第63話
「ふぅ……何とか切り抜けられたな」
あれから絵本だったりジェンガだったり石像だったりをプレゼンしてみたけど、ぬいぐるみを先に手に取ったせいかジェンガと石像の食いつきは悪く、絵本に関してはじっと眺めてたから興味がない訳じゃなさそうだけど、ぬいぐるみには劣る感じだった。
とりあえず成功と言っていいだろう。それに比べて隣を歩くぽっちゃり息子は完全にプレゼントの存在を忘れられてたからな。非常に落ち込んでるようだ。
「誰のせいで危ない目にあったと思っている! 貴様のせいで屋敷に帰ったら父上に説教させるんだぞ!」
「そんな事は知らん。俺はきっと褒められるだろうな」
何せ招待客の中で唯一満面の笑みでのありがとうを返してもらったんだ。その事を話せばヴォルフの俺に対する評価も爆上がりだろうし、たとえ信じるような事が無くとも報告会とやらで王女から王様。王様からヴォルフにって感じで話が伝わって、俺はよくやったと褒められるだろう。
「くそっ! こんなことなら貴様なんかと行動を共にするんじゃなかった。しかもよりによってあの成り上がり貴族とはな。父上になんて説明すれば……」
「はっはっは。最初にちゃんと名前を聞かなかったお前が悪い」
この会のせいで、このぽっちゃりは俺と仲がいい貴族的な感じで認知されただろう。
こっちとしてはなんも困らんが、こいつにしてみればいい迷惑だろうな。まぁ、最初に俺がどこの家の人間かを尋ねなかったのが悪いので、こっちに非は一切ないんで謝罪する気はゼロだがね。
「さーて……贈り物も渡したし、もう帰っていいんだよな?」
正直言えばまだまだ食い足りない感じもするけど、多少は満足したからか眠気の方が勝ってきたんで、さっさとこんなところからおさらばしてベッドで夕方まで寝たい。
「いいんじゃないか? 本来であればこれからは同派閥の貴族との繋がりを強固にしたり、新たな貴族との友好を結んだりするためにするものになるのだが、貴様のような成り上がり貴族などと友好を結ぶようなものなど居ないだろうからな」
確かに。そんな場所に居たところで俺は何もするつもりはない。ここに居るのはあくまでヴォルフが王家に忠誠を誓ってますよって意味しかない訳で、ぐーたらライフを送るのにそういう付き合いは弊害でしかない。
しかし……ここで帰宅して後で文句を言われるのもまた面倒。ここはひとつ言質を取っておくか。
「再確認だが、本当に帰って大丈夫なんだな? 後で王家から文句言われたら迷いなくお前の家の名前を出すが構わないんだな?」
「うぐ……っ。そういわれると貴様を帰す訳にはいかんな」
「じゃあ……俺はあの辺で寝るから、会がお開きになったら起こして」
「なぜおれさまがそんな事をしなくてはいかんのだ」
「なんて学習能力のない男だ。置いてけぼりをくらって近衛兵に発見されたらお前に置いてかれたと喚いてやるからな」
「分かった! 分かったから脅すな! ったく……なんて性格の悪い奴だ」
ぶつくさ言いながら俺から離れていくぽっちゃり。さて……後は光魔法で姿を消して端の方でぐっすり寝るとしよう。どのくらいやるのかは知らんが、何時間かくらいは寝れるだろう。
ここ最近ロクに寝る事が出来なかったから目をつぶれば――ぐぅ……。
——————
「——い。おーい……」
ぐに……っ。と何かに押される感覚が。あとどこかで聞き覚えのある声がする。体感的にあんま寝た気がしないんだが、もう終わったのか?
