第62話

「うん。どれもこれもそこそこ美味い。おいぽっちゃり。もう一周行くぞ」

「ま、まだ食うのか⁉ おれさまはもう腹いっぱいだ」

「太ってるくせに情けない男だな。じゃあそろそろ挨拶に行くとするか」


 ちょこちょこ休憩をはさみながらじっくりたっぷり飯を食ったおかげで王女の前は随分とスッキリした。

 とはいえゼロにはならなそうなんで、そろそろ挨拶しとかんと会がお開きになったり王女が出て行っちゃうかもしれんしな。さっきから御付きのメイドがぐずってる姫を何とかなだめようと必死だし。


「ようやくか。正直いつここを出て行ってしまわれるかひやひやしてたぞ」

「だったら1人で行けよ」

「馬鹿を言え。貧乏人の下僕である貴様が王女殿下に対して不敬を働かないかどうか確認をせねばならんのだから」

「1人で行くのが怖いだけだろ。さて……さっきのメイドはどこかなーっと」


 ぐるっと辺りを見渡してみると、端の方でなんかじーっとしてんな。目が鋭いのは相変わらずだが、その手にあるはずのプレゼントが一つ残らずなくなってるのはどういうことだ?


「ちょっと待ってろ」


 ついてこられても迷惑なだけなんで、スクランブル交差点で鍛えた人ごみを抜ける技術を駆使してするするとガキ連中をかき分けつつ徐々に光魔法で姿を薄くしていきながらメイドに近づく。

 しっかしこうしてみると本当に目つきが悪いな。眉間に深いしわがあってピリピリとした空気を纏ってる。他のメイドはせわしなく動いて苦笑いだろうと笑顔を絶やしてないのに、この人だけはなぜか違う。


「……大丈夫のようですね」

「何が大丈夫なの?」

「っ⁉」


 声をかけると同時に迷彩を解除したら、なぜか傍にあったナイフを逆手に持って振り抜いてきたが、頭上数十センチの辺りを通過したんで一応怪我はない。


「随分な挨拶だね。そろそろ王女様にお祝いの言葉を述べようと思うんだけど俺の贈り物どこやったのさ」

「……さっきのガ――お客様ですか」

「今ガキって言いかけてなかった?」

「先程の預かり物でしたらこちらに保管しております」


 俺の疑問を完全無視して淡々と話しを進めるとは……どうやら図星だろうが非を認めるつもりは欠片もないらしい。どこに隠してたのか知らんが次から次へと預けてた荷物が吐き出される。


「ありがと。ところでさっきの大丈夫って何?」

「お客様には関係のない事でございます」

「あっそ」

「おい! このおれさまを置いていくな! 下僕は主人であるおれさまに付き従うものだろ!」


 ここでようやくぽっちゃり息子が追い付いてきた。横にデカい体形を揺らしながらなんで相当数ぶつかったんだろう。背後を見やると眉間にしわを寄せたガキが多数こっちを見てやがるが文句を言う素振りがない。


「……」


 こいつもしかして……上位貴族か? そうだとするなら後ろの連中が文句を言わないとういう理由も納得できるんだが、それにしては服の仕立てが招待客の中では雑っぽく見える。


「何だ?」

「なんも。じゃあ行くか」


 ま。別に上位だろうが何だろうがやる事は変わりない。さっさと挨拶を済ませてそろそろひと眠りすっか。


「お、おう。特別におれさまの前を歩く許可をやろうではないか。ありがたく思え」

「怖いならそう言え」

「ば、馬鹿を言え! 多くの騎士を輩出しているスターク家の次男として恐れるものなど何もない!」

「じゃあ前を歩きゃいいだろ。下僕は下僕らしく背中を守ってやるからよ。王女のところに行くのが怖くないって言うなら何の問題もないよな?」


 ニヤリと馬鹿にしたような笑みを浮かべるだけで、プライドを刺激されたぽっちゃり息子は顔を真っ赤にして「ついてこい!」と鼻息荒く歩を進める。チョロいな。

 だが、そんな威勢の良さも王女に近づくにつれて徐々にしぼんでゆくが、俺が後ろから蹴っ飛ばしつつ強引に距離を縮めさせてよう約3メートルくらいの距離までやってきた。

 この辺りまで来ると王女の顔立ちがはっきりとわかる程度にはよく見えるし、隣でぶぜんとした表情で立ち尽くす騎士が鋭い目つきで睨みつけてくるし、困り顔のメイドからは魔力を感じる。

