第59話

「お待ちしておりました」


 ギルドを出て急いでやってきたのは綿屋。何でも手持ちがないのに夜に戻ってきて綿の代金を払うと言ったらしくこうして支払いにやってきた訳だけど、従業員らしき者の姿が見えないところを見るに、営業時間はオーバーしてんだろうね。


「すみませーん。父さんが無茶を言ったみたいで」

「いえいえ。こちらとしましても長い間悩みの種であった魔物の討伐を成し遂げてくださった英雄様のためであれば、多少長く店を開けて置く程度であれば何の問題もございません」


 本心からの言葉っぽい。それであれば厚意に甘えるとしよう。


「それじゃあまずは買ったっていう綿を見せてもらっていい? 後は布も買いたいんだけど、どういったのがあるか見せてもらっていい?」

「構いませんよ。綿でしたら用意してありますのでこちらへ」


 案内された先には購入したであろう箱が6つ。

 早速ふたを開けて確認して鑑定魔法をかけてみると、危惧してた低品質の綿って事は無かったし、量も誤魔化されてない。とりあえず一安心だな。


「確認が済んだんで布が見たい」

「こちらです」


 案内されたのは普通より細かいペースで取っ手が付けられた棚と、併設するように置かれてる六法全書か! ってくらい分厚い本みたいな生地サンプルが置いてある机のあるスペース。

 ぱらぺらと適当にめくりながら、リラックスするクマを作るに際し、リアルを求めるんだったら毛皮みたいなのがいいかなーって調べてると、随分と手触りのいい布に手が止まる。


「この布……あります?」

「そちらですか……かしこまりました」


 一瞬眉間にしわが寄ったように見えた。どうやら製作が難しいタイプの布らしいけどそりゃそうだろう。

 第一に手触りの良さ。ざっと見て100種類はあるだろう布の見本の中で5本の指に入るだけじゃなく。これは黄色の布なんだけどその鮮明さよ。一昨日見たビビットカラーの石材で染色したんじゃないかと思えるほど。

 これを使えばリラックスなクマを作るより、ポケットなピカーと鳴く電気タイプのぬいぐるみが作った方がいいかもね。


「こちらになります」


 手渡されたのは毛足が短くて肌触りがいい生地。

 よく伸びるしやわらかい。これであればぬいぐるみにいいかな? 値段も絹に比べると多少安い。まぁ、それでも十分すぎるくらいには高いんだけどね。確かナイレックスとか言ったあの生地に近い。これであればぬいぐるみづくりに最適だとネットでちらっと見た事があった。


「これがいいかな。でも昨日は見かけなかったよね?」

「そちらは最近作られるようになった新しい生地でございますが入荷時期が不定期でございまして……」

「ふーん……ちなみにどんな人?」


 これだけの品質だ。作るのに相当時間がかかるんだろう。でも不思議だ。これが作れるならぬいぐるみとして商売した方が確実に儲けが期待できるのにわざわざ布を売る理由が分からん。


「申し訳ございません。そちらの布の制作者に関しましては情報の一切を開示しないことを条件に入荷しておりまして」

「なんだと? そんな条件で入荷して盗品だったらどうするつもりだ」

「そ、その心配はございません! 我々はキチンと鑑定魔法が使える店員を確保して調査しておりますのでご安心ください」

「ならいいが……いいんだよな?」

「問題ないよ」


 布は売りたいけど正体を明かしたくない……もしかして同じ立場の奴かな? 出会うと面倒な事になりそうなんで、可能な限り知らんぷりする事を心がけよう。


「これを……100×100で」

「かしこまりました」

「後は……黒を20×20で1枚。赤はその半分を1枚ください」

「以上でよろしいでしょうか?」

「大丈夫でーす」


 思いがけずいい布が手に入った。これであれば多少乱暴に扱ったところですぐ破れるって事にはならないだろうし、絹なんかと違って洗濯も楽だしな。子供が使うには申し分のない布だろう。


「それでは代金の方ですが、綿の代金と合わせまして合計で金貨2枚と銀貨7枚でございます」

「結構するのだな」

「新しい生地ですのであまり量がないんです」


 さて。とりあえず人形を作る事が出来るな。とはいえ期限は明日まで。絵本を描かなくちゃなんないしぐっすり寝る事を考えると当日はギリギリになるかな。


「さて。それじゃあおやすみなさーい」


 今日も一日中ブラック労働をしたなぁ。心身ともにボロボロなせいで今日はいつも以上にぐっすり寝る事が出来ると思うと複雑な気持ちに――


「ちょっと待て。何寝ようとしてるんだ」

「いやいや。外を見たらわかるでしょ? 念力」


 魔法で戸板をあげれば、裏通りまではあんまり魔道具が設置されてないのか10メートル先の視認が難しいくらい真っ暗な夜の世界が広がってる。体感ですでに夜の9時くらい。村だったらとうの昔にベッドにもぐりこんで意識を手放してる時間帯なんだぞ。


「まだ絵本もぬいぐるみも出来てないだろ。誕生祭は明日なんだぞ?」

「勝手に贈り物を増やしたのは父さんでしょ? それに朝になったら作るからそれでいいじゃん。いつまでも明かりをつけてると他の客の迷惑になるよ」


 この宿はそこそこ繁盛店だ。常時満員って訳じゃないけど半分は埋まる人気店であるために夜遅くまで光魔法を光源としてるといつだれが眩しくて寝らんねぇわ! 等の文句を言いに来るか分かったもんじゃない。


「そんな事は知らん。文句があるなら父さんが聞くだけだ」


 酷いパワハラもあったもんだ。

 夜中に光が眩しくて文句を言いに来たら救国の英雄が般若のごとき顔で対応する。そんな地獄に遭遇したら一般人を相手に商売をしてる宿で二の句が継げる存在なんてまずいないからな。


「だからって俺が働く理由にはならないでしょ。少しでも長く寝たいから邪魔しないで欲しいんだけど?」

「駄目だ。お前の場合は先延ばしにすると大抵の事はうやむやにする癖がある。だから絵本とぬいぐるみが完成するまで寝かせないぞ」

「なん……だと⁉」


 実力でいえばヴォルフを魔法で静かにさせる事も出来るけど、あんまやりすぎると面倒な事になるからそれはしない。あくまで魔法が上手な子供程度にとどめておかないとより過酷な労働が待ってる可能性が濃厚だからね。

 とはいえ、絵本とぬいぐるみを作り終えるまで睡眠NGってのは横暴が過ぎる。この俺がこうして人生を謳歌してるのは心行くまでぐーたらするためだ。それを制限されるのは如何に今世の父親といえど受け入れがたい。


「父さんは俺に死ねと?」

「そこまでの事ではなかろう! ったく……寝たいのなら作ればいいだけだ」

「断ると言ったらどうするの?」

「別に構わんぞ? ただ寝かせないだけだからな」

「ぐぅ……それは困る」


 ヴォルフの地声は結構デカい。それで朝まで騒がれると女将やほかの宿泊客から盛大な顰蹙を買うだろうが、王家の覚えめでたくなることを天秤にかければどっちを優先するかなんて明白。


「はぁ……わーったよ。作ればいいんでしょ作れば」

「その通りだ。作り終えたのであれば父さんも文句は言わんぞ」


 やれやれ。俺の安眠を妨害するとはいい度胸だ。こっちはヴォルフの一連の行動はきちんと記憶している。特に俺が王様からもらった金貨20枚のほとんどを酒に費やしたことはキッチリ報告させてもらうぞ。一体どれだけの説教が待ってるか楽しみにしているといい。クックック……。

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