第66話
「もしもーし。済みませんけどそろそろお時間ですー」
「んが?」
ゆさゆさと体をゆすられたんで目を開けてみると、結構ぐっすり眠れたみたいであれだけ明るかった部屋全体がかなり薄暗い。まだまだ寝足りないが、ここ最近の寝不足は多少だけど改善されたような気がする。
「ふあ……っ。もっと寝たかったな」
「まだ足りないんですかー? 外はもう夜ですよー?」
「俺的にはね」
可能であれば1日12時間は寝たいが、やはりこのベッドじゃ物足りない。体が沈みすぎてちょっと腰が痛いし、デカいからベッドから自力ではい出るのも一苦労だ。
「浮遊」
魔法でふわっと浮いて床に着地。うーんと伸びをして滞ってる血流を全身に巡らせて少しでも目を覚ます。さて……帰るか。
「ほんじゃあお世話になりました」
「いえいえー」
さて。これで用事は全て終わり。明日には村に帰るのかな? そうあってくれるのなら、エレナとサミィへのお土産を買わんくちゃいけないし、ルッツの所に温室を作るためのガラスを卸さにゃならん。はぁ……本当に忙しすぎる。
「さて……帰る前にちょっと……」
記憶を頼りに誕生会が行われてたであろう部屋を覗いてみると、メイドや執事が後片づけの真っ最中だ。
「うん? なんだ君は」
「招待客だよ」
「こんな時間にかい? もう姫様の生誕祭は終わってしまったぞ」
「それはもう終わらせてるから大丈夫。そんな事よりも、ここにあった飯は?」
俺が最後に食った時はまだまだ食材に余裕があった。あわよくばくすねたりしても王族なんだからけち臭い事は言わんだろうと思ってやって来たのに、影も形もない。
「そんなのとうの昔に処分してしまったよ」
「なん……だと⁉ あれだけの量の食材を廃棄したっていうのか!」
「違う違う。調理されてない食材は厨房に戻し、余った料理は見習い達が食うのが習わしだ。なのでここには何もないぞ」
なるほど。ここで出された料理の味を盗める数少ないチャンスって訳か。そうだったならやっぱりもうちょい食っとけばよかったな。料理の腕はお粗末だったが、5年ぶりの新鮮な肉だったからな。
「残念。もうちょい食べたかったのに」
とはいえ、厨房に押し入ってまで食べたい味じゃない。肉は焼きすぎだしソースは子供には酒のにおいがきつすぎたし、世間一般的な飯を食える環境だったらあの料理はそれほど箸は進まんかったと思う。つまりはその程度の料理でしかない。
「まぁいっか」
とりあえず5年の飢えを満たす事は出来た。またこれからしばらくは干し肉生活に戻るだろうけど、俺の手にはゴーレムの魔石がある。これでクーラーボックスでも作って肉を熟成させながら持ってきてもらえるようになれば、いつでもって訳にはいかんけど、新鮮で美味い肉が食えるんじゃないか?
うん。いい考えだ。ぐーたらライフに必要なのは快適な住環境だけど、1日でも長くそれを満喫するためには健康な肉体が必要不可欠なので、適度な運動とバランスのいい食事が求められる。
「よし。頑張るか」
クラーラ―ボックスを複数作れば新鮮な野菜——はちょっと難しいか。そっちは種を入荷して育てるのが手っ取り早いが俺が育てるのは面倒だから住民に丸投げしよう。
「製作」
城を出てすぐにキックボードもどきを作って城を後にする。
一応明かりの魔道具が街灯として機能してるけど、すっかり日が落ちてるし、そもそも魔道具の性能自体良くないっぽいんでかなり暗い。一応貴族街にもかかわらずこの暗さはちょっと問題だね。衛兵の見回りとか大丈夫なのか心配になるレベルだ。
「光源」
「うおっ⁉」
とりあえず視界が悪いんで光魔法で車のヘッドライトみたいにキックボードもどきの前に設置すると、背後から門番の声がしたが気にせず走り出す。
——————
「ただいまー」
「おかえり。随分遅かったじゃないか。ご飯どうするんだい? 竈の火を落としたから簡単なのしか用意できないけど食べるかい?」
「もちろん」
ここの宿泊費には飯の分まで含まれてるんだ。たとえ王宮で食ってきたとしてもそれはそれ。これはこれだ。ここの大将は料理の腕がいいからね。素材の質が悪かろうと美味い料理を出してくれる。
「ハイお待ち」
「こ、これは……」
出てきたのは……砂っぽい色の粉末がかけられた何か。
匂いをかいでみると香ばしいのが感じられる。ちょいと指でつついて舐めてみると間違いない。これはきな粉だな。問題はそのきな粉を何にかけてるか。触ってモチっとした感触があった。もしかして……。
「うん? これがどうかしたのかい?」
「これって……おはぎ?」
うん。水分が多すぎてべちゃべちゃだけど、この触感とモチモチした感じは間違いなくモチ米だね。不味いけど美味い。5年ぶりの日本食は酷い出来でも美味いと感じる。やっぱ日本人だなぁ……。
「悪いけど名前は知らないんだよ」
「じゃあこれはどうしたの?」
「旦那にはアタシに黙って珍しい食材を仕入れ新しい料理を作る迷惑な癖があってね。さっきまで作ってた奴の余りだよ」
困った癖だな。この世界の男連中はロクなのは居ないのか?
