第67話

「さて……今日はルッツの所にでも行こうかね」


 朝、酒臭さに目を覚ますと隣ではヴォルフが見慣れた真っ青な顔でベッドじゃ無く床に転がってた。

 息も絶え絶えな酒ジャンキーに話を聞いたところ、どうやら例年報告会が終わるとそのまま酒宴に突入するらしく、この馬鹿は普段飲めないような高級なワインだったり火酒だったりをガバガバ飲みまくったなれの果てらしい。

 とりあえず、まだ死なれると困るんで一応水分だけは用意して出てきたが、あの様子だと最低でも今日1日は使い物にならないんで、一応ルッツに村に帰る予定を聞いておこう。


 その前に、頼まれた料理を何品か教えておくことも忘れない。


 ————


「とまぁこんな感じかねー」

「同じ食材でも色々な調理法があるんだねぇ」

「役に立った?」

「もちろんだよ。おかげで宿の目玉が増えそうだからね」


 もち米で作れるのはおはぎと餅と炊き込みご飯くらい。とはいえ醤油がないと炊き込みご飯は難しいだろうから、今ある食材でいくつか知ってる料理を伝授したら結構感謝された。


「じゃあ俺は用があるんでこれで」


 本来であればヴォルフに頼むんだが、今は使い物にならない。なので俺が動くしかない。本当に面倒だ。


「あぁ……疲れる」


 いちいちキックボードもどきを出して蹴るフリをしなくちゃなんない。これが村なら土魔法で作った板に乗って無魔法ですいーっとルッツの所まで行けるっていうのに、わざわざ自分の足を動かさなきゃいけない。これがたまらなく面倒臭い。


「お?」


 昨日みたいに肉串一つで働いてくれる有能な人物はいないかなと目を光らせると、裏路地に通じる横道の入り口辺りに、孤児院に居た小間使い君の姿があるではないか。これはナイスタイミングとしか言いようがない。

 別に驚かせる必要はないんで堂々と真正面から。


「よぉ小間使い君」

「うわっ⁉ なんだお前かよ。全然気づかなかった……どっから来たんだよ。あとオレは小間使いじゃねぇって言ってんだろ!」

「目の前から来ただろ。それよりもちょうどいい所に居た。お金あげるから前みたいに目的地まで押してってよ。どうせ暇でしょ?」

「まぁ、金くれるって言うならやってやるよ。どこに行きゃいいんだ?」

「聞き訳がいいな。まずはルッツの店だ」


 という訳で、小間使い君に押されながらやってきましたルッツの店。

 今日も今日とてありがたい事に繁盛してるようで一安心だよ。

 さて……確か裏口から入れって言ってたっけ。いつもの俺ならそんな場所まで移動するならふわっと浮いて壁に穴をあけて侵入するところだが、今回は小間使い君が居てくれるからね。あちらのお願い通りに動こうじゃないか。


「ういーっす。誰かいますかー」


 裏にある馬車搬入口から侵入。俺の金で建ててるから実質俺の商店だが一応声がけしてみると、馬車の陰から若者がひょっこり顔を出した。


「……もしかして、あんたが旦那様の言ってたリック様かい?」

「そうだけどよくわかったね」

「ああ。旦那様が目の死んだ怠け者の子供が来たらそれがリック様だって教えられてるからな」

「なるほどなるほど。貴重な情報ありがとー」


 いい情報を聞いた。これをネタに奴を脅してガラスの製造を渋るとしよう。


「ルッツに会いに来たんだけど今時間あるよね?」

「あー……申し訳ないんだが旦那様はアークスタ伯爵領に行っちまってるんだよ」


 アークスタ伯爵って誰か知らんけど、とにかくルッツが居ないって事だけは分かった。せっかく出立日時を聞きに来たついでにガラスを作ってやろうと思っていたのになんてタイミングの悪い男なんだろうな。


「なんか聞いてない?」

「一応来たら副会頭に連絡するようにって聞いてるな」


 その言葉に自然と眉間にしわが寄る。

 儲けが出るようになって時折、ルッツじゃない人間が馬車を率いてやって来る事があるようになってきたんだが、それを任されてるのが副会頭。名前は知らん。


「あいつかぁ……何であれがそんな地位に居るんだろうなぁ」

「決まってる。この私が優秀だからに他ならない」


 どこからともなく現れたのは銀髪長身イケメンではあるが、自信過剰が過ぎるいけ好かない副会頭だ。


「誰も呼んでないけど?」

「何を言うかリック少年。そこのアールが呼んだではないか。エルフを見間違うほどの超絶美貌すぎて数々の女性が告白するほどで、学園の商人部を歴代最高成績で卒業した大天才でありながら金級冒険者にすら勝利してしまう最強無敵の私の事を!」