「ねぇねぇ。何も見えないけど本当に居るの?」
「も、もちろんでございます女王陛下! このファッチ・レスリー。しかとあの男がこの辺りで誕生祭が終わるまで寝ると口にするのを聞いておりますので間違いはございません! それにたった今発見いたしました!」
なるほどそういう事か。おおかた姫さんにぬいぐるみに関して根掘り葉掘り聞かれたんだろう。
だが、このぽっちゃりは運悪く俺に目を付けたせいで振り回された被害者に過ぎないんで知る訳がないから、結果として俺を探し回ったってところだろう。だがそう簡単に見つかってやるつもりはない。何せまだ会が終わった訳じゃないさそうだからな。
「ぬっ⁉ 貴様逃げるな! どこに行った!」
「右に半メートルほどです」
「なっ⁉」
「そこかぁ!」
メイドの助言で的確に突いてきたぽっちゃりの一撃を紙一重でかわす。あのメイド……なかなかやりおるわい。
これ以上隠れてても気配が読める奴が相手とあっては分が悪い。金輪際王都なんかに来るもんじゃないな。本当に安眠できん。
「なに?」
「何ではない! 王女殿下がお前に用があるとの事だ」
すでに目的は分かってるようなモンなんだけどな。さっきあげたぬいぐるみをムニムニしながら目を爛々と輝かせてるからな。
「もっとぬいぐるみが欲しい!」
「もうないですけど?」
「じゃあ作って!」
「面倒なんで嫌です。隣のメイドにでも頼んだらどうですか?」
魔法であれば数時間で終わる作業。正直言ってこんな事が無い限り何度もやりたい作業じゃない。なので手先が器用そうな人物に白羽の矢を立ててみたんだが、本人はバツが悪そうに眉間にしわを寄せてそ……っと顔をそむけた。
「メアリー不器用だからダメ」
「じゃあ誰か手先の器用なメイドに頼めばいい。俺は眠いんでそういうのは受け付けてませんので。それじゃあ」
俺は寝たいんだ。それを邪魔するのは勘弁してほしい。大きくあくびをしながら床に寝転がろうとしたんだが、首根っこを何者かに掴まれた。
「ちょっと別の部屋でお話ししましょうか」
犯人はニッコリ笑顔で物凄い迫力を醸し出す姫付きのメイドだ。5歳の子供とは言え男の俺を片手で軽々持ち上げるとはね。
「嫌だと言ったら?」
「あら残念。せっかく王宮にしか存在しない最高級ベッドに寝かせて「是非お供します」」
王宮にしかない最高級ベッドだと! しかもそれに寝かせてくれるだなんていったら、ぐーたらライフを信条とする俺ならついていくしかないっしょ!
「それではついて来てくださいね」
「どのくらい?」
「すぐです」
こういう場合のすぐを信用するような俺じゃない。嫌な予感がするんで自分に出来る最速の動きでぽっちゃりの背後を取ってのしかか――
「なんだ急に」
ぽっちゃりのくせに意外と素早いな。俺の動きを察知して咄嗟に躱すとは……こいつは動けるタイプのぽっちゃりか?
「歩くの面倒だからお前に運んでもらおうと思って」
そういって背後を取ろうとするも、こっちの意図を察したらしいぽっちゃりは俺を正面に捉えた状態を維持するような態勢を崩さない。
「すぐだと言ってるだろ。そのくらい歩け」
「お前は分かってないな。こういう場合のすぐってのはほぼ確実に嘘なんだよ」
「そんな事は知らん。そもそもなぜおれさまが同行せねばならんのだ」
「動くのが面倒だから移動係として」
「ふざけるな! おれさまはれっきとした貴族だぞ! なぜそんな事をしなくてはならんのだ!」
「んなの決まってんじゃん。誰のおかげで王家の顔が売れたと思ってんだ? それに対する礼の心というものはないのか?」
今日この場に居る貴族のガキ連中の中で、姫に顔を覚えられたランキングってものを作るとするなら、間違いなくこのぽっちゃりは俺と行動を共にしてたおかげで2位にランキング入りしてるはず。
このおかげで、このぽっちゃりの家は王家に糸みたいに細い物だけどパイプが出来た。これは一般的な貴族にしてみれば値千金の出来事なんじゃないか? かけらも興味がないんで確証は持てんがね。
「うぐ……っ。確かに貴様と行動を共にしなければこうはならんかっただろう」
「なら俺を運べ。嫌なら1つ貸しでもいいぞ?」
俺はどっちでもいいから早くして欲しいなーとか考えてたら襟首をむんずと掴まれた。
「いつまでやっているのです」
「文句があるならこいつに言って。人に借りがあるくせに俺を目的地まで運んでもくれないんだから」
「では僭越ながら私が運びます」
そう宣言するとひょいと俺を担ぎ上げ、すたすたと会場内を歩きだす。
そんな光景に周囲に貴族連中の反応は様々だけど、概ね蔑みの視線が多かったね。
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