第53話
「おおー。デッカイ」
ヴォルフに商人ギルドの場所を聞いてやって来た訳だけど、大通りに面してて一等地っぽい場所で一番大きな建物だと随分とざっくりとした説明だったけど分かるもんだなぁ。
「さて……さっさと終わらせてさっさと帰るか」
今日はちょっと働きすぎだ。きっと明日は筋肉痛になってるからぐーたらしよう。そしてさっさと紙を買ってさっさと宿に戻ってベッドにダイブしたい。
「賑わってるわぁ……」
さすが商人を囲ってるだけあって相当に儲かってるんだろう。冒険者ギルドが市役所然としたコンセプトなのに対し、こっちは成金趣味全開って感じだ。好きな奴は好きなんだろうけど俺は好きじゃない。
ギルド内を歩き回る人の列の中に飛び込んで、流れるままに動き回る。
見栄えを気にしてるのか柱一本一本にそれなりに細かい細工が施されてるし、絵画があったり壺っぽい調度品があったり戦闘には使えないだろう儀礼剣が飾られてたりととにかく金持ってますアピールが激しい。正直言って目に悪い。
そんな建物ではいくつかの場所に商談用っぽいスペースがあって、すりガラスっぽい何かで遮られてるけど人が居るかどうかくらいは確認できる。忙しいようで全席埋まってるし、付近の椅子には順番待ちかな? 貧乏ゆすりをしたりしてる奴も居れば鞄に目を落としてぶつぶつ予行演習を繰り返してる奴も居たりする。
「どうした坊主。親とはぐれたか?」
紙を売ってるっぽい場所が無いかなーと辺りをきょろきょろしてたせいか、ギルド員っぽい青年に声をかけられたがその口調は職員としては少々荒い。見知った者同士や高級を売りにしてないんであればそんな態度でもいいかもしんないけど、ここって仮にも商人を統括するギルドだよな?
まぁ、文句を言ってどうにかなる訳でもない。大事になって説教されるのは勘弁なのでここは普通に受け答えをするとしようか。
「父さんにここで紙を売ってるって聞いて来たんだけどある?」
「紙ぃ? まぁ、取り扱ってはいるが、坊主の小遣いじゃ買えないくらい高いぞ?」
「用意する質によるけどちゃんと買えるだけのお金は持ってきてるよ」
中身は見せないがちゃんと財布代わりの革袋を揺らして中に金があるアピールをする。
一応ヴォルフから軍資金として金貨5枚渡されている。これだけあれば絵本の一冊や二冊余裕で作れる――と思いたい。時間がないんで一冊だけだが、将来は村に絵本を置くのも悪くないだろう。
「なら用意するから……あそこで少し待ってろ」
指さす先にはこじんまりとした机に豪華じゃないけど粗末でもないソファのある一角が。陰になって気付かなかったがこっちでも商談っぽい事が行われてるけど、皆総じて身なりが良いとは言えない。ふと自分を顧みると確かに褒められたもんじゃないね。それが口調の荒い原因かな。
「さて……どうなるかね」
みすぼらしい格好でしかもガキ。そんな奴に紙を購入したいと告げられていったいどんな品質のを持って来るのかね。持って来るだけ良しと考えるのが妥当かな? 最悪いつまでも職員がやってこなくて無駄に時間を浪費させられるって可能性もあるけど、その場合はその場合でやりようはある。
とりあえず空いてるソファに腰かけボーっと待ってる間に絵本の内容を考えてようかね。
桃太郎は――男向け。
シンデレラ――は共感を得るのが難しそうだ。
白雪姫――はマジの王家にはシャレにならなすぎる。
人魚姫――はバッドエンドだしなぁ。
赤ずきん――はいいんじゃないか? 教訓にもなるし、なにより狼がしゃべるってのが魔物っぽくて不都合な感じが少ない。ちょいとアレンジすれば受け入れられるだろう。
よし。送る本は赤ずきんに決定。似たような話がこの世界にあったとしてもその決定は変わらん。相手の都合で変えるなんてそんな面倒な事をしたくないし、金銭的余裕もない。
「えーっと、紙を買いたい子供って言うのは君かしら?」
「そうだけど……おば――お姉さんだれ?」
現れたのは太目で鈍臭そうな印象のおば――お姉さん。急に話しかけられてちょっとびっくりしたけど、紙を買いに来たと訪ねてきたことを考えるとこの人が担当者なのかな?
