第56話

「あれがオレ等が暮らしてる孤児院だ」


 長い移動に眠りそうになったあたりでようやく到着したらしいので顔を上げてみると、こんな場所に似合ってると言いたくなるほどのボロボロ具合だ。

 屋根は一部崩れて大きな穴が開いてるし、壁は言わずもがな。周囲を柵で囲んでるけどそれ自体錆まくってるし、併設されてる広場も荒れ放題だがおらが村よりは恐ろしいほど恵まれた環境だな。


「いい所じゃないか」

「どこがだよ。こんなところ……すぐに人が死ぬような場所だ」

「俺が住んでる場所は魔法が無けりゃ生きていけない場所だからねー。それに比べれば、崩れてるけど屋根があって四六時中魔物の襲撃に怯える事なく生きていけるのは恵まれてるんじゃない?」


 あの村に比べれは大抵の場所はドヤ顔が出来る。何せ俺の魔法が無けりゃ家もまともに建てらんないし、畑も作物が育たないし、きれいな水の確保も厳しい。


「嘘つけ。んな事よりさっさと入るぞ」

「待った待った。押してってよ」

「このくらいの距離くらい歩け! ったく……」


 なんだかんだ言いながらちゃんと押してくれるのはありがたい。やはり空腹の相手に対する肉串の力は偉大だな。


「ほら。さすがに中は歩けよ」

「ふえーい」


 黙ってればこのまま押してってくれるかなと思ったけど、そうはいかんかったんで渋々キックボードもどきから降り、重い足取りで教会内に踏み込むとその惨状に懐かしさを感じる。

 5人くらいが座れる長椅子のほとんどは朽ちてるし、床もカビだったり草木が顔をのぞかせてる。天井に開いた穴から降り注ぐ雨にでもやられたんだろう。

 壁もほんの一部だけはかつての雰囲気が残ってるけど、ほとんどは崩れてレンガがボロボロだし、穴が開いて隙間風ってレベルはとうの昔くらいに大きく、そんな中でメグの申告通りに大勢の子供たちが居た。


「ボロいねー」

「当たり前だろ。修理する金どころか今日食うに困るってんだぞ」

「うん。みんな今日で3日はロクに食べてない」

「そりゃあ大変だ。俺が仕事を与えてくれることに感謝するように」

「仕事だぁ? オレ等みたいなガキに何させようってんだ!」

「そう難しい事じゃない。投票だ」

「投票……って何?」

「俺が出すものの中から好きな物を選ぶだけの簡単なお仕事」


 投票券はこれからやってくるおっちゃんが出前してくれる肉串だ。いくら子供だろうと、この程度の事くらいは神父かシスターか知らんが大人の連中が教えてるだろうよ。


「なんだってんな事する必要があんだよ」

「もっともな疑問だがそれは秘密だ。俺の機嫌を損ねて肉串をくいっぱぐれるのは避けたいだろう?」


 ここで王女のためなんて言ったら余計な緊張を与えるだろうし、こいつら自身の本音の回答が引っ張り出せない。それじゃあ俺がこれでいっかと適当に決めたのと何ら変わらない。

 まぁ、体のいい責任逃れと言えなくもないけど、知らなければいいんだよ。


「……シスターがいいって言ったらだ」

「じゃあ呼んで来いよ」

「ついて来いよ!」

「断る! 俺は動きたくない!」


 ぐるっと見た感じ、大して広さはないとはいえどの程度の距離歩くのかわからない以上は指一本動かすつもりはねぇ!


「……チッ! 余計な事はすんなよ」

「すると思う?」


 何せ数十メートル動く事すら億劫だと拒否する俺だ。あっちから何かちょっかいを掛けられない限り、俺から何かするつもりはない。何せ面倒だからな。


「じゃあちょっと待ってろ」


 俺の言動を全く信用してない少年は立て付けが悪く動かすたびにギギギとけたたましい音が鳴る戸を開けた奥に消えていった。

 そうして残った俺は、シスターが来るまでの間ぼーっと過ごす訳だけど、全方位から感じる敵意のこもった視線を感じるけど、その程度で俺が怯んだりするわけが無かろう。

 何せ魔法使いだからな。並大抵の攻撃じゃあビクともしないんだからな。なのでおっちゃんがやって来た時に備えて今のうちに投票の準備だけでもしておくか。


「どこ行くの?」

「外に居るから、シスターとやらが来たら教えて」


 メグにそう言い残して外に。ここであれば土が大量にあるんで自由自在に使う事が出来るから、サクッと板を作り、そこに絵を描いていく。


「こんなモンかな」


 やっぱ魔法って便利だな。普通であれば絵を一枚描くのにも数時間——または数日はかかる作業なんだろうけど、魔法でやればちょちょいのちょいってほどじゃないけど同時進行でスラスラ絵が描けるんでこれだけの短時間となった。

