第61話

「ほえー。さっすが王族だな」

「当然だろう。この国を治める御方たちの住まわれる場所だぞ」


 会場はあの時に王様と密会をした部屋の数倍は広いし、精緻に織り込まれた絨毯が床一面に広がってて、天井には豪華な魔道具製のシャンデリアが数台ぶら下がってて、いくつも並ぶテーブルには前世で見覚えがあるような料理がずらりと並んでて、取り皿も木製じゃなくて銀製で、おまけに花の模様が刻まれてる。これ1枚で一体いくらになるんだろうか。

 だが、そんな料理にほとんどのガキ連中は目もくれない。俺みたいな赤貧貴族と違って懐に余裕があり、かつ食事に困らない食生活を送っているからだろう。目算で8割程度の連中は会場の一番奥の方で大量のプレゼントの横でつまらなそうにしてる子供への自己アピールに執心してる。


「あれが王女か……」

「美しいな」


 ふわっふわのプラチナブロンドのロングヘアーに、日焼けすら知らないようなきめ細やかな白い肌。

 くりっくりの金色の瞳に不満があるのか頬をぷっくりと膨らませて玉座みたいな椅子に座って足をプラプラさせてる。

 将来はかなりの美人に成長するだろうが、今は教育が行き届いていないわがまま姫にしか見えない。ああいうのに関わり合いになるのは御免なので、さっさと挨拶を済ませたいところだが、やはりこういう場所に来た以上は美味い飯を腹いっぱい食うのが礼儀ってもんだろ。


「ってかいつまでついて来るんだよ鬱陶しい暑苦しい」

「フン! このおれさまが貧乏人である貴様にこういった場での立ち振る舞いを教えてやろうというのだ。ありがたく思うがいい」


 偉そうに胸を張る姿になにも思わんが、近づいてくる奴どころか目を向ける連中もいない。どうやらこいつはこいつでいろいろと拗らせてるようだ。主に親の影響だろう。


「ただぼっちなだけだろ?」

「ぼっちとはなんだ? 意味は分からんが聞くと不快になる」

「友達がいない寂しい奴って意味だよ」

「ち、ちがうわ! このおれさまには下僕が居るからな。友など必要ない」

「あっそ。じゃあ俺は飯食うからついて来るなよ」

「何を言うか。下僕の面倒を見るのも主人であるおれさまの務めだからな」


 とか言いながらしきりにあたりをきょろきょろしてる姿は不安の表れかな。この性格じゃあ友達なんかできないだろうし、きっとずっとついて来るだろうな。やれやれ……厄介なガキに目をつけられたもんだよ。

 さて……部屋の端の方には邪魔にならないようにコックが複数いて、その前に一品づつ料理がある。どれもこれもこの世界の物とは思えんくらいには美味そうなものばかりが並んでるわけだが、やっぱ真っ先に食うとしたら肉一択だ!

 しかし。その為にはこの邪魔なプレゼントの類をどっかにやらなきゃならん。


「そこのメイドさん。王女への贈り物ってどうすりゃいいの?」


 たまたまそばを通りかかったメイドに声をかけると、なぜかビクッとしてこっちをゆっくりと振り返った。随分と目つきの悪いメイドだけど、ここに居るって事は優秀な部類に所属してるんだろう。じゃないと王宮のメイドは質が悪いと陰口をたたかれるだろうからね。


「……挨拶の時に一緒に渡していただければよろしいかと」

「じゃあその間飯食うなって事? 食うに困る貧乏貴族だからこういう時に腹いっぱいうまいもの食いたいんだけど」

「だったらさっさと挨拶を済ませればいいだろう」

「あんな中に突撃していけと? お前1人でいけよ」


 ちらっと見るといまだに数多くの貴族のガキ連中が蠢いてる。敵しかいないと言ってもいいこの中であんな中に突っ込んでいくのは面倒以外の何物でもない。

 プレゼントは手放したい。しかしあの場に行くのは非常に面倒臭い。となるとこの大量の贈り物を代わりに預かってくれる人物が必要だと思うんだよなぁ……と口には出さないがじっと目つきの悪いメイドをじっと見つめる。


