第54話
「今日は遅くなる。だからと言って夜更かしをする――訳もないか」
「当たり前でしょ」
ぐーたらライフを信条とするこの俺が夜更かし? んなバカげた事をする危険域はとうの昔に脱してるんだ。たとえ大金を積まれた所で残業なんかしねぇ!
「ちゃんと作っておけよ」
「まぁ、ほどほどに頑張るよ」
俺はいつでもマイペース。あの赤貧から脱出するのに全力投球だったけど、基本はのんびりぐーたらペースで物事をこなすつもりだ。
文句はあるだろうが文句は言えんだろう。
何せ、今日が大切な報告会だって言うのに、普段飲めない高級酒を買い込んで1人で酒盛りをした結果、当たり前のように二日酔いになった。それもペースもろくに考えずガバガバ飲むもんだから酷い有様になった結果、俺が魔法で治してやったんだからね。
「……行ってくる」
しばらく文句を言えなくなっただろうヴォルフを見送って、俺は渋々絵本作りに取り掛かる事になった。
さて……ふかふかのベッドで作業をすると寝ちまいそうだ。
かといってクッションもない椅子に長時間座ると腰も尻も終わってしまう。そこまで張り切るほど力を入れるつもりはない。
うーん……風魔法で浮きながら制作するのが一番負担が少ないかな。そして室内で魔法使うと怒られそうなんで、外でやるか。
「ふんふふーん」
姫ちゃんの誕生会は明日の予定。一応絵本の内容は赤ずきん。当初はモノクロの予定だったんだけど、ヴォルフが奮発して絵の具なんか買ってきやがったから仕方なくカラーで描く羽目に。
とは言えまずは内容だな。
大まかな流れとしては――
赤ずきんが母親に森に住んでる婆さんのとこにお使いに。
途中で狼に言葉巧みに森へと進路変更。
その隙に婆さんが食われ、遅れてやってきた赤ずきんも食われる。
満腹で爆睡してるとこに颯爽と狩人登場。腹を切り裂いて2人を救出。罠にかけて湖に落水。腹に詰め込まれた大量の石で水没して死亡。大体こんな感じだ。
うーん……改めて思い返してみると、この世界じゃ話としては難しいな。
地球と比べて森の危険度がケタ違いなんで、森の奥で婆さんが1人暮らしするのも無理があると思われるし、子供1人で向かわせるなんて自殺行為だ。
整合性を考えると、森の危険度を多少下げ。赤ずきんは魔法使い。婆さんも魔法使い。狼は別の場所からやってきた強い魔物って感じにして、狩人はそのまま冒険者とする――うんうん。いい感じになって来たかも。
「こんな所で何してんだい?」
設定に頭を悩ませ、うんうん唸りながら魔法で地面に書いてると、頭の上からそんな声がしたんで見てみると女将さんだ。
「王女への贈り物に本を贈ろうと思ってるんですけど内容を考え中ー」
「本かい? 子供に本ってのは止めといた方がいいよ」
「その辺は考えてるから大丈夫。子供って文字だけの本って読まないからねー」
絵本は文字が少ないし、基本絵が描かれてるんで子供受けする可能性は高い。飛び出す絵本とかであれば興奮待ったなしだろうけど、あれがどうやってできてるのか知らんから作るの無理。
「お前さんも子供じゃないか。まぁ、でも言ってる事は分かるよ」
「なので文字数を少なく、かつ絵を頻繁に取り入れる。こんな感じのを」
説明するのが面倒なんで地面に赤ずきんとお婆さんと狼と狩人を描いてやると随分と驚いてるな。
「あたしの知ってる絵と違って随分可愛らしいじゃないか」
「子供向けなんで。こういう方が受けがいいと思って」
「違いない。それよりも洗濯の邪魔だからどいとくれ」
「はーい」
魔法でふわりと浮いて端の方まで移動すると女将さんが呆れたような顔をしたけど動くのが面倒だからね。極力魔法で出来る事は魔法で済ませるのがいい。訓練にもなるしね。
———
「こんなモンかな」
昼になる頃には話だけは出来た。あとは絵を描くだけだが、腹が減っては何もできない。空腹だと流石の俺も寝る事は難しいからね。
ちょっと早いけど昼飯を食おうと宿に戻ると、そこは昨日と一緒でかなり混雑してるんで、自然と相席になる。目の前には普通のおっさんだ。冒険者って訳でもなさそうなラフな格好だし、そもそも荒事が出来なそうな体つきだしな。