 まぁ、絵描きとして食ってる訳じゃないからそこまで上手くはないけど、そこら辺はガキの手作りと思って勘弁してほしいな。

 後はおっちゃんとそのシスターとやらがやってくるのを待つばかり。土魔法で作ったベッドに寝転がってぼーっとを空を眺める。少しづつ夕暮れになってきた空を見ているのはあんま面白くはないけど、俺……ぐーたらしてるって実感するぜ。


「うん? なんだお前は」


 そんな俺のぐーたらタイムを邪魔するかのように何者かの声が頭上で聞こえるんでそっちに目を向けると、年若い少年少女が武装してるって事は冒険者なんだろう。

 4人組で剣・槍・盾・弓とバランスは申し分ない。男女2:2なのもバランスがいい。まぁ、それぞれの内心は知らんが、見た目だけは本当にバランスがいい。


「おい。聞いてるのか?」

「聞いてるよ。俺はリック。ちょいと用事があって肉串を餌に簡単な仕事を頼むつもりなんだが、シスターってのが来る気配無くてね。待ちぼうけ中だよ」


 ぼーっと空を見てたから正確な時間は知らんけど、5~10分は待ってると思うのに一向に現れる気配がない。足腰が悪いんだとしたってちょいと遅すぎやしないか?


「ガキ連中にお願い……だと?」

「そうだけど――っていうかアンタらこそ何者な訳?」


 まさか……見た感じはただの冒険者だけど、その実はこの教会を潰そうとしてる地上げ屋的な連中か? 一応テンプレっぽい流れだけど、年齢・顔立ち・実力。どれもが大した事なさそうなんだよなぁ。


「ぼく達はこの孤児院の出身で、今は冒険者になって生きてるんだよ」

「そんで、今日は良い依頼を勝ち取ったのに加えて草原狼の肉が手に入ったからお裾分けにやって来たのさ」

「ふーん……そーなんだ」


 一応食うに困ってる様子はない。きっとバランスがいいからその辺の支出もバランスがいいんだろう。いくら孤児院出身でここに義理があったとしても、食うに困るほどこっちに施しをしていては共倒れだ。

 その点、こいつ等はバランスがいいからきちんと弁えてるんだろう。みすぼらしい装備だけど貧乏臭が一切しない。


「おい! シスターは足が悪いってのになんで外に出てんだよ!」


 ぼけーっと冒険者たちを眺めてると横からそんな怒鳴り声が。


「お前が遅いからだよ。ったく……それで? その人がシスターかい?」

「ああ。シスター。あいつがさっき言ってた仕事を持ってきたってやつだよ」

「あらあら。随分と可愛いお客様ね」


 シスターは人当たりがよさそうな感じの婆さんだ。足が悪いとの説明通り、手には随分と使い古した杖を持ってる。


「どうも。俺はリック。そっちの子供から聞いてると思うけど、ちょっとした調査をするために大勢の子供の意見が欲しくてね。人伝にここなら子供がたくさんいると聞いてやってきたんですよ」

「そうなんですか。その調査とは何か伺ってもよろしいかしら?」

「あれですよー」


 指さす先には土の板に描いたいろんな種類の絵。あまり綺麗じゃないけど大まかにどんな絵かぐらいは分かる。


「まぁ……いつの間にあんなものを?」

「あなたが来る前にちょちょいとね。それでどうします? 一応危険な事は何もないし、報酬としてそこで肉串を売ってる中で人気店の奴を1人1本と考えてます」


 1人1本ってのは聞くと少なく感じるかもしんないけど、依頼内容は至極単純なうえに危険はゼロ。おまけに依頼主の俺は7歳のガキだ。この程度で勘弁してほしい。


「それでしたら構いませんよ」

「じゃあ交渉成立って事で」


 これであとはおっちゃんがやってくるのを待つばかりだな。

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