第52話

 金貨を受け取り、帰りもあの馬車なのかなぁと一瞬思ったけど、普通に徒歩で行こうとするんでどうやら帰りは違うみたいでホッとしたようなガッカリしたような気持ちになりながらいつも通り土魔法で椅子を作って浮いて横に並ぶ。


「しかし金貨20枚と新しい魔道具の本かー。もうちょっともらってもよかったと思うけどなー」


 そういいながらヴォルフに抗議の目を向けるも、それ以上に鋭い殺気のこもった目を向けられたんで黙る。


「金貨20枚でも十分だっただろうが! というか言ったはずだぞ? もう少し濁した言い方をしろと!」

「俺は具体的な金額は出してないじゃん。だから十分濁してると思わない?」

「屁理屈を言うな! まったく……それとああいった物を渡す時は事前に説明しとけ。おかげで陛下の御前で剣を抜く羽目になった」


 確かにあれにはビックリしたな。怪我をする可能性はあり得ないと分かっていても、真剣を向けられたのは何気に初めてだからね。きっとポンコツ神からもらった恐怖耐性が無けりゃ漏らしてたかも……。


「ごめんなさい。ああいうのは説明するより実際に体験してもらった方が早いと思ってね。やりすぎた自覚はしてるから母さんに1日くらいは酒を飲まない日があったって報告してあげるよ」

「……じゃあ魔道具の本はどういう理由だ。すでに購入してるはずだろ」

「あれじゃあ俺の望むぐーたら生活には届かないからね。王様くらい権力のある人間が手に入れられる魔道具の本であれば、より高度な魔道具が作れるかもしれないからね」


 一番やりたいのは農作業を魔道具でオートマ化だ。

 それが成功すれば時間があまり、やる事が無いので子作りに励む。

 子ども増えで将来の手駒が増える。

 それが10年20年続けば、今の村から町くらいにはできるかもしれない。

 こうなれば俺も悠々とぐーたら出来るってもんよ。


「お前のそのぐーたらとやらにかける情熱のかけ方は時々恐ろしく思う。だが、それを実現するには相当量の魔石が必要なんじゃないか?」

「そこがネックなんだよねー。来月ルッツに大きめの魔石を1つ仕入れてもらう予定だけど、自力でってなると今はゴーレムの魔石があるから多少は楽にできるとはいえ、10年20年となるとさすがにこの数じゃもたないよね?」

「当たり前だ」


 作る予定の物はコンバインだ。これが完成すればいちいち鎌片手に中腰になって小麦を狩る必要はなくなるんだが、ゴーレム魔石40個でどのくらいかなぁ……まぁ、とりあえず使ってみて途中で魔力が切れたら自力で頑張ってもらうとするか。

 うーん。やっぱり魔道具を使ってぐーたらするには恒久的な魔石の補充が必要不可欠かぁ……。ウチの領じゃ難しいな。


「近くにダンジョンがあったら暮らしが楽になるんだけどねー」


 ダンジョンからは魔石が取れる。そうなれば何の憂いもなく魔道具を村中に配って好き勝手に使いまくる事が出来るんだけど、ダンジョンってのは魔力が何十年も滞留してる場所じゃないと生まれないって前に来た冒険者に聞いて、じゃあ魔力を溜めておけばダンジョン出来るんじゃね? と当時の俺は思ったけど、流石に財政状況がね……。

 それに、ダンジョンには魔物が居る。村の周りに居る程度の連中なら問題ないけど、手も足も出ない強さの魔物だったら駆除のために責任を負わされてぐーたら出来なくなる事を考えるとねぇ……。

 作ってダメでしたってなって消せるのかも分からないんじゃ、そうおいそれと実験出来ないし。


「馬鹿言うな。ダンジョンなんてそうそう見つかる訳ないだろう」

「だねー。さて、それじゃあ宿に帰って夕飯までのんびり――」

「その前に綿と布を購入するぞ。これだけの金貨があれば十分量を手に入れる事が出来るだろう」

「え……お酒買わないの?」

「もちろん買うに決まっているだろう。だがまずは王女殿下に喜んでもらうために人形を贈り物とする分を使い、残った額で酒を買えばいい」

「でも作るのは俺だしそれを買うのも俺の金だよね? それに対する何か報酬はあるの?」


 ヴォルフも器用ではあるが、俺にはかなわない。そもそも姫に贈る人形の草案は俺の頭の中にしかないし、微妙なニュアンスを伝えても十全に理解は難しい。なので俺が作るのは確定だし、俺の情報料で綿の購入とは見過ごせない。

 何せすでに大量のゴーレムを狩ってビビットカラーの石材を入手して石像を作ってあるんだ。それとぬいぐるみを並べれば女子ではかなりの確率で石像は見向きもされなくなるんだからな。


