第55話
「はぁ……遠いなぁ」
宿を後にしてえっちらおっちらキックボードもどきで孤児院の方までやってきたわけだけど、本当に遠かった……何度も心が折れそうになった。それでもエレナの無言の圧は怖いよなぁと言い聞かせる事で何とかここまでやってきた。
貧民街というだけあって街並みも全体的にみすぼらしい。まぁ、とはいっても村から比べると立派だよ。特にカラフルなのがいいよね。我が村の家屋のほとんどは土魔法で建築したから土色一色なのが味気ないんだよね。
さて、目的の孤児院はどのへんだろうね。一応地図で大まかな位置だけは教えてもらったけど、詳細な場所ってなるとやっぱりGPSとかがないこの世界じゃ細かい位置が分かりづらい。
そういう時に便利なのが、露店だよ。
現在地は小さな井戸が設置されてて、ベンチっぽい椅子も複数置いてあり、新米冒険者っぽい連中やおばさん達が会話に花を咲かせる憩いの場って感じで、周囲には串焼きや飲み物の露店があるが、どの串焼きも塩味オンリーだし、下ごしらえ的な物も残念ながらされていない。
そんな中でも比較的繁盛してる店ってのがある。不味い物を食いたくないんでとりあえずそこに並んでみるか。
「おっちゃん。串焼きちょうだい」
「まいど! 銅貨何枚だい?」
「うん? 1本欲しいんだけど」
「悪いな。うちは3本で銅貨1枚なんだよ」
「じゃあそれでいいよ」
言われるがまま金を払って串焼きを受け取り一口。うん……比較的マシってところかな。いつも食ってるカチカチの塩漬け肉と違ってその身肉はやわらかいけど下処理が不十分だから血生臭い。
「なぁおっちゃん。この辺に孤児院があるって聞いたんだけど知らない?」
「ああ。そいつだったらそこの道をずっと行った先にあるが何しに行くんだ?」
「ちょいと仕事を頼みたくてね。って訳でそこまで行くの面倒だから連れてってくんない?」
「馬鹿言え。なんで見ず知らずのガキの言うこと聞かなきゃなんねぇんだよ。こちとら忙しいんだよ」
確かに。こんな辺鄙な場所で商売してるにしては随分と客足は多い。あんな肉でもこの世界の一般的な住民にとっては美味い部類に入るんだろう。
「じゃあ孤児院に住んでる子供の知り合いとかいないの?」
「たまに余りモンをくれてやってる奴ならいるぞ」
「そいつは今日来るの?」
「孤児院は金がねぇからな。残りモンがなくともくるぜ」
そこら辺もちゃんとテンプレを踏襲してんのか。
その孤児院のガキが現れるまで暇なんで、魔法で土板を作ってそこに絵を描きながらおっちゃんにより詳しく話を聞くと、王のお膝元にもかかわらず寄付金のようなものはないらしい。
「この世界に神様は居ないのかな?」
「そんな訳ねぇだろ。創造神アルクーダが居るじゃねぇか」
何気に初めて名前を聞いたな。とはいえそれがあの酔いどれポンコツ神なのかは知らんが、ちゃんと神という存在が認知されてて宗教として成り立ってるようだけど、肝心の王様は興味がないらしい。
「となると、王様は敬虔な信者じゃないのかもね」
「かもな――っと、来たぞ」
おっちゃんがあっちを見ろとばかりに顎をしゃくるんで目を向けると、随分とみすぼらしい恰好をしたガキ2人がこっちに近づいてくると、客の中には露骨に嫌そうな顔をする連中もいるが、彼らも生きるのに必死だから気にもしないようだ。
1人は少女だね。手や足はやせて細くなってるのに胸のあたりが随分と脂肪が蓄えられてるのにはちょっと驚きだ。
そんな少女の少し前を歩くのは比較的体格がいい少年だ。鋭い目つきは他人に敵意ありありって感情がまるわかりだけど、あんな生活をしてりゃそうなるのもうなずけるか。
「おじさん……」
「随分と速いな。約束の時間はまだ先だぞ」
「分かってるけど……」
どうやら随分と早くにやって来たらしい。まぁ、まだ夕方にもなってない時間だしな。早いと言われるのも当然の時間にやってくるって事は、それ相応に困窮してるって事だろうな。