 さて……困ったな。こういう場でのあいさつの仕方が全く分からん。といってもいつまでもぼっ立ちでいるといらぬ不信感を与えかねないんでとりあえず経験ありそうなぽっちゃりに手本を見せてもらおうか。


「ほら。さっさと挨拶しろよ」

「なんでおれさまが先なんだよ」

「こういう場に出るのが初めてから知らん。だからさっさとやれ」

「貴様……」


 ここで言い争いをしても俺はいいんだが、こいつの場合はそうはいかないだろう。騎士が咳ばらいを1つしただけで電気ショックでも受けたかのようにビクッとしたかと思うと胸に手を当てて片膝をついたんで同じようにする。


「本日は王女殿下の誕生を祝う場にご招待いただきまして光栄でございます」


 そういったぽっちゃりに対し、隣の騎士がその正体を姫ちゃんに耳打ちしてる。


「ありがとー。レスター・スターク男爵によろしくねー」

「父に伝えさせていただきます」

「……お前男爵の息子だったのか。俺と同じやないかい!」

「今更か⁉ というかここでその話の必要性はないだろ!」


 おっとそうだった。あれだけ貧乏人貧乏人言ってた割に自分も下位貴族だったんじゃねぇかって衝撃が強すぎてうっかり突っ込んでしまった。これに関して追及の手を緩めたくないが、メイドと騎士の視線が痛いんでさっさと挨拶終わらせるとしますかね。


「こっちも以下同文でございま――痛っ!」

「そんな簡単な言葉で済ませるな!」

「同じ気持ちなんだからいいじゃん別に」

「貴様には王家に対する忠義はないのか!」

「そこそこだな!」


 実際はゼロに等しいが、そんな事を言えばそこに居る騎士に斬りかかられそうだからな。そこそこといえば良くもないが悪くもない。そんな風にとらえてもらえるだろう。


「偉そうに言うな! おれさままで同類に思われたらどうするつもりだ! 父上に顔向けできんではないか!」

「その辺は俺の知ったこっちゃない。ボッチだったのを呪うんだな」

「貴様等! 誰の御前で騒いでると心得るか!」


 見かねた騎士が会場中に響き渡るような怒声を張り上げる。

 そのせいで会場は一瞬静寂に包まれたが、すぐに後ろの方から笑い声だったり小馬鹿にしたようなつぶやきが聞こえるが俺にはうんともすんとも通じないんだが、隣ぽっちゃりは顔を真っ赤にして睨んできてるからおとなしくするか。


「王女殿下の御前ですけど?」


 ありのまま事実を伝えただけなんだが、騎士は歯ぎしりをしながら顔を真っ赤にしてるし、メイドは肩を震わせて笑いを我慢してるようにしか見えん。横のぽっちゃりに至ってはさっきまで赤かった顔が真っ青になってる。


「貴様はどこの家の者だ」

「カールトン家の次男。リックです」

「そうか。その名、しっかりと陛下にご報告させてもらう」


 そんな変な事を言ったつもりはないんだが、どうやらビジネスマナーとしては失敗だったらしい。ここはさっさとプレゼントを渡して退散するとしよう。


「そんな訳ですんで、こちら贈り物になりますからお納めください」


 ずずいと邪魔なくらいの量があるプレゼントを王女の前に差し出すと、ぽっちゃりも遅れて魔法鞄を差し出すが、王女の目はこっちのにくぎ付けだ。特にポケットなピカーと鳴く電気ネズミをじっと見つめたままだし、隣のメイドも目をキラキラさせてる。


「かわいー♪ これ、なに?」


 さーてどうしたもんか。王女の問いかけに答えてもいいんか? といった意味を込めて目線を騎士に向けると、怒りがまだ収まってないながらも言ってもいいぞって意味だろう頷きを確認した。


「それは魔物を模したぬいぐるみです」

「こんな可愛い魔物が外にいるの⁉ 見てみたい!」

「世界を探せば存在するのかもしれませんが、少なくとも俺は知りませんね」

「じゃあこれは?」

「オリジナル――俺が考えた存在しない魔物……ペカッチューとでも名付けますか。気に入ってもらえました?」

「うん! すっごく可愛いもん♪」


 よしよし。手ごたえは十分だ。もふもふ叩いたりぎゅーっとしてみたりと、さっきまでのふくれっ面が嘘のように笑みに代わってる。あとのプレゼントがハズレでもこれだけでも十分だろう。

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