第64話
「さて……それでは話をしましょう」
結局すぐと言ってた部屋は会場から歩いて20分もかかるような長距離だった。危ない危ない。鵜呑みにしてたら愕然とするほど移動させられる所じゃないか。やはり俺の勘は間違ってなかったようだ。
とは言え担いでもらったんで動く必要はなかった。まぁ、道中にすれ違う兵士やメイドに変な目を向けられたけど気にするような性格じゃない。
むしろぽっちゃりが逃げないかをキッチリ見張る事に注目して、そんな素振りがあれば魔法で無理やり連行する予定だったけど、こいつもちゃんと案内された部屋でソファに腰を下ろしてガチガチに緊張した様子でティーカップに入れられた紅茶を飲んでる。ちょっと拍子抜けだ。
「そんな事よりベッドは?」
そう。案内されたこの部屋にベッドのベの字もない。広くはあるけどがらんとしてるから待機所みたいな場所なんだろうが俺はそれだけのためにわざわざこんな超長距離を移動してきたんだ。
「話が終わってからです」
「騙したって事でいい?」
王家御用達のベッドに寝れるって聞いたからこんなとこまで来てやったんだ。これはもうそういう事だろう。
「失礼ですね。要件が終わり次第案内いたしますよ。貴方みたいな人は先に報酬を払うのは悪手でしょうからね」
チッ! どうやら王宮には俺みたいにぐーたらの心を持つ奴がいるらしいな。おかげでいい迷惑を被ってしまった。
「まぁいいや。それで? ぬいぐるみだっけ?」
「うん! もっと欲しいからいっぱい作って!」
「無理。はい。話はこれで終わりだからさっさとベッドに案内して」
「そんなのが通用すると思っているのかしら?」
「じゃあ布と綿。それと製作代金として金貨5枚。それを用意すれば月に1体ならぬいぐるみを用意するかもしれないかなー?」
ぬいぐるみ作りはそこそこメンドイし、そもそも材料が無けりゃ作ること自体無理だし、無制限に作るなんざぐーたらライフの流儀に反するんでちゃんと制限を設ける事も忘れない。
これを忘れると、最低でも俺の人生数年間はぬいぐるみ職人として消費されてしまうだろうからな。
「そのくらいの要望でしたら通す事は可能ですのですぐに材料を用意いたしますので急ぎ今月分を作成するように」
悩む素振りもなく勝手に決めたメイドは、軽く会釈をしたら部屋を出て行った。
そんな事をされると当然俺達は残される訳で……面倒な王女の相手をせにゃならん。
「ねーねー。遊ぼ遊ぼ遊ぼ」
7歳で遊び盛りなのか知らないが、とにかくうるさい。グングン袖を引っ張ってくるんでガクガク揺れて凄くイラつく。これが村の子供だったら拳骨の一発でも見舞ってやるんだけど、相手は王族だからな。
「じゃあおやすみ勝負。誰が1番速く寝れるか競争だ」
「そんなのつまんない! そっちの! 遊んで!」
「お、おれさ――じゃなくてわたしですか!」
「ぶは! 私とか似合わねー」
「う、うるさい! というか貴様はもう少し王家に対する尊敬というものはないのか!」
「父さんはあるらしいけど俺はまったくないって言ってもいいんじゃないかなー。そんな事より、遊びだったらさっきのでいいんじゃないか?」
ジェンガであれば何かと動き回る必要はなくなるし、最悪簡単にルール説明をしてしまえば後はぽっちゃりと王女で出来るだろう。
「あぁ。あの変な奴か」
「変とは失礼だな。ならそのイメージ――印象を変えるためにもあれで遊ぶとしよう。それなら付き合うけどどうする?」
「……じゃあそれでいい」
なぜぶすくれるのか分からんが、これで何とか動き回るような面倒な遊びに付き合わされる心配はなくなった。
さて。当然ながらぬいぐるみ以外を持ち歩いてなかった王女の手にジェンガがあるはずもないんで、一応中を確認してから使われてないだろう棚の内部の板を魔法で引っぺがしてそれでジェンガを作る。
「貴様……そんな事をしていいと思っているのか?」
「思ってないからこうして見つかりにくい場所のを選んで拝借してるんだろ。姫様も内緒でね。あのメイドに怒られたくないだろ?」
「分かった!」
ニッコリ笑顔で答える一方。頭を押さえて酷く辛そうな表情をしてるぽっちゃりがちらりと横目に見えるけど、気にも留めずにジェンガの準備を済ませる。