 呼んでねーよと言いたいところだが、それはそれで面倒な事になるんで無視。


「こっちの用が終わったからいつ村に行く予定か聞きに来たんだけど?」

「ルッツ会長からさ――畑の開墾をさせろとの命が来ているが事実か? そうであるなら終わり次第といったところだろう」


 あえて濁したのは俺の後ろに小間使い君が居るからだろう。何せ砂糖の製造なんて金の生る木の情報をそうそう簡単に言える訳がないしね。俺もそれに付き合おう。


「その件だったら報酬次第かな」

「では金貨5枚出そうではないか。それでどうだ?」

「……まぁいっか。じゃあその場所まで案内してよ」

「その前に、その後ろの孤児も連れて行く気ではなかろうな?」

「当然だろ。こいつを帰したら誰が俺を現場まで運ぶって言うんだよ」


 砂糖の情報は可能な限り秘密にしておきたい。製造法がバレるそれすなわち大金を失うも同義。とはいえ自分の足で動くなど愚の骨頂。魔法で移動できるって言うのに何でそんな事をしなくちゃいけないのかまるで分らん。


「リック少年。リック少年はこの私が今まで関わってきた中で、この件は可能な限り知る人間が少ない方がいいのが分かっていないほど頭の出来が悪くなかったはずだと記憶してたはずだが、どういうつもりだ?」

「もちろんそれに関しては知ってるけど、俺には関係ない事だよね? 嫌なら自分たちで何とかしなよ」


 砂糖を製造するのはあくまでルッツ商会なだけであって、俺がやる訳じゃない。もちろん村で自分たちが使う分くらいは栽培するけど、こっちでの栽培に関しれはノータッチだ。

 それに、この要求がのめないなら別の奴に頼めばいい。まぁ、そっちの方が金がかかるし何より情報漏洩の可能性が爆上がりだろうけどな。


「……では私がそこの少年の代わりを務めようではないか。それでいいだろう?」

「えー……他の人がいいんだけど」

「場所を知っているのは現在私と会長とレイくらいだ。そして会長とレイは伯爵領に向かって留守にしている。つ・ま・り私しかいないのだよ」


 その宣言に俺は当然だが嫌な顔をする。

 あまりこいつと一緒に街中を歩きたくない。理由は言わずもがな。

 自信過剰になるだけあって実際に頭はいいし腕は立つし長身イケメンなのは間違いない。なので道行く女性がもれなく足を止めるし声をかけてきたりする。異世界の女性は結構アグレッシブです。

 なので、これと一緒に大通りなり人のいる場所を歩くのは時間の無駄になる。


「造形」


 手早く地面から土を拝借。それで古フェイスのヘルメットを作って強引に装備させる。


「やれやれ。私があまりにも美形すぎるがゆえにこうして顔を隠さねば外も歩けないとは何と罪な存在なのだろうか」

「はいはい」


 損得を計算してすぐに納得したようだ。理解が早くて助かるがいちいち大仰な物の言い方が面倒臭い事この上ない。


「では少年。こちらが今回リック少年を運んだ代金です」


 そういって銀貨1枚を手渡すと、受け取った小間使い君が驚いた。


「こ、こんなに貰っていいのかよ……」

「構まないさ。キミも知っての通り、リック少年は非常に怠け者だ。これをここまで運んでくれた事はこちらとして非常に助かる事なのでそれだけの報酬を受け取る理由になるんだ」

「分かった。それじゃあありがとよ。おっちゃん」

「ぶふっ! おっさんだってよ」


 小間使い君からしたら副会頭はおっさん扱いか。まぁ、それも仕方のない事だろう。俺よりちょっと年上くらいの小間使いからすれば、そう映るんだろう。

 とはいえ、そう呼ばれる方は納得しない訳で……。


「少年。私は24なのでおっちゃんではなくお兄さんだ。その辺りを間違えるな。さもなくばその銀貨が銅貨に代わるぞ」

「子供相手に脅しとかマジすぎww」

「黙れリック少年! とにかくだ。私の事は今後お兄さんと呼べ。わかったな?」

「お、おう……分かった」

「よろしい。では去るといい」


 どうにも腑に落ちてないような表情の小間使い君をニッコリ笑顔で見送る副会頭。あんな事でいちいち目くじら立てるって事は結構気にしてんだろうな。


「じゃあいこうか? 副会頭のおっさん」

「リック少年。あまりその冗談は言う物ではないぞ」

「気にしすぎだろ。誰も将来はおっさんおばさんになるんだ。そんな事よりさっさと押して現場まで連れてってよ。じゃないと帰って寝るけど?」


 俺が帰れば温室製作は途端に難易度が上がるし金もかかるようになる。それは商会の副会頭として見過ごせないんだろう。脅したつもりはないがそう捉えたみたいで急ぎ足で商店を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る