第50話

「おー。すげー立派な馬車だ」


 ギルドでの一仕事を終え、短い小休憩を済ませて昼飯を食い終わって王宮に居る王様に会いに行くんだが、ドレスコードっぽいものがあるらしくいつもより数段上等な服を着せられ、わざわざ宿の前にはウチの馬車とは外装だけは段違いな物が止まっており、扉の前にはセバスチャンと呼ぶしかないような見事なロマンスグレーな老執事が直立で隙無く待機している。


「ほっほ。俺は王家所有の馬車ですからね。立派でなければその任は務まりません」

「ほーん……滅亡の憂いがあったっていうのに豪勢だね」

「憂いがあったからこそ、今ではこれだけの財政に余裕があるのだと示しておられるのでございます」


 ふむ……俺の嫌味を込めた疑問にノータイムで反論してきやがった。こやつ……出来る。


「待たせて済まない」

「いえ。陛下とお会いになられるのですから準備に念が入るのは当然の事ございますので問題ございません。お済みのようでしたら出発いたしますが?」

「では頼む」

「かしこまりました」


 優雅に一礼するとセバスチャン(仮名)は扉を開けてくれたんでヴォルフに続いて乗り込んでみると、内装もこれまた豪華で質の高そうな布が張られたソファに小さなテーブルにはウェルカムドリンクだろうモンが入ってると期待したいティーポッドにクッキーっぽい茶色の円盤みたいなのが乗った皿が置かれてたんで即座に一口。


「……甘い」

「王都で一番の店の品でございます」


 これで王都一かぁ……。異世界テンプレの定番――歯が溶けるんじゃないかってくらいの激甘菓子だった。よくもまぁここまで甘くできるもんだ。逆に尊敬するぜ。名もなき有名店。

 一口でクッキーをやめて紅茶に口をつける。うん、こっちは普通の紅茶だ。のっぺりと舌にまとわりつくような甘さがそこそこ流れてくれた。


「では出発いたします」


 どうやら御者もセバスチャン(仮名)が務めてくれるようで、一声かけてから出発となったんで、とりあえず風魔法で音が漏れないように結界を張るとヴォルフが若干眉間にしわを寄せたけど、こっちは紅茶を飲むのに忙しいんで無視するという体を取る。


「いやー酷い出来だ。これが王都一だなんで、ここに住んでる連中の味覚ははねじ曲がってるのかな?」

「……そんなに酷いのか?」


 俺の酷評を聞いてある程度事情を察したヴォルフは試しとばかりにクッキーを少しかじり、すぐに紅茶に手を伸ばした。


「どう?」

「これはとんでもなく甘いな。歯が溶けるかと思ったぞ」

「贅沢だけど不味い。貴族連中の舌はおかしいみたいだね」

「……それよりもだ。体を浮かせてもらっていいか?」

「いいよー」


 要望にお応えしてヴォルフの体を風魔法で持ち上げる。これで馬車からくる突き上げられるような衝撃は完全にゼロとなる。

 この馬車、凄いのは装飾だけでスペック面では完全に俺の作った馬車の方が数段上をいってる。

 ハッキリ言って石畳を一つ踏むたびに跳ね返ってくる衝撃でケツが爆発しそうになるし腰が砕けそうになる。ここは魔法で浮くしかない。


「ふぅ……今まではあまり気にしていなかったが、あの馬車に乗った後では下半身が耐えられんな」

「今のままでも十分快適だけど、綿でも買って椅子に取り付ければ、より快適なぐーたら道中になるかなー。ベッドも捨てがたい」


 風魔法で浮いてるから平気といっても、やっぱ長時間ただの木の板に乗っかってるとケツが擦れて痛くなるんだよねー。

 その綿も、ヴォルフが大量に討伐証明を持ち込む事である程度安全が確保されたという情報が出回れば、高騰を続けてた値段も落ち着くだろうし、お礼として綿が無料で手に入るかもしれん。


「なるほど。お前がゴーレムを狩ったおかげで随分と安全が確保されただろうからな。その調査が済めば自ずと綿が買えるようになる……か」

「万が一下がらなくても、王様から金をふんだくれば買えるようになるよ」

「しかしベッドはやりすぎだ。そんなものを取り付けては馬がすぐに疲れてしまう」

「それこそゴーレムにすればいいんだよ。幸いな事に魔石がたくさん手に――」


 ゴーレムの魔石がスライムなんかと比べてどのくらい力があるのかまだ分かんないけど、ベッド搭載の馬車すら引っ張れるのなら……あれ? そんな事をしたら俺が王都に引っ張り出されるなんて未来があり得るか?