そのおかげでこっちはやりやすくなって助かるな。
「そこの君たち。肉串を食いたいのかね?」
「なんだよお前」
「どこにでもいる子供だが、お前らと違って金を持ってる子供だ」
見せつけるように銀貨数枚を取り出して見せると、片割れの男の方は凄い形相で睨みつけてきたけどそんなんでビビる俺じゃない。エレナの注視はあんなもんじゃない。
とりあえず余ってる串焼きをもぐもぐすると後ろの少女の腹から空腹を訴える鳴き声が聞こえるが無視する。そんなものを聞くためにこんな遠出をした訳じゃないんだから。
「孤児院って子供いるだろ? どのくらい居るか教えてもらおうか?」
「なんでんな事をお前に教えなくちゃいけないんだよ」
「ちっと仕事を頼みたいんだよね。それには数が要るからさ。少しでも何か食いたいでしょ?」
ちらりと銀貨と一緒にもはや食う気のかけらもない肉串を突き出してゆらゆら揺らすと後ろの少女の顔が左右に揺れるが、少年の方は我慢強いようで眉間にしわを寄せて睨みつけてくる。
「おい坊主。喧嘩すんならよそでやれ」
「喧嘩じゃなくて提案だよ。数を教えれば肉串をあげるって言うね」
俺的にこの肉串は食うに値しない。だが、ここら辺に暮らす連中にとってこの肉串はかなりのご馳走か。はたまたB級グルメか。どっちにしろ孤児院暮らしでみすぼらしい恰好をしていればこれは間違いなく欲しいだろう。
「どうする?」
俺は別に食ったっていい。美味くはないが食えないほどじゃないからね。
だが、2人にとっては貴重な食糧。それが簡単な問いかけにこたえるだけで手に入るんだ。これほど簡単な仕事花と思うがね。
「……48人です」
「メグ!」
「だって!」
48とはだいぶ多いな。とはいえそのおかげで数が稼げるのは喜ばしい事だ。出来れば100くらいは欲しいけど高望みをしすぎるのも良くないんで我慢するか。
「まぁいっか。ほいじゃあ約束通り肉串ねー」
俺は約束は守る男だ。貧乏とは言え3本銅貨1枚であれば痛手でもないんで残ってる肉串を突き出すと、睨みつけながらも巻き込むように奪い取ってメグと呼ばれた後ろの少女に2本共手渡した。
「女に譲るとか男だねぇ」
「う、うっせぇ! テメェに関係ねぇだろ!」
「じゃあ次だ。わざわざ身銭を切って肉をくれてやったんだから、孤児院に居る連中ここに全員連れてきてよ」
「なんでだよ! お前が来いよ!」
「動くの面倒だから断る! お前が引っ張ってくれんならついてく」
ここに来るまでにかなりの体力を消費した。特に地面を蹴るフリをするために動かし続けた右足は一歩も動きたくないと訴えてきてる。
「なんでこっちがそんなことしなくちゃなんないんだよ!」
「おっちゃーん。肉串48本追加でー」
「……そんな事したって何の意味もないぞ?」
「少なくとも移動の面倒が無くなるし、俺はあくまで仕事を依頼するだけだから。それに、俺は王都暮らしじゃないからこいつらが将来どうなるかなんて関係ないんだよ」
ここで俺が肉串を分け与えたところで、王都に住む連中にとっては迷惑になるかもしれないけど、俺の将来には何の影響もないので迷惑には一切ならないが、俺は少ない出費でぐーたらが出来るんで利点しかない。
「ケッ! 大した性格してやがる。孤児院にもってきゃいいんだな」
「よく分かってるじゃん」
苦言を呈してくれたが、俺の自己中心的な物言いに嫌そうな顔をしながらもちゃんと肉串を焼き始めたんで注文は通ったと考えていいだろう。銀貨2枚をざるの中に放り込む。
「さぁ飢えた少年少女よ。俺を孤児院まで引っ張るのだー」
「……わーったよ」
どうやら肉串をもらえるというのであれば納得はしてくれるらしい。ハンドル部分を握って引っ張ってくれるのは楽だなーと思ったのもつかの間。バランスを崩して転倒しかけたんで、後ろから押してもらう方法に変更してもらった。
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