第58話
「いてて……何も殴る事なくない?」
小間使い君をこき使って宿に戻ってきたわけだけど、子供の腕力で結構な距離があったから途中へばったりしてたせいで到着したのは空がすっかり暗くなった頃。おかげでヴォルフからげんこつを打ち込まれた。
「帰ってくるのが遅すぎるからだ馬鹿者。夜はギルドでゴーレム核の清算があるのは覚えてるだろう?」
「覚えてるよ。というかそれがないと誰かさんのせいで綿買えないでしょうが」
金貨4枚の儲けをこの俺が忘れるわけがない。ヴォルフが忘れてるようなら俺が言おうと思ってたくらいにはシッカリハッキリ記憶してる。なにせこれだけで村で消費されるあらゆる物の購入資金2ヶ月分に匹敵するんだからな。
しかし、その使い道がすでに決まってる。目の前の酒ジャンキーのせいで、本来であればぬいぐるみ用の綿を購入に使うはずだった金をドワーフの火酒につぎ込んだんだからな。
「ぐ……っ。あ、あれは父さんも悪いとは思っている。だが! あの酒はドワーフの火酒の中でも特級品だったんだ。それを前に諦めるような真似ができないだろう!」
「はいはい。さっさと行くよ。はぁ……このままだと過労死するかも」
今日は随分と働いた。
朝からゴーレムの核の運搬。昼に会いたくもない王様と話をして簡単石の魔力アップ法を教え、その流れで孤児院までわざわざ足を運んで絵本に使う絵を決めた。10年間生きてきてこれだけ短時間にこれだけの作業を詰め込んだのは滅亡待ったなしのあの時くらいだ。
もちろん。あの時に比べれば今の状況は温い。正直言って余裕があるのも確かだ。確かなんだが、今は命がかかっていない。つまりぐーたらしたいという俺の本能がブラック企業さながらの労働をしたくないと訴えている。
「なに。人はそう簡単に死にはせん。それに王女殿下への贈り物で陛下への覚えがよくなれば褒美がもらえるかもしれんぞ?」
「褒美ねぇ……魔道具の本は貰う予定だから金以外は要らないかな」
この世界、魔法があれば大抵の事は何とかなるが、金もまたあれば大抵何とかなる。特にやる事が多いヴォルフの村では金で魔道具を揃えればぐーたらライフが完成に近づく。
なので金は欲しい。しかし学園への口利きだったり宮廷魔導士とかへの引き抜きだったらこの国を去ろう。フェルトのところでのんびりぐーたら過ごし、竜素材を親方のところに売り飛ばせば金は手に入る。
「お前は金の事ばかりだな」
「金は優秀な交換品だよ。腐らないし大抵の国で使えるし何にでもなる。それに俺が働く必要が極端に少なくなる大切な道具だからね。欠点としては他人の物でも使えちゃうことだね」
じろっとにらみつけるも、ヴォルフは気にした様子はない。この酒ジャンキーめ。村に帰ったら地獄を見るがいい。
「はぁ……なんでこんな風に育ってしまったかな」
「でも酒も金があれば買えるじゃん。いい事でしょ」
「そうなんだが……はぁ」
俺の力説に、ヴォルフが眉間にしわを寄せながらデッカイため息をつく。そこら辺は改善するつもりはかけらもないので、前に言ったように驚安で魔法使いを雇ってるとでも思って諦めてもらおう。
「そんな事よりギルドに着いたよー」
ヴォルフに小間使い君とは比べ物にならない速度で押してもらったんであっという間に冒険者ギルドに到着。酒場も併設されてるからか、夜だというのにそこは随分と賑わってる。
「余計な事はするなよ」
「父さんは存分にやらかしてね」
冒険者ギルドというだけあって、中に居るのは関係者が9割9分。特にこんな時間ともなればそれは10割になるんじゃないか?