「どうした?」

「やっぱベッドを作るのはナシで」

「まぁ、無駄な物だからな」


 どうやらヴォルフはこのことに気づいて内容で一安心だ。

 まぁ、元々魔石は村のために使う予定なんだ。それをわざわざぐーたら出来なくなるかもしれない未来のために使うなんて考えただけで反吐が出る。どうせ王都に行くのは今回限りだし、何か他に予定があってくる事になった場合は転移で飛べば一瞬だ。


 ―――――


「ではしばらくお待ちください」


 恭しくセバスチャン(仮)が部屋を出て行った。残された俺達が居るのはこじんまりとした部屋。だけど調度品とかはかなり高そうなのが揃ってるし、手の込んだ絵画なんかも飾られてる。

 その中に王家と思われる連中の肖像画もあった。


「これが恩を仇で返した連中?」

「……まぁそうだ」


 一家は全部で6人か……テンプレだと妾だったり側室だったりとの間にも子供が居るだろうからこれがすべてって事は無いだろう。

 王様は戦争を生き抜いた事もあって随分とたくましいな。豪華絢爛で派手な装飾が施された服の上からでも分かる筋肉の盛り上がりが凄ぇと思うのと同時に絶倫だろうなとも感じる。

 隣は王妃か。何だろう……物腰柔らかそうな印象の綺麗な女性って感じがするんだけど、言いようない圧力を感じる。これは……エレナと同じと言う事か。意外と苦労してるっぽい。

 そして、これを描き上げた絵師の無事が気になる。実力は間違いないが、ここまでの事をしたとなると首と胴体が離れ離れになってるんじゃないか?


「どうした?」

「いや、凄い絵だなーと思って。王様も苦労してるんだねってのがひしひし伝わってくるよ」

「? 意味が分からん。どう見ても団らんの絵だろう」


 どうやらヴォルフはこの圧力を感じないらしい。とは言え絵画でこれだと本人は……おおう。考えただけで寒気がするぜ。

 子供は男1女3。これだけ切り取れば王位継承権は1人なんで安泰かなぁと思うけど、テンプレを信じるとすれば市民の中にも居るかもな。そいつと何十年後かに血の雨が降り続く血みどろの争いが起こるのかぁ。辺境なんで興味ないけど、こっちにまで火の粉は飛ばさないで欲しいなぁ。


「はぁ……紅茶が美味い。けど自分でってのはいただけないよね」


 美味い紅茶と歯が溶ける菓子がテーブルに用意されてるけど、カップが空になったら勝手に注いでくれるメイドの姿はない。なのでお代わりが欲しい場合は紅茶を自分で注がなきゃならないのが面倒だ。


「家でもそうやって居るだろう?」

「分かってないねぇ。普通用事があると呼んでおいてもてなしの一つも出来ないのかと文句の一つでも言いたくなるじゃん?」

「馬鹿を言え。陛下に声をかけていただけることは何よりもありがたい事なのだ」

「じゃあお酒は要らないね。魔法で王様の声を再現するから来月からそれで満足できる分他の――「陛下のお言葉もありがたいが、酒は酒で必要な物だ。うん。だから酒が飲めなくなるのは止めておいた方がいいと思うぞ」」


 どうやらヴォルフにとって酒は王様の言葉より上らしい。まぁ、俺も本気で言ったわけじゃないんで酒の購入量を減らすつもりはないんだが、ここまで過敏に反応するとなるとやってみたい気持ちが生まれるなぁ。


「ふあ……っ。ちょっと寝るね」

「この状況でか?」

「いいじゃん。特にやる事ないんだから来たら起こしてねー」


 それだけ言うとすぐに寝る。眠いから。

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