第68話

「ねぇ……畑って王都の外に作ってもいいの?」


 副会頭に押されてやってきたのは王都の外。準備があると言って剣を腰に下げたのはそういう理由か。

 とはいえ、王のお膝元で勝手に土地を耕してそこで作物を収穫するのって果たしていかがなものか。

 ネット小説でも、ものによっては隠し畑だなんだといった問題に発展する話もあったりするんで、それでルッツ商会が倒産させられてウチに食料が入ってこないようになるのは勘弁してほしい。


「問題ない。事前に商人ギルドに申請を出し、それが通れば所有者となれる」

「でも砂糖作るって決まってひと月経ってないよね? そんな簡単に土地購入の申請って通るの?」


 イメージだと役所に申請して何か月も審査みたいなのをやってようやく許可が下りるって感じだってのに、砂糖の話をしたのが半月前で、あの話を聞いてすぐ土地を購入したいと言っても無理だと思うんだよなぁ。

 そんな俺の疑問に対し、副会頭はニンマリとする。


「普通であれば数か月はかかる――が、これでも多少の無茶を聞いてもらえるくらいにはギルドに貢献しているからな。何も問題はなかったな」

「それは分かった。じゃあいつ土地買ったのさ」

「会頭が戻ってきてすぐに決まっているだろう? でなければムダ金の浪費にしかならん使い道のない土地など持つ必要がない」


 当たり前か。とはいえ儲けの種は砂糖だからな。多少の無茶で土地を用立ててもらっても、それを補って余りあるバックがあるから何かしらの手札を切ったんだろう。俺がノーと言ったらどうするつもりだったんだろうな。


「なるほどね。そこに砂糖に必要な環境を作ればいい訳でしょ?」

「ああ」

「そんじゃあ案内してねー。創造・浮遊」


 王都の外にある以外の情報がないんで、いつもの半分くらいの速度で草原を移動するわけだが、副会頭は自分の事を文武両道眉目秀麗の完璧人間と自負しているからなのか怖がる素振りもない。


「……こういうの平気な人間?」

「うん? 言っている意味が理解できないんだが?」

「早いの大丈夫って意味」

「問題ない。ワイバーンの襲撃から命からがら逃れた恐怖と比べればな」

「怖かった?」

「当たり前だろう。ワイバーンは竜種の中で最弱とは言え、生半可な攻撃では傷一つつかない魔物だからな。いくら私が金級冒険者に匹敵する腕前の持ち主だとしてもどうにもならん」

「よくそんな相手から逃げられたね」


 ワイバーンは空を飛ぶ。それを相手に地上を走る事しかできない人類は非常に無力だ。それに加えて自称金級の実力ががあっても手も足も出ない。どう考えたってワンサイドゲーム。どうにも生き残れるとは思えない。


「運がよかった。通りかかった旅のエルフの魔法一発で消し炭すら残らなかったからな。そうでなければ確実に死んでいたさ」

「ほえー。エルフって強いんだね」

「いや、エルフ全てがワイバーンに勝てる訳じゃない。出会ったエルフが異様なほど強かっただけだ。あの光景は今でも記憶に深く刻まれている。何せあのワイバーンが何もできずに一方的殺されたんだからな」


 ワイバーンを一方的に殺せるエルフ……なんとなしにフェルトの顔がパッと脳内に浮かんだけど詳しい事を聞くのは止めておこう。出会った時の印象を考えると人助けなんてしなさそうだからきっと別人だろうしね。


 ——————


「ここが耕作予定地だ」

「デカすぎない?」


 王都を出て10分。結構遠かったし森も抜けたりした先にあったのは木の杭を等間隔で打っただけの不思議な光景。それが視界の端の方まで続いて――いや、もしかしたらもっと続いてるかもしれんな。


「仕方あるまい。こんな場所で砂糖を作っていると知られると情報の漏洩を防ぐには広大な土地を用意するくらいしか我々には手段がなくてな」

「なるほどね」


 砂糖は南の方からしか入手できない。それが王都からこんな近場で採取できるようになったと分かったらそれこそ南で文字通り甘い汁を啜ってる貴族連中が黙ってないだろう。

 とはいえ、ただ広いってだけで完璧に守れるのかといえば無理だろう。その辺りはどう考えてんのかね。


「とりあえずまっすぐ進んでくれ」

「はいよー」


 言われるがまま移動を再開するわけだが、向かう先に妙な場所がある。魔力が一切感じ取れないんだよなぁ。

 試しにより魔力を強めた探知をそこにぶつけてみるも、見えない何かに阻まれてうまく探る事が出来ない。大きさにしてテニスコート3面分くらいの広さが調べられない。


「どうした?」


 ふむ……表情を見るにきっと何か仕掛けがあるようだ。ならこのままにしておこう。あまり無茶をしすぎて損害賠償請求でもされたら最悪だからな。

 そのまま無言の時間流れ、違和感のある場所が目視できるくらいになるも、見た目は何も変わらない草原がどこまでも広がってるようにしか見えなかったがいったん止まる事にした。


