第57話

「おっちゃん。いつまで待たせんだよ。あんまし遅いからこっちから来たぞ」

「お前がじゃねぇだろ! オレが押してきてやったんだろうが!」


 あれからどれだけ時間がたったんだろうな。待てど暮らせど一向に現れる気配がないんでこっちから出向いてみると、客足は随分無くなってるように見えるのに準備をしてる気配が全くなかった。


「馬鹿言え。こちとら忙しいんだよ。もうちょい暗くなるまで待てねぇのか」

「待てないからこうやって戻って来たんでしょ。それで? 注文した分の肉は焼けてるんだろうね?」

「お前が来るかもと考えて多少はな」


 規定数焼いてない事は若干不満があるけど、あっちだって客商売をしてる以上は俺の用件だけを受け入れるのは、権利自体を買い取ってオーナーにならない限り難しいだろう。


「まぁいいや。じゃあ孤児院の連中を連れてくればちゃんと焼くって事でいいんだよね?」

「それに関しては問題ねぇ。金を払うってんなら孤児だろうが客に変わりはねぇからな」

「格好いい性格してるじゃん。よし! そんじゃああいつら連れてこい!」

「いちいち命令すんな!」


 もはや一時的な小間使いと化した少年を孤児院に走らせ、俺はそれらが集まってくるまで暇なんでぼーっと空を眺めてるわけだけど、そこに割り込むようにバランスのいい冒険者パーティーの1人である少年弓使いの顔が。


「なに?」

「キミは魔法使いって事でいいんだよね?」

「そうだねー。その認識で間違ってないよ」


 大規模とは言えないけど大きな土の板に絵を描いた物をこんな子供が孤児院に置いたんだ。さして頭を悩ませることなくその答えに行きつくだろうよ。


「うちのパーティーに「死んでもお断り」まだ言ってる途中なんだけど」

「俺はぐーたらするために生きるって決めてんの。それなのに何が悲しくて馬車馬のように働かなくちゃなんない冒険者なんて過労死一直線みたいな仕事をしなくちゃなんないのさ」

「随分と偏見が混じってるみたいだけど、君がこっちの世界に来ないって事がよーっく分かったよ」

「当然。俺は死ぬまでこうやってぼーっと空を眺めながらのんびりゆったり暮らすって決めてるんだよ」

「おい坊主。そろそろ最初のが焼きあがるぞ」

「じゃあお皿作るから乗せといて。製作」


 おっちゃんの一言にテーブルと皿を数枚作る。

 その間に、俺はさっき教会で作った絵の小さい版に簡易的なゴミ箱をくっつけておっちゃんの屋台の横に設置。近くにテーブルを作って皿を置き、そこに肉串を乗せていくと一緒についてきたメグがよだれを垂らしながらそれを見つめてる。


「食うなよ」

「わ、分かってるよ。みんなが来るまで我慢するもん」

「それならいいけど」


 それからぼーっと空を眺める事10分くらいかな。ようやく裏路地の奥から孤児たちがやってきた。


「遅いぞ小間使い。俺そろそろ帰らんとならんのよ」

「知らねーよ。ってかいつ俺がお前の小間使いになったんだよ!」

「はいちゅうもーく。ここに肉串を用意したけどお前たちの仕事は食う事じゃない。調査に協力する事だから。孤児院に絵が描かれた土の板があったかと思うけど、その中で気に入った絵があったらここにあるゴミ箱に食い終わった串を入れるようにー。それをしないとシスターに迷惑がかかると思えよー」


 説明終わりとばかりに手をたたくと、孤児たちが一斉に肉串に群がる。

 口々に美味い美味いとの声が聞こえるが、個人的には不満の残る味なので食べる気はない。


「しっかし……絵のためにここまで大がかりな事をするたぁ贈り先の相手は誰だ?」

「ちょっと面倒な相手なんだ。同年代くらいって情報は入ってるんだけど相手の趣味が分からなくてね」

「なるほど。それでガキ共の好みを調べるって訳か。随分と金のかかるやり方だな」

「失敗したら首をはねられるかもしれないしね。何せ相手は王女様だ」


 ニヤリと笑いながら告げると、おっちゃんが途端にバツが悪そうに顔をしかめた。


「坊主……貴族様だったのか」

「見えないでしょ? とは言え国の端っこで毎年の税を払うのが精一杯な貧乏貴族だからね。かしこまる必要もないし砕けた口調の方が好きだからいつも通りでいいよ」

「そうかい。しっかし絵かぁ……」

「正確には絵を多めにした本だね」


 7歳の子供が自分の自画像とか送られても困るのは目に見えてる。ド偏見だが、そういうので喜ぶのは将来の値上がりが約束されてる有名画家の絵画か娘を持つ父親くらいしか思いつかん。