そんな場所で魔法なんざ使ったら面倒になるのは目に見えてる。あの時は依頼争奪戦でさながら戦場のような状況だったから使ったが、今はそんな面影は微塵もなく、酒場でうだつの上がらなそうな一山いくらの冒険者連中がガハハゲへへと笑いながら酒を飲み、干し肉をかじってる。
「父さん……」
「ん? あぁ。悪い悪い」
この状況でも酒に目が行くって……もはや酒好きを通り越してアル中だろ。
そんな男のケツをひっぱたいて前進を促し、受付に。ちゃんと事情を理解してるであろうあの時と同じ職員が座るカウンターに。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「ああ。それで査定の方はどうだった」
「問題なく全てゴーレムの核であるとの確認が取れましたので、依頼達成として報酬をお支払いいたしますので少々お待ちください」
さて……後は待つだけだ。
「さて……どのくらい安くなってるかね」
昨日店に行った時はルービックキューブサイズの箱にぎっちり入って銀貨6枚だった。1日経って多少はゴーレム討伐の話が出てると仮定すると、銀貨1枚——いいや、ヴォルフがやったという事が広まれば銀貨2枚安くなるかも。
安くなってなかったとしても今回の儲けで買う事は出来るが、可能ならばもっと安値で購入すればその分他に充てる事が出来る。例えば家族へのお土産とかお土産とかお土産とか。
「聞いて驚け。銀貨1枚だ」
「はいはい。そういう嘘は酔ってる時でも言ってて」
「嘘ではないぞ。帰りに昨日の店に立ち寄った際にその値段で購入しておいたからな。お前の言った通り、1日で父さんがゴーレム討伐をしたという情報が知れ渡っていて驚いたくらいだ」
「なるほどね」
予想通りというには広まり方が早くない? 俺としてはもうちょい遅めを予定してて、最悪作らなくて済むんじゃないかなーって思ってたけどあてが外れたな。
とはいえ銀貨1枚まで安くなってくれたのはありがたい。どっかの馬鹿が土産資金にまで手を付けやがったせいで懐具合が心もとなかったんだ。
「でも急に安くなりすぎじゃない?」
「そうなのか? 安くなるのはいい事だろ」
「急すぎるって言ってんの」
昨日の今日でいきなし6分の1は値下げのしすぎだ。ヴォルフは商売に疎いだろうから普通に考えてクズ商品をつかまされたと思ってしまうのは仕方のない事であり、俺が鑑定魔法を使えるがゆえに疑り深いってのもある。
「疑り深い奴だな。一昨日と何ら変わらん綿だったぞ?」
「武具じゃないんだから見ただけで分かるほど目利きできないでしょ。変な綿だったとしても文句言わないでね」
騙されればそもそも量が足りなくなるか質が悪くなるのが必然。質が悪ければヴォルフが姫にふさわしくないと言い出すだろうし、量が足りないと追加購入が必須。こっちの負担を減らそうとしたのか。それともあぶく銭を酒に使い切った罪滅ぼしのつもりか? どっちにしろ迷惑でしかない。
「ヴォルフ様お待たせしました。精算が終了いたしましたので受付まで同行願います」
「ああ」
ようやくか。よっこいしょと重い腰を上げて受付に戻ると、コイントレーの上にはなぜか6枚の金貨が。
「うん? 金貨が多いようだが?」
「こちらは服飾関係者がヴォルフさんへのお礼だそうです」
「礼?」
「ええ。ギルドも国も解決する兆しのなかった依頼を解決していただいた事に対するお礼だそうです。我々ギルドもヴォルフ様のおかげで関連ギルドからぐちぐち嫌味を言われる事が無くなるので助かります」
「その気持ちがここには見えないようだけど? 本気で思ってる?」
俺としては目に目る形でのお礼が欲しい。たかがいち受付が頭を下げたところで銅貨1枚の価値もない。誰も受けない塩漬け依頼を受けただけじゃなく、状況が好転するくらいには刈り取った。それを頭を下げるだけってのは虫が良すぎると思わんかね。
「リック……」
「あはは。支部長判断でお礼するようにしか言われていない私からは何とも……」
「なら仕方ないか」
とはいえ一銭も出さないのは外聞が悪いと思うんだよなぁ。
直接被害を受けた関係者からであれば礼だけでもいいかもしれないけど、方々からさんざっぱら突き上げをくらってたギルドがただお礼を言うだけってのはどうかと思うが、偉い人間の判断ならどうしようもない。
「じゃあ次だね」
「ああ。では急いでるのでこれで」
「はい。本当にありがとうございました」
さっと金貨を受け取りギルドを後にする。
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