「じゃあ……私がお預かりいたしましょうか」

「そーしてくれんならよろしく。邪魔なのがいなくなったら返してもらいに行くね」


 預かってくれるというのであればありがたく頼らせてもらおう。邪魔プレゼントを全部メイドに押し付け、これで悠々と美味いだろう料理にありつく事が出来る。


「しっかし……よくあそこにメイドがいると分かったな」

「え? 普通に仕事してたでしょ」

「そうか? おれさまはまったく分からなかったぞ」

「それはボケっとしてるだけだろ。太ってるから気付かないんだろ」

「違うわ! それにおれさまは太ってるわけでは決してない。その辺りは勘違いするなよ」

「はいはい」


 言いたい事はあるが、そんな事より大切な事が目の前にはたくさんある。まずは何はなくとも肉だろう。何せうちでは運搬の関係上、肉も野菜も新鮮な状態では手に入らない。なので喰うとしたらやっぱそれ一択よ。


「肉くださいな」

「おれさまにも頼む。大盛りでな」

「かしこまりました」


 いくつかある肉コーナーの中から俺が選んだのは、ステーキっぽい奴だ。デン! と鎮座する肉の塊から必要分を切り出して焼き、残った肉汁に赤ワインやらなにやら足してソースにしたものをかければ完成だ。


「おー。美味そうだ」

「うむ。おれさまが普段食してる物より多少良い肉だな」


 戯言を無視してまず一口。うん……ウェルダンを超えて焼きすぎだからかなり硬いし肉汁も大して感じない。とはいえ肉自体が今まで食ってきた物と比べて天と地ほどの差があるんで食えなくないし、パサパサ感もたっぷりと塗られたソースのおかげでいくらかマシだ。

 欲を言えばあのワインを飲みたいが、子供俺が言ったところでくれるとは到底思えんからあきらめよう。


「……お代わり」

「おれさまもだ」

「早っ。そんなだから太るんだぞ」

「おれさまは太ってなどいない! 貴様が貧乏故に細いだけだ。というか貴様の方がお代わりするのが早かっただろうが!」

「ところでこの肉って何の肉?」

「これはシルバーバックブルの肉でございます」

「シルバーバックブル? 何それ」


 コックが言うには、南方に生息するそこそこ危険な魔物らしく、狩るには少なくとも銅級の実力が必要とされ、毎年十数人の新人冒険者はこれに似たより弱い魔物であるホワイトバックブルって魔物と間違って殺されるそうだ。

 その肉質は柔らかくてジューシーなので裕福な庶民や貴族に人気があるらしい。


「さすが貧乏人。このような事も知らないとはな」

「そーだねー。そう聞いたら腹が破れるくらい食っておこう。お代わり」


 その程度の嫌味が俺に通じると思ったら大間違いだ。それに、今はそんな無駄話をする暇があったら1グラムでも多く肉を食いたい。裕福な庶民や貴族が食うような高級肉なんざこの先何年も食えないだろうからな。


「……」

「ん? なんだ」

「そういえばお前は王女への贈り物持ってないよな? 贈り物なしで来たのか?」


 パッと見ただの小太りでしかないガキだが、出会った当初から何かを持ってる気配はどこにもなかった。

 チラッと王女の周りを確認しても、順番待ちのガキ連中の手にはシッカリとプレゼントがある。まさかこいつ……俺がやろうとしていた事を実践するっていうのか? 羨ましいぜ。


「馬鹿を言え。王女殿下の誕生祭だぞ? 贈り物を持参せずに祝福の言葉だけで済まそうなど、王家への忠誠が疑われる行為をするわけがないあろう」

「でも、お前なんも持ってないじゃん。まさか自分が贈り物だというのか?」

「馬鹿か貴様! そのような事をたとえ冗談であろうと口にするな!」

「じゃあ何を持ってきてんだよ」

「ふふん。聞いて驚け……魔法鞄だ!」


 じゃじゃーんって効果音が脳内だけで再生されるのを聞きながらぽっちゃり息子が服の中から取り出したのは、よれよれの革製の肩掛けカバン。そういえば石屋の爺さんも似たような鞄持ってたっけ。


「珍しいのか?」

「当たり前だろう。魔法鞄はエルフだろうと製作不可能と言われるほどの魔道具であり、ダンジョンからしか入手する事が出来ない物だ。それに加えてこれは容量がかなり豊富なのに加えて時間の流れを半分くらいにしてしまう代物。購入するとなると白金貨50枚はするだろう」

「……すごいなー」

「ふふん。そうだろうそうだろう。ま! 貧乏人のお前には一生かかっても手の届かない高級品だからな」


 確かに高級品ではあるが、それをあの姫が欲しがってるかどうかは別だ。まぁ、親は喜ぶだろうな。

 それに比べて俺のプレゼントは完全に子供向け。親はまったくと言っていいほど喜ばな――いや、ぬいぐるみはワンチャン王妃も気に入るかな? とにかく目の前の子供を喜ばせるという点で俺の勝利は揺るがんだろう。

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