第65話

「……しっかし、いつになったらあのメイドは帰ってくるんだろうか」


 なんやかんやあってもう30分も経ってるっていうのに、護衛もいないって言うのに一向に帰ってくる気配がない。たかが綿や布を持ってくるだけなのにどれだけ時間がかかってんだよ。

 その間王女は、俺がやったみたいに椅子を持ち上げてただひたすらにキープし続ける訓練をしてるんだが、当然うまくいってない。


「あっ!」

「ハイ残念~」


 パキッ! という音と共に椅子の足の1つが割れる。木みたいに脆い物を持ち上げる際は魔力のコントロールがとても難しい。

 その辺を考慮して椅子にしてるが、最終的にはジェンガを鼻歌まじりで自由自在に動かすくらいできれば合格だ。

 そんな訓練を文句ひとつ言わずに続けるのにはもちろん理由がある。

 ジェンガに勝ってばっかりであまりにも暇なんで、ほっとかれてるぬいぐるみに魔法をかけて動かしたところ、王女が滅茶苦茶食いつき、いきなり同じことをしようとしたんで今の訓練をやらせてる。

 まぁ、ぬいぐるみが無残に千切れてもいいなら今やっても構わんよと警告はしといたから無茶はせんだろう。したところで俺は一切責任を持たんがね。


「むー! もういっかい!」

「ムキにならない。無駄に力が入るとぬいぐるみが裂けるよー」

「……分かってるもん!」


 随分とぬいぐるみが気に入ったみたいだな。この様子だといざ汚れたときに洗濯するのに苦労しそうだ。

 普通に手洗いするならまだマシかもしんないけど、魔法でちょっとでも加減を間違えば破れるだろう。そうなればおのずとその魔法を使ったやつは打ち首かな? 自分でやったら自業自得だがね。


「おい! 次は貴様だぞ!」

「ったく諦めないねぇ。いい加減付き合うのが嫌になって来たんだけど?」

「やかましい! さっさとやれ!」

「はいはい」


 ぽっちゃりの文句にため息をつきながら視線を外すと、もう何十度目になるか分からないジェンガを抜いてポンと置く。頭に血が上ってるのか元々の知能指数が低いのか、俺が一度も負けないトリックに全くと言っていいほど気付く様子がない。


「ぐぅ……なぜそんな雑な置き方をして崩れんのだ!」

「俺が持ってきた物だぞ? どうやったら崩れるとかこのくらいなら耐えるとか分かるに決まってるだろ」

「ぐぬぬ……ならおれさまは貴様に一生勝てんではないか!」

「当たり前でしょ。だからもういいだろって言ってんだよ」

「やかましい! さっさと続けろ!」


 そもそも俺は魔法使いだ。無魔法を使えばどれだけ崩れるような形だろうと維持できるし、逆になんて事のない形であっても崩す事は容易な訳で――


「なんだと⁉」


 このように、簡単に勝ちを引き寄せる事が出来る。魔法を使ってると分かる相手にはできない戦法だけど、このぽっちゃりはそれを感知できないのでこうしてワンサイドゲームを展開できる。


「はい。これで俺の20勝目」

「ぐぬぬ……もう一度だ!」

「じゃあお金」

「金をとるのか⁉」

「当然。むしろ無償でここまで付き合ってやった俺の懐の深さを褒め称えないと」

「チッ! ならもういい」


 ようやく気が済んだか。いや、この場合は金を払うの惜しんだとみるのが正しいな。しかしこれでゆっくりと寝る事が――


「お待たせいたしました。綿と布の準備が整いました」

「……ああそう」


 まるで最悪のタイミングを見計らったかのようなタイミングでやってきやがった。メイドの後ろには大きな箱を持った数人の騎士がいる。どいつもひーこら言ってるんで随分重いのか。それとも長距離を歩かされたのか。ご愁傷様。

 さて。改めて箱の中を確認してみると、あるわある綿が大量に。市井にはまったくと言っていいほど出回ってなかったってのにここには潤沢に存在してやがるし、布の方も一級品ばかりだし、中には見た事ない物まで混じってる。


「これだけあれば製作は可能ですね?」

「そうだねー」


 これだけあれば巨大ぬいぐるみも製作可能だが、綿が足りても布が足りない。なので王女が持ってるのと同じサイズで、ポケット――いや、今回は垂れてるパンダにしよう。あれならここにある素材で作れる。

 そうと決まればさっさと作るに限る。そうして後は高級ベッドで心行くまでぐーたらする!