「本だぁ? ガキの頃に親父が一度買ってきた事があったが、やたら文字が多いし小難しい事ばっか書いてあって読む気にもならなかったんだが、お前さんの言う絵本とやらは違うのか?」

「違うんだぁこれが。俺が作る本は子供ウケすると踏んでる」


 何せ子供向けの本にまともな物がないのはルッツに運んでもらってる本を見て調査済み。それでいくと絵本は、少なくとも俺が知る限りだとこの世界に存在していない事になる訳で、目を引くこと請け合いだ。


「さて……全員食い終わったみたいだし、そろそろ孤児院に戻るわ」


 1人肉串1本だからな。大した時間はかからずあっという間に孤児達は居なくなってるんで、そろそろ投票は終わってるだろう。


「おう。また来いよ」

「それはたぶんないかなー」


 こんな王都に来るまででも非常に面倒だって言うのに、もう一度来ようなんてかけらも思わん。そもそもこうして寝る間もないほどのハードワークをするなんて考えもしなかったんだ。今後二度と普通に王都に来る事はないだろう。


「よし小間使い。孤児院まで行くぞ」

「オレは小間使いじゃなくてジーンって名前があんだよ!」

「名前なんてどうでもいいんだよ。そんな事より帰らないと父さんに叱られるんだから急げって」

「じゃあボクが押してあげるよ」


 せっかく肉串をおごってやったというのになんて恩知らずな小間使いだ。代わりにバランスのいいパーティーの弓使いは優秀だね。文句ひとつ言わずに孤児院まで押し切ってくれたよ。

 あ。ちゃんとテーブルをはじめとした魔法で作った物はちゃんと元通りにしてあるからね。


「さて……これで元通り」


 孤児院に設置した土魔法を解除。そのまま元通りにするのは面倒なんで、その辺は孤児院側で処理してもらいたい。


「子供たちはお役に立てましたかしら?」

「十分ですよー。おかげでどれを描くのかの指標になりましたし」


 手に入った投票はやはり女子が多かった事もあって若干少女漫画チックな絵が多かった。大方予想通りだったけど、これでおっさんの安い考えが子供の意見をくみ取った考えとなる。迷う事無く作業が出来るってもんよ。


「それは良かったわ。貴方のおかげで子供たちにご飯を食べさせる事が出来ましたし、ビュー達もこうして訪ねてくれました。神よ……感謝致します」


 胸のあたりで十字を切って祈りをささげるシスターに、無神論者の俺は何とも思わんかったが、バランスのいい冒険者達や小間使い君が同じように祈りをささげてる姿を見ると意外と信者が多いらしい。


「さて……帰るか」


 用事は終わったし、もう夕方と言って差し支えないほど空はオレンジ色だ。ヴォルフに何か文句を言われそうだが、絵本のためとか言っておけば納得するだろう。


「おい少年。本当に冒険者になるつもりはないのか?」

「ある訳ないじゃん。俺はぐーたらするために生きてるんだからね。さぁ小間使い。俺を憩い亭って宿まで押してけ!」

「ふざけんな! なんでオレがんな事しなくちゃいけねぇんだよ!」

「わがままな小間使いだな。じゃあお前が頑張れば少しだけ教会を修理してやろうじゃないか」


 これなら金は使わないし、何より動かなくて済む。レンガ程度であれば地面からいくらでも――はちょっとやりすぎると他と比べて地面低くね? ってなりそうだから加減せんとね。


「ならやってやるよ。ただし修理すんのが先だ」


 ノータイムの返答に少し驚きながらも言質は得た。これで修理した後で反故にするようなら教会を崩壊させればいい。


「じゃあ壁の穴を塞ぐかね。凝固・成形・浮遊・固着」


 土をレンガ状に押し固め、穴が空いてる部分にピッタリ合うように風魔法で切り分け、無魔法で移動させて土魔法で結合させる実に楽な対価だ。

 ものの5分ほどで教会に開いてた穴の8割以上を埋めた。

 どうせなら全部埋めろよって小間使い君の視線が突き刺さるけど、そこまで俺は優しくないんでね。

 ほれ。ちゃんと修理してやったんだから憩い亭まで押してけよ。

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