「……よく分かるな」

「普通気付くでしょ。ここら辺だけ魔力感じられないんだから」

「それを理解できるリック少年が異常なんだが? 平民が立ち入る事が出来る魔道具屋に置いてある中でかなり高性能の魔道具を使ったんだぞ」

「魔道具ねぇ……」


 残念ながらその全貌は分からないけど、とりあえず魔道具のおかげで耕作予定地はかなり情報漏洩しにくいって言うのが分かった。


「とりあえずそれは分かったけど、他の場所にも畑作ったりしといた方がいいんじゃない?」


 どこまでも広い草原。そんな中で人の行き来があるのに畑も何もないというのは怪しんでくれって言ってるようなもんだろうから提案はするが、手をすつもりは毛頭ない。この俺がそんな疲れそうなことをすると思うてか!


「問題ない。この隠蔽の魔道具にはそういった偽装もできる機能があらしいからな」

「らしいって……使いこなせてないの?」

「まぁ、そうなるな。一応ああして基本的な動きはしてるんだが、あいにくと他のやり方が分からんのだ」

「騙されたんじゃないの?」


 真っ先に思いつく理由だ。ルッツ商会は品質の高い薬草とドワーフ謹製の調理器具で財を成した。そのくらいの情報はちょいと調べればすぐにわかる。となると金払いがいいだろうと考え、高い商品を買わせようとするかぼったくり商品を買わせるかの連中が出てくる。今回は校舎だったんじゃないかなと思う。

 だが副会頭は首を横に振った。


「それはない。目の前で実際に動作させてきちんと確認済みだ」

「ふーん……とりあえず俺が見てみるよ。鑑定使えるし」


 魔道具の性能を確認するのはぐーたらライフに直結する。あんま使い道はなさそうだけど、いつか何かに役立つかもと考えれば無駄じゃない。何せ魔道具なんだからな。

 って訳で魔道具を解除してもらうと、何もなかった草原にポツンと電話ボックスくらいの石柱みたいなのが立っている。恐らくあれが魔道具なんだろうと早速魔法を使ってみると、中古だとか故障品だといった特に怪しい項目は表示されてない。一応正規品なんだろうってのは理解できる。


「一応怪しい物じゃないっぽいよ」

「当たり前だろう。今の我が紹介を敵に回す事が出来るのは何もわかっておらん新米冒険者か独自に同様の品を入荷できる伝手がある大商会くらいなものだからな」

「ふーん……とにかく適当にいじってみるよ」


 ぐるっと見た感じ魔法陣は見当たらない。これも内部に魔法陣が刻まれてるんだろうが、よくもまぁこんな円柱の内部に動作する容認性格に魔法陣を刻めるなぁと感心するよ。

 とりあえず魔石があるんでそれに魔力を注いでスイッチらしきものに触れてみると石柱のてっぺんから魔力が広がったのを確認。これが恐らく偽装の魔法なんだろう。

 後はここからどうするかなんだが、適当に石柱をべたべた触ってると何やら出っ張りを発見。


「これじゃないの?」

「……分かりにくいな」


 一応押してみると魔力の流れが数秒ほど変わったなぁと感じたんで範囲外に出てみると、草原にポツンと小屋がある感じになっていた。


「これでいいんじゃない?」

「だな」

「じゃあさっそく作っちゃうか」

「ついでに耕してもらえると助かるんだが?」

「それは自分でやって」


 俺の仕事はあくまでガラスハウスを作る事だけ。大前提として、ルッツの店にやって来たのはあくまで帰る日にちの確認であって、仕事は二の次三の次。なのでそれ以外の仕事などするつもりはない!


「さーってと……探索」


 地面に手をついて魔力を広げて鉱物を探す。平地なだけあって結構深い部分じゃないと鉱石はないけど、珪砂はすぐに見つかったんで土魔法で引っ張り上げる。


「加熱」


 ある程度集まったところで一気に燃やす。適当知識で珪砂を燃やせばガラスが出来るのは知ってるんでとにかく燃やすけどかなりの高温が必要なんでちょびっと使う魔力量は多いけど、そうしないとガラスになんないだよね。


「これだけの火魔法の傍に居ても熱くないとは……相変わらず規格外だな」

「だって熱いの嫌じゃん」


 そうこうしているうちに珪砂が溶けてガラスの元になったんで、それを板状に成型して熱を抜き取る。これも魔法ならではだね。普通一気に冷やしたら割れるだろうけど、これなら何の問題もない。

 そうして造っては壁を作り、屋根を作りとあっという間にガラスハウスが完成。

 最後にガラス同士を接着しつつ崩れたりしないように地面に固定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る