第60話

「ふあ……っ。めちゃくちゃ眠い」


 今はお昼。

 あれから何とか絵本とぬいぐるみを作り終えた訳だが、終わったのは耳が痛いくらいの静寂が流れる丑三つ時。ハッキリ言ってそこまで5歳の子供を起こし続けるのは完全に幼児虐待の部類に入るだろうが、ここは異世界なのでそんな地球の常識はかけらも通用しない。

 王都に来てから平均睡眠時間が驚くほど少なってるせいか寝不足過ぎて、さっき顔を洗う時に使った水魔法に映ったんだが、目の下に凄いクマが出来ててびっくりしたのと同時に懐かしい記憶を思い出して超バットテンションです。

 ここで病気の一つでも罹ればドタキャンでも出来たかもしんないんだけど、神の仕業か生まれてこの方病気をした事が無いんだよなぁ。頑丈な肉体がこういう時は憎らしい。


「シャキッとしろ。王女殿下の御前で無作法な真似はするなよ」

「だったらもっと寝かせてよ。正直ここまで働かされるなんて思ってなかったから過労死しそうなんだけど?」


 ゴーレムに関しては自分の意思でやった訳だけど、王様に会ったり布の価格を調査したり絵本を描かされたりと言った部分は完全にヴォルフのわがままでしかない。

 これに報酬がついてればまだ頑張ろうと思えるけど、一式の購入資金はいわば俺のあぶく銭を使って捻出された――いわば俺の金だ。

 それを使って王族に媚を売るために浪費し。欲を満たすために酒を飲み明かして二日酔いになったりとまさにやりたい放題。この恨み晴らさでおくべきか。


「その程度でそんなになってたらほとんどの連中はすでに死んでるだろうが。そんな事より贈り物を忘れるんじゃないぞ」

「分かってるよ」


 俺に手にはつい数時間前に完成したばかりの異世界版赤ずきんちゃんの絵本と、ポケットなピカーと鳴く電気ネズミのぬいぐるみ。リラックスしてるクマと垂れてるパンダの石像にカラフルジェンガ。正直俺じゃなくてお前が持てよと言いたいが、王女の誕生祭の会場は子供だけしか入場できないらしい。


「はぁ……面倒臭い」

「間違っても王女殿下の前でそんな口をきくなよ」

「努力はするよ。じゃあ着いたら起こして」


 移動が面倒なうえに眠いから一人で行けば途中で寝るかもしんないぞと脅したら割とあっさり王城までは送ってくれる事になった。馬車で。

 個人的にはキックボードもどきでも良かったんだけど、末席中の末席とはいえ一応貴族として記録されてるんで、城に行くときは馬車を使うようにしてるらしい。一応迎えの馬車の用意があったらしいけど、尻と腰を容赦なく破壊しに来るあれに乗るのは俺もヴォルフも遠慮したいんで断りを入れておいたらしい。


 ——————


「リック。ついたぞ」

「うーん。あと7日」

「寝すぎだ馬鹿者。父さんもこの後行くところがあるんだから起きろ」

「ん……っ。全然寝足りない」


 たった数十分じゃ寝た内に入らん。それでもここでじっとしててまたげんこつをくらうのもしゃくなんで重い足を引きずるように馬車から降りると、門の前に居る兵士にこれを渡せと一枚の羊皮紙を押し付けたヴォルフは走り去った。

 歩くのが面倒なんで慣れ始めたキックボードもどきで門の前まで行くと、すでに何人かの貴族の息子・娘らしきガキ連中が門のあたりで俺の手にあるのと同じだろう羊皮紙を門の横に居る兵士に渡し、代わりに何かを受け取ってる。


「おい。そこの貧乏人」


 背が小さすぎてこの距離じゃあ見えないし、そもそもあの場に行けば俺もこの羊皮紙と交換するだろう。


「聞いてるのか貧乏人」


 それに、こっちから見えるって事はあっちからも見えるって事になる。であれば、ここでぐーすか眠っててもあの数の対応が終われは自然とこっちに来るだろ。ここに居てプレゼントを持ってるって事は、呼び出しをくらった貴族のガキだろうとすぐに分かるだろうし、そうじゃなくてもなんでこんなとこに居るんだって声をかけてくるだろうからそん時に話せばいいだろ。