「……お前が欲しがる物ってないもんなぁ」

「だね」


 基本ぐーたら出来ればそれでいい。漫画とかアニメがあれば話は別だけどそんなものはない。そもそもこの世界の娯楽に何があるかもよく知らんしな。吟遊詩人が居るのは親方のとこで聞いてるけど、サーカスとか劇とかがあるんだったら一回見てみてもいいかもな。


「……とにかく作れ。これは父親としての命令だ」

「横暴だねぇ。とはいえ今日買うのはお勧めしないから見に行くだけにしよう」

「なぜだ?」

「まだゴーレム退治が広まってないからだよ」


 朝にゴーレムを倒したという事になってる現状、綿を買うのはかなり無駄な浪費でしかない。

 ならば1日待って経済に影響が出る事を待つのもまた知る者の特権と言えるんじゃないかな? 単純に今すぐ作りたくないだけなんだけどね。


「……なら1日様子を見るか」

「ちなみに誕生会っていつなの?」

「2日後だが、人形制作は間に合うんだな?」

「鐘1つくらいかな?」


 という訳で方針が決まったんで2人で布と綿を売っている店に行く。もちろん衛兵のおっさんが案内してくれた幼馴染の店じゃなくて、大通りに面してるそれなりに立派な店だ。


「いらっしゃいませー」

「スマンが布と綿を見せてもらっていいか?」

「構いせんよ。こちらが布の見本になりますのでご自由に。綿はあちらの木箱にありますのでご自由に」


 手渡されたのは複数の布の切れ端とその値段が記された分厚い事典みたいな物。これならいちいち値段を聞いたりする必要もなくなるんで楽だなー。


「うへー。聞いてたけど高いねー」

「綿の採取地に現れた魔物が駆除されないせいで入手が困難でございまして」


 手触りを確かめると、やはり絹みたいな布は高い。ハンドタオルサイズで平気で金貨が飛ぶ。こいつは今のままじゃあ使えないし、そもそもぬいぐるみ向きじゃない。

 綿もルービックキューブサイズで銀貨6枚は高すぎる。試しに蓋を開けてみると、ぎゅうぎゅうとまではいかないけどちゃんと綿が詰まってる。どのくらいの量なんだろう。


「すみませーん。これってどのくらいの量があるんですか?」

「そちらでしたら50グラム程度ですね」


 50か……となると300あれば十分かな?


「リック。綿はどのくらい欲しいんだ?」

「この大きさだと6箱くらいかな。布は……王女の好みとか知ってる?」

「そもそも陛下としかまともに会話をした事が無い……が、さすがに剣は違うだろうというのは理解しているつもりだ」

「当たり前でしょ。アリア姉さんじゃないんだから」


 とりあえず……茶色の布の手触りがいい感じなんで、リラックスするクマのぬいぐるみでも作るかね。


「とりあえず綿だけで金貨3枚と銀貨6枚だね」

「結構するが懐具合を考えると買えなくはないな」

「だけど今は買わないよ。これが明日明後日には安くなることを祈ろう」


 こそこそと話し合い、また後日訪れるという事で店を後にする。


「さて……それじゃあ次は絵本だったか? 紙を買うぞ」

「そっちは時間かかるからパス」


 絵本は1から作るのに時間がかかる。ぬいぐるみもそうかもしれんけど、そっちは魔法で何とかなるけど絵はちょっと難しい。2日あれば十分だけどそれをするにはかなりのハードワークに足を突っ込まないといけない。

 ぐーたら信条とする俺にそれは出来ない事だ。


「作れない訳じゃなさそうだな。そっちは今すぐ購入しろ」

「ちょっと。俺に調査させておいて父さんは逃げる気?」

「父さんは筆を買いにルッツのところに行ってくる」


 どうやらヴォルフは本気で人形と絵本をプレゼントするつもりでいるらしい。

 王族にそんなに大量に贈り物をしたところでリターンは期待できないんじゃないかと思うんだが、何がそこまでヴォルフを掻き立てるのかね。まったくもって理解できんよ。


「リックどうした」

「なんでもないよ。とりあえず、村に帰ったら母さんに父さんの連日二日酔いの話をしようと思ってるから頑張ってねー」

「おい。1日飲まなかった話をするんじゃないのか?」

「それが作るお礼代わりだと思って」


 それを代償とするつもりの俺に対し、ヴォルフは心底嫌そうな顔をしたけどやめてくれという事はなかった。うーん……てっきりいつも通り文句を言うかと思ったけどなかったな。本当になんでこんなことに命を懸けてるくらい入れ込んでるか皆目見当がつかん。

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