「じゃあさっそく始めるか。まぁ、といっても普通にやったんじゃ面白くない。そこで、負けた奴は罰を受けてもらおうか」
「罰? 打ち首?」
「それだとここには俺しか残らなくなるからもっと軽い罰だね。とりあえず罰は後で決めるとしてまずはやってみよう」
という訳でジェンガ対決のスタートです。
「まずは誰からやる?」
「何かを始める場合、経験者が手本を見せるのが基本だ」
「なるほど。じゃあ俺から始めるかね」
まずは最初なんで普通に1つを取って置くだけ。
「こんな感じで1つ取って一番上に互い違いになるように積み上げて、崩したら負け」
「単純だな。もし取れなくなってしまった場合はどうする」
「そうなる事はほぼないけど、そうなったら最後に乗せた奴の勝ちって事で2人罰だね」
「理解した。では次はおれさまが行くとしよう」
そういって下の方から引っこ抜いたんだが、ルールを知らないが故の弊害としてその形が大きくゆがみ、そうなると当然のように文句を言う人物が――
「あっ! ずらした!」
「なっ! ち、違います! まさかこれほどまで不安定な物だとは思いもしなかっただけで決して悪意があったわけではございません!」
「まぁ、そうするのも戦略の一つだ。ほら、次は姫様だよ」
「そうなの? じゃあわたしも!」
ぽっちゃりに倣って王女もジェンガをずらそうとしたが、勢い余って普通に崩してしまった。よく知りもせずにそんな暴挙に出るからそうなるんだよ。やはり子供ってのはこんなもんか。
「はい。姫様の負けね」
「むーっ! つまんない!」
「それは自分が崩したからだろ。ほら。罰として自分で拾って」
さてどうするかとしばし見つめあいが続いたが、自分が悪いと理解してるのかそれ以上文句を言う事なく散らばったジェンガ拾い始める。
「おい貴様! 姫様にメイドのような真似をさせるつもりか!」
そう怒鳴り、疲労手伝いをしようとするぽっちゃりを魔法で拘束。
「負けは負けだ。こういう厳しさを教えるのも教育の1つだ」
「まるでジャックのような事を言うな貴様は。というか手伝いはせんからこの動けなくなるのを何とかしろ」
「さーてなんの事やら」
なんてやり取りをしてる間に王女が全てのジェンガを拾い集めたんで、後は魔法で最初と同じように積み上げる。第2回戦の始まりだ。
「魔法だ! いいなー」
王女が1つ抜いて上に。少しズレたけど崩れるほどじゃない。
「姫様は使えないの?」
「使えるけど時間かかるの。早いお前がうらやましい。どうやってるの?」
「怠ける事かなー」
質問に答えて俺も抜く。そして置く時にわざとズラす事で次の奴がやりにくくすると、その被害者たるぽっちゃりがギロリと睨んできたが気にしない。これは罰ゲームをかけた戦いだからな。
「なんだそれは。ウチの領にも魔法使いが数人いるが、上手く扱うために毎日訓練を欠かしていないんだぞ」
ぽっちゃりが恐る恐るといった様子でジェンガを抜いて置く。
「訓練の方法が違うってだけ」
「どーやるの?」
「その前に、姫様の使える属性って何?」
「えっとねー。氷と火と無」
「おぉー。それは便利極まる魔法だが扱いが難しい魔法だ」
火は当たり前だが火力を間違うと火傷するし、氷は凍傷だし無魔法は力加減をコントロールできないとあっという間に魔力が空になってぶっ倒れる。
しかし、それらが自由自在に使えるようになれば、夏は涼しく冬暖かくが簡単だし、無魔法であれば扉の開け閉めから移動まで楽にこなせるようになる。快適なぐーたらのためには必要な3属性だ。
「まずは無魔法で魔力の操作を上達させた方がいいね。他は失敗した時危険だし」
「フールも同じ事言う。でも言ってる事むずかしーからよく分かんない」
「それは教え方が悪いんじゃない?」
「じゃあお前はどうやったの?」
「普通に物を浮かせてただけだけど」
こんな風にと前置いてからジェンガを魔法で引っこ抜く。
「わー! すごーい!」
「まぁ今の姫には無理だろうから、まずは椅子でも――」
「わたしもできるもん!」
そういうとすぐに詠唱をはじめ、ジェンガを引っこ抜こうとしたんだが、結果は当たり前だけど大失敗。ジェンガはバラバラに飛び散り、罰ゲームとして魔法で拾わせた。
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