「おい! このおれさまを無視するといい度胸だな!」


 なので寝る。


「おいって言ってるだろうが!」

「……なんだよさっきからうるせぇな」


 さっきからずーっと話しかけてきてるのは、どこの貴族か知らんが同い年くらいのガキ。

 金髪碧眼という外国人丸出しの容姿に小太りの体格はまさに性格の悪い貴族像のテンプレだ。

 正直関わり合いになりたくないから無視を決め込んでたんだが、このガキも言葉だけじゃ無視され続けると理解したんだろう。軽く肩パンしてきやがったんで蹴りを返しておく。


「痛っ! いきなり蹴るとは何事だ!」

「お前が殴ってきたからお返しだ。で? 何の用だ。今の俺は寝不足ですこぶる機嫌が悪いんだ。しょうもない事だったらズボン脱がせてフルチンで会場に突っ込ませるぞ」

「フン! ここに居るって事は貴族でもその貧乏丸出しの服は下の方だろ? 寂しそうに端の方に居るかわいそうな貴様をこのおれさまの部下にしてやる! ありがたく思え!」

「そういうの間に合ってるんで」


 うざったい提案をばっさり切り捨て、門から少し離れて地面に寝転がってぼーっと空を眺めると、ふんわりとした雲がふわふわ浮かんでる。ああいうベッドが作れるようになったらきっと俺は数日寝てちょっと仕事をしてまた数日寝るって感じの生活を送りそうな気がする。そう思わせるほど気持ちよさそうな雲が右から左に――


「おい! せっかくこのおれさまが部下にしてやるって言ってんだぞ! 下級貴族のくせにその態度はなんなんだ!」


 うざってぇガキだな。今の俺は睡眠不足ですこぶる機嫌が悪い。正直言ってこのまま首と胴体を離れ離れにしてやろうかと本気で考えたが、そういうのはコッソリやらんと足がつくからな。

 特に今は国中の貴族のガキ連中が大挙してる真っ最中。ここで騒ぎを起こせばより厄介な挙兵でもされたら本当に寝る暇が無くなるんで、ここは無魔法でぽっちゃり貴族を強引に黙らせてぐっすり眠るに限る。


「拘束」

「っ⁉」


 後はこのぽっちゃりをその辺に適当に座らせて、俺は門兵に起こされるまでぐっすりと寝る事が出来るぐぅ……。


 —————


「——い。おーい! 聞こえてるかー?」

「んぁ?」

「やっと起きた。ったく……貴族の息子がよくこんな場所で寝てられるな。それも2人もなんて聞いた事が無いぞ?」


 寝ぼけ眼で門兵の後ろ――門のあたりを確認するとあれだけあった子供の姿がどこにもない。どうやら目論見通りで残ってるのは俺と、ちょっと離れた場所で相変わらずぽっちゃり体型で無茶な体育座りをしているどっかの貴族の息子だけだ。

 当然まったくと言っていいほど寝足りないけど、後は会場でプレゼントを渡し、魔法で光学迷彩でも作ってぐっすり寝ればいいだろうと根が張ったように重い腰をよっこらせと持ち上げる。


「ふあ……っ。えーっと……これだよね?」

「……確かに。ではこちらを胸に付け、案内役に同行するように」

「ふえーい」


 渡されたのは随分と不細工なバッチ。猫だかネズミだか分からん生物が描かれたペットボトルのキャップくらいのサイズの物——件の王女の手作りか? そう仮定するとなると余計な事は言わんようにしておこう。


「おい。おい! いつまで寝てるんだ! さっさと起きろ」


 そうだったそうだった。いつまでもあの無茶な体勢をさせてるとエコノミークラス症候群を発症してぽっくり逝ってしまうかもしれない。解除……っと。


「ぶはぁ!」

「うおっ⁉ だ、大丈夫か?」

「問題おおありだ! そこの貧乏人! このおれさまに何をした!」

「はぁ? 何もしてないけど? 言いがかりつけんの止めてくんない? それと汗臭いし暑苦しいから近寄るな」

「なんだと貴様! 決闘だ! このおれさまを侮辱した事を後悔させてやる!」


 ここに居る連中から魔力は感じられない。つまりは俺が魔法で何かをしたと分かるような連中じゃないし、たとえ魔法使いだろうとそう簡単にバレるような使い方はしてない。


「そんな事より。王女の誕生祭に遅れるぞ?」


 いつがスタートなのか知らんが、早めに顔を出しておくに越した事はない。そうした方がさっさと何の得にもならない挨拶なんかを終わらせる事が出来るし、帰る事が出来るのなら宿に戻って夕飯まで寝る事が出来る。


「……チッ! 後で話がある。逃げるなよ」


 それをこんなぽっちゃりに邪魔されるのは業腹なんで、逆らえない存在を引き合いに出して面倒事を回避した。

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