「抽出・成形」


 まずはテーブルにあったトレイから針に必要な分の金属を拝借し、それを針に。

 次に布から白と黒を選択して必要量に合わせて風魔法で裁断。あとは綿を糸にして縫い合わせ、綿を詰めれば……。


「巧いものだな。おれさまの領地に居る魔法使いでもこうはいかんぞ」

「慣れればそう難しい事じゃない。お前のとこの魔法使い、訓練を真面目にやってないんじゃないか? 1回隠れて様子を見てみればいい」


 確かグレッグも、そういう事をして村の力自慢連中が自分が見てない時にサボったりしないか時々確認してると言ってったしね。こういった事にてんで疎い俺からすれば、それが常識なんだろうってしか分からん。


「む? そうなのか? では父上に進言してみるとしよう」

「そうしてみるといいよ。ハイおしまい」


 完成したぬいぐるみをうんうん唸りながら椅子を持ち上げてる王女の視界内に放り投げるとすぐに気づいたらしく、結構な音を立てて落ちた椅子も何のその。ぬいぐるみに飛びついたんだけど、その姿はばっちり側付きのメイドが見ていたわけで、額に手を当てて深いため息をつく。

 まだ7歳だから淑女には程遠い事を憂いてるんだろう。俺からするとまだ7歳じゃんとしか思わんけど、王家ではそうは思わんのだろうね。

 しかし……随分と魔力があったな。パッと見た感じ魔力があるようには見えなかったのに……服に秘密があるのかな?


「ねーねー。この子はなんていうお名前?」

「たれっぱんでいいかなー」

「なんかてきとー」

「じゃあ自分でつければいいよ」

「自分で?」

「そう。人形とか持ってないの?」

「持ってる」

「それに名前とか付けないの?」


 ふむ……この反応を見るに、どうやら王女には人形やぬいぐるみに名前を付けるって習慣はないらしい。別にそれでもいいんだろうけど、情操教育だっけ? そういうのが育まれるんじゃないかな? 知らんけど。

 ま、それは王女が決める事で俺が決める事じゃない。そんな事より仕事が終わったんだからようやく念願の最高級ベッドでぐーたらする時間だ。

 王族が使う物ともなればそりゃあもう贅の限りを尽くして作られてるんだろうなぁ。スプリングベッドとか? いやいやさすがにそれはこの世界じゃ無理だろうから、もしかして魔道具製かな? そうだとしたら俺でも再現できるかも。夢が広がりますなぁ。

 

「了解しました。それでは外にメイドを待機させておりますのでその者についていってください」

「貴女が案内してくれないの?」

「私は姫様のメイドですので」


 その職務をほっぽりだして綿取りに行ったの誰だよと言っても無視するんだろうなぁ。興味ないんで言わんけど。


「って訳だから行くぞぽっちゃり」

「ふざけるな! なんでおれさまがまた貴様を運ばねばならんのだ!」

「あ? ジェンガで20連敗したの誰だ? その罰だと思え」

「ぐ……っ。まだ王宮から出る事が出来んのか。いい加減腹が痛くなってきた」


 この短時間で随分とげっそりしたように見える。さすがに王族とこの距離で遊んだりするなんて思ってなかっただろうからな。心的ストレスが半端じゃないんだろう。とはいえそうそう簡単に帰すつもりはない。何せ俺の足なんだからな。

 って訳でぽっちゃりに飛び乗りメイド先導の元歩き出したわけだけどすぐに足が止まる。


「ここでーす」

「隣じゃん! これなら自分で歩けばよかった」

「用が済んだな? じゃあおれさまは先に帰らせてもらう」


 それを言い残すと逃げるように去って行った。チッ! ぽっちゃりのくせに逃げ足の速い野郎だ。

 しかーし! 今の俺にはあんな奴はどうでもいい。何せこの奥には王家御用達の高級ベッドが待ってるんだからな。


「どうぞー」

「おお! すごいベッドだ!」


 部屋自体はなんかせまっ苦しく感じるが、そんな事はどうでもいい。ベッドだよベッド。

 サイズはキングサイズくらいで、シーツは絹かな? さらさらとした手触りはうちの麻のシーツとは比べ物にならん。

 それと敷布団に使われてる綿の量もえげつない。泊まってる宿も綿を使ってたけど、これは比べ物にならない。そのおかげでぐっと体重をかけると大きく沈み込むんだが、俺としてはあまり柔らかすぎるのは好きじゃないんだよな。その点はちょっと減点対象だ。

 掛け布団は大きく綿も潤沢に使ってあるんでかなり重い。重いんだが、個人的な好みには合致する。薄くても十分すぎるくらい暖かい掛け布団とかも使ったんだがどうにも肌に合わんかったな。


「気に入ったー?」

「うーん……76点ってところかな」

「厳しいわねー」

「好みに合わないだけだよ。とはいえ藁のベッドと比べれば好みだから眠らせてもらうよ」


 ふっかぁ……とした感触に全身の疲れが溶けていくような感覚に包まれるけど、すぐに体重が腰のあたりに集中するせいで――ぐぅ……。

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