「さっきの人? あぁ……ロール君ね。彼は忙しいらしくてわたしが代わりに任されたわ」
「押し付けられたじゃなくて?」
「そうよ。一応販売を担当してるエマっていうの。よろしくね」
「俺はリックです。よろしく」
丁寧な口調は貴賤を問わない対応が出来るって事だろう。これだけでもさっきの駄目職員と比べてどっちが優秀かなんて一目瞭然。
「どんな紙が欲しいか聞いてなかったんでいくつか見本を持って来たけど、どれがほしいのか分かるかしら?」
「どれどれ……」
ふーむ。想像してたよりは質のいいのがあるけど、そっちは当然高くて耐久力が弱そうに見えるから、子供の絵本として使うには不安が残る。
唯一画用紙っぽい厚手の紙があるとはいえ紙質は随分と悪い。仕方ないと言えば仕方ないかな。
「ちなみにだけど、これで全部?」
「そうね。王都で手に入る紙はここにあるので全部よ」
「……そうなんだ」
嘘っぽい。まぁ、それを突っ込んだところで証拠がある訳でもないし、多少身綺麗な格好をしたガキにそこまでの資金があるとも思ってないんだろう。そう考えればここまで持って来た事の方がラッキーと考えるか。
「じゃあこれを20枚……後はこっちのとこっちのを2枚づつでいくらになる?」
選んだのは画用紙っぽい紙。随分とガサガサしてて鉛筆なんかで文字を描こうとすれば確実に引っかかるだろうけど、子供が扱うと考えるとこのくらい頑丈な紙じゃないと乱暴にして破っちまいそうだからな。
もう一つはハードカバーっぽいのを作りたいからさらに分厚い紙に、滑らかな手触りの紙を張り付ければ外見だけはまともな絵本に見えるだろうと考えてる。
「これだと全部で金貨1枚と銀貨3枚だけどあるかしら?」
「なかったらこんな場所に来ないよ。金貨しかないからこれで」
金貨2枚差出し銀貨7枚を受け取る。
「これだけの紙を一体何に使うつもりなのかしら?」
「秘密」
言っていいのか分からんが、どっちが面倒が無いかと考えれば明らかに言わない方と判断した。姫ちゃんへの贈り物なんて言って騒ぎになられたらそれこそ面倒臭すぎるからな。
「あら残念。それでは、またのお越しをお待ちしております」
「また来ることがあったらねー」
今のところ商人ギルドに用はないからね。
さて……これで一通りの道具はそろった。後は相手の反応次第かね。
————
「で? これが購入した紙という訳か」
「そ」
夜になって飯を食い、魔法でサッパリしたところで今日の収穫を見せ合う。
俺は紙類で、ヴォルフは筆と絵の具関係。
「ちょっと――いや、かなり紙質が荒く見えるんだが?」
「でも頑丈だよ。子供が扱う事を考えればもうちょっと強度が欲しいかなって思うけど、このくらいが限界だから魔法で圧着しようと思ってね」
「……仕方あるまい。それで? いくらかかったんだ」
「金貨1枚と銀貨3枚」
「そんなもんか」
「そう? そっちも随分と買い込んでるじゃん」
ちらっと部屋の橋に目を向けると、筆や絵の具の中に――いや、この場合はそれ以外の物の中に筆や絵の具があると言った方が正しいな。
それ以外ってのはもちろん酒だ。特に目立つのは形がちょっといびつだけどガラス瓶がいくつかある事からドワーフの火酒も買ったみたいだ。あんなに買ってエレナに見つかった時になんて言うんだろうな。
「残金は?」
「ゼロだ」
「はぁ……別にあぶく銭だからいいけどさ。布と綿の購入代金は?」
大量とまではいわんけど、結構な量の酒がある。これを持って帰ればエレナの圧のあるお説教が始まるのは必至。どうするつもりだろうか。まぁ、聞くまでもないとは思うけど。
「それに関しては明日手に入る代金で十分だろうと判断し、酒を買った」
「はぁ……本当に何も考えてないんだね。あれだけのお金があればどれだけ領地が潤うとか考えなかったんだね」
「……」
酒を前にすると馬鹿になるとは思ってたけど、ここまで馬鹿だとは思いもしなかった。いまさらしまったといった顔をしたところで取り返しはつかない。なので諦めたかのように蓋を開けて酒をあおり始めた。
「まぁいいや。とにかく俺は寝るから邪魔しないでね」
せいぜい今のうちに酒の味を楽しんでおくといい。村に帰ったら今回の事をエレナどころか村の大人連中にもチクってやるつもりだ。そうすれば説教だけじゃない。来月以降催される村での酒盛りはハブられるだろう。くくくのく。今からその光景を拝むのが楽しみでしかたねぇぜ。
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