「だからあんま美味くないんだ。それでも腹の足しにはなったよ。ありがとー」
久しぶりの日本食はそれはもう満足できた。腹じゃなく心がね。5年も食わないでいるとすっかり興味をなくしたのかなーと思ってたけど、結構執着してたみたいだ。
さて。ある意味満足したんでさっさと寝るかと階段を上ろうとした俺の前に大柄で顔面傷だらけのおっさんが現れ道を塞ぐように立ちはだかった。
「……」
「えっと……なに?」
なんか口がもごもごしてるっぽいけど、何も聞こえない。今は気分がいいんで多少は余裕があるけど、睡眠の邪魔をするんであれば力づくでどいてもらうしかなくなる。
「アンタがもち米ときな粉の使い方を知ってるのかって聞いてるんだよ」
「え?」
どうやら喋ってたらしいけど、結構な至近距離に居る俺が何も聞こえないのに、どうして少し離れてる女将がそれを正確に……かどうかは分からんけど聞こえてるっぽいのが若干怖い。
「まぁ、知ってるっちゃ知ってるよ」
「だったら旦那に教えてやってくれないか? ロクに扱い方も分からず買ってきて無駄にするから困ってるんだよ」
「別に難しい物じゃないしいいよ」
もち米は結構簡単に作れる。まぁ、炊飯器があればの話だけどこの世界にあんな便利家電は存在しない。ワンチャン魔道具があるかもだけど、そもそも米自体ここで初めて目にしたんだ。そんなのないろうな。
「……」
「わー」
承諾した途端に手を掴まれ連行。向かった先は当たり前だけど厨房であって、椅子にちょこんと座らされて、1分もしないうちに大将がもち米が入ってるだろう麻袋を手に戻ってきた。
「おー。たくさんあるね」
すっかり忘れてた鑑定魔法で確認してみると、確かにモチ米って出るね。産地は……ヒノクニ……異世界転生の大テンプレである江戸日本的な場所かな?
「とりあえず作ってみるとしますかね。水球・造形」
ポンと水を出し、そこに計量カップで掬ったもち米を放り込んで軽く――いや、随分と質が悪かったんで念入りに洗って米ぬかを洗い落とす。
後はそれを窯に入れ、適量の水を注いで火魔法で炊き上げれば完成。
試しに一口放り込んでみれば、女将に出されおはぎとは比べ物にならんほど美味いじゃないか。
「……」
「へぇ、こいつは旦那が作るより美味いじゃないか」
「一応知識があるからね。さて……と」
このまま食うのも悪くはないけど、やっぱ食うなら餅にしてこそだ。なので早速土魔法で臼と杵を作って……思いっきり突きまくる! それこそあの高速コンビのように息の合ったコンビネーションで――まぁ魔法なんだけどね。
人知を超えた速度で完成した餅にきな粉をつけて……食う!
「うん。やっぱ餅と言ったらこれだな」
大豆本来の甘味だけじゃ甘味としては不十分だけど、日本人としては喜ばしい味だ。特にきな粉餅は大好物。それが食えるだけでもありがたいぜ。
「……」
「そうだね。なぁアンタ。もしかして料理できるのかい?」
「素人料理だけどね」
日本には無数のレシピサイトがあって、食いたい料理をなんとなーくな感じで検索すれば相当数出てくるんだ。それを見ながら手を動かせば大抵の人間であれば量が作れる。
「何でも構わないよ。今日は遅いから明日時間があったら旦那に料理を教えてやってくれないかい?」
「別にいいよ」
今は眠い。夜もすっかり更けてるし何よりきな粉餅を食って満足してるから睡魔の猛攻がすさまじい。これを解消するためにさっさと寝たいんで、今日は切り上げる事にした。
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