の知識があれば、これをちゃんと作れば浮くことくらい把握してるけど、それを海もない領地に生まれた俺が知ってるのは若干——いや、滅茶苦茶おかしいだろう?


「一応浮くのはこの目で確認している。それに、船の作製にはドワーフの手を借りるとも宣言していたので恐らく勝算はあるだろう」

「ドワーフねぇ……」


 確かに彼らならこの船をより完璧な物に仕上げてくれるかもしれないけど、連中は武具の作製に並々ならぬプライドを持ってるからなぁ。あの木の枝くらい破格の報酬があればなんとかなるだろうけど、金貨じゃあ首を縦に振るとは思えない。


「彼らは鍛冶の神に愛された種族。それであれば人と大量の荷物を載せる事が出来る大きさの船を作る事が可能だろうと判断し、優先的に新造された船を融通してもらえるように金を積むつもりだ」

「ルッツはなんて言ってるの?」

「新たな販路が開けると乗り気だ」


 うーん……そんな情報を聞かされても俺的には好きにすれば? ってしか答えられん。だって船に出資しようがしまいがこっちの人生には何の影響もない。何せ三方を山に囲まれてる陸の孤島みたいな場所。船なんて一生縁のない物だしな。


「じゃあ金出せばいいじゃん。なんで俺にわざわざ伺いを立てる訳?」

「鑑定魔法を使ってもらいたかったからだ。キミの魔法に我々はかなりの信頼を置いている。それで駄目だと言われれば手を引くし、大丈夫だと出れば潰れない程度には出資しようと考えていたからだ」

「じゃあ諦めな。こんなのは水に浮かないし、たとえ浮いたとしてもすぐに沈む」


 あえて穴の事は突っ込まない。なにせ肉眼じゃあ確認できないし。


「ドワーフが手を加えたらどうだ?」

「仕事を受けるとは思えないけど?」

「……分かった。ルッツ会長には私から言っておく。報酬としてその模型をやる」

「これ? 俺としては現金がいいんだけど?」

「じゃあ銀貨3枚だ」


 結果として失敗作の船の模型と銀貨3枚を受け取った。銀貨は嬉しいが船の模型はあんまりだなぁ……。使い道といえば村に新しく作った貯水池に浮かべて遊ぶくらいしか思いつかんが、俺はいい年したおっさんだし、村の子供比率は女子が多い。


「終わり?」

「そうだな」

「じゃあ帰るよ」


 仕事が終わった以上、あとはぐーたらするのみ! ここ数日――いや、村を出てから半月以上まともな睡眠がとれてないんだ。最後の半日くらいは全てを投げ出してぐーたらしたいんだ。

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