「女将さーん。ご飯頂戴」
「はいよ。ちょっと待ってな」
ほどなくして出てきたのはミンチ肉と豆が混ざった物をパンで挟んだちょっち食いにくそうなものが2つ乗った皿に、塩味の他に具材は少ないがしっかりと野菜の旨味が溶け込んだスープだ。
……うん。肉と豆は濃い目の味付けで肉体労働をする冒険者にはおあつらえ向き。
パンはやっぱりパサパサしてるけど、ミンチ肉の脂と合間にスープをはさむ事で何とか喉につっかえる事無く食べ進める事が出来る。
「さて……続きをやりますかね」
「裏庭を使うなら洗濯物乾かしてもらってもいいかい?」
「はいよー」
という訳で、洗濯物に火と風の魔法で温風なったそれを全方位から当てながらどんな絵にするかなぁと頭をひねる。
当然劇画タッチは女子趣味じゃないだろうからノー。
となると真っ先に思いつくのはデフォルメ画になる訳だけど、どの程度がいいのかは悩みどころだなぁ。
「ん? お客、何悩んでんだでございますー?」
「ちょっとねー」
うんうんうなってるとシェリーがやって来た。きっと女将さんから俺が手伝った事を知ってどの程度乾いているのかを見に来たんだろう。
「もう乾いてる……あっという間に終わりやがったですねー。便利だコノヤローでございますー」
「家でもやってるからね」
家族は多い方じゃないが、洗濯はそこそこやってる方だった。特に前世の知識で魔法で洗濯機みたいに左右にぐるぐるかき混ぜて洗剤が無い中で可能な限り汚れを落とす努力と短時間で乾かす努力をしたもんだ。
「で? なにしてやがったですか」
「ちょっと絵を描こうと思ってるんだけどどんなのがいいかなーってさ」
「意味分かんねーなのです」
「こんな感じかな?」
百聞は――って奴なので実際に地面に魔法で絵をいくつか描いてやると、俺の言ってる事を納得したようだ。
「知らない絵が多くありやがるです」
「7歳の子供向けだとどんなのがいいと思う?」
「うーん……正直見た事ない物ばかりなので答えられないでござりまするよ」
「そうなの?」
詳しく聞くと、この世界にも絵画という芸術は浸透してるけど、俺が描いたようなデフォルメされた動物とかリアルか遠ざかったような人物画なんかはシェリーが見てきた中では一度もないらしいとの事なので女将さんにも聞いてみたが、可愛らしいとは思うらしいがどれが適当なのかは判断が難しいとの事。
「よし。こうなったら市場調査だな」
ここは王都。村と違って人がたくさんいるんで、それに比例して子供の数もまた多いのは当たり前。そいつ等にどんな絵が好みか聞いて回る――のは正直面倒だなぁ。どっかでぼーっとしてる間に勝手に投票してもらえるようなシステムはないかなー。
「お客。市場調査ってなんだコノヤローです」
「うん? 子供たちにこの中でどの絵が好きか聞いて回る事だよ」
子供の趣味趣向を聞くにはやっぱ子供に聞くのが一番だ。同年代くらいであれば家の手伝いだったり程度の事しかしてないだろうから、1分2分程度で済む話であれば聞く耳を持つだろう。
「つっても。やっぱ面倒だよなぁ。どっかに子供がたくさんいる場所ない? 学園以外で」
俺的にこれは仕事に分類される。そう考えると一瞬でやる気がなくなるけど、ちゃんとやんないとこっちもこっちでエレナに叱られる未来が待ち受けてるんで、気力を振り絞って作業をするしかない。
「だったら孤児院に行きやがれでしょう」
「あぁ……その手があったか」
孤児院といえば異世界テンプレの定番中の定番。そこであれば確かに大勢の投票を得られて大して動く必要はない。
「どの辺にあるの?」
「貧民街にありやがっからここから結構遠いわボケなのです」
宿に地図があるらしいんで見せてもらいながら説明を受けたけど、やっぱり遠かった。
しかし、ここに行かないと必要数投票が集まらないんでしぶしぶ孤児院に向かう羽目になった。
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