第47話

「おいリック。さすがにそれは卑怯すぎないか?」


 背後にエレナが居ない事をしっかりと確認したヴォルフは、ジトっとした視線を向けてくるが、俺にそんなものはかけらも通じない。何せ勝負を仕掛けてきたのはそっちなんだからな。


「何言ってるのさ。戦場でそんな言い訳が通用しないよ? それに、相手の魔法使いがこんな精神攻撃を仕掛けてくるかもしれないって学ぶ事が出来たんだから、文句より感謝の言葉が聞きたいなー」


 俺がこうした攻撃をしたおかげで、ヴォルフにはこういった場合の対処法を考えるという猶予が生まれた。

 これによって、もう一度同じ事をしても今みたいに全くの隙だらけって事は無くなるかもしれないんだ。それはもはや感謝していい部類だと個人的には思う訳よ。


「……いいかヴォルフ。戦場であそこまでの不意打ちはまず来ないだろうが、ああいう事をしてくる性格のひねくれた奴がいるという事を覚えておけ。それだけで生存率が変わる」

「あはは。肝に銘じておきます」

「ちょっと。可愛い息子に向かってひねくれた性格ってひどくない?」

「事実だろ。それよりも石材は手に入ったのか?」

「もちろん。あとは盗まれないように討伐素材も埋めてきたから、明日にでも一緒に掘り返しに行くから時間作ってね。お酒飲みたいでしょ?」


 酒という単語をちらつかせる事で断るという選択肢を空の彼方に吹っ飛ばす。金貨4枚もあればいつものエールだけでなく、ドワーフ謹製の火酒の購入も視野に入ってくる。

 おまけにこれは臨時収入で、エレナのあずかり知らない遠方というのもある。ここに居るメンバーが黙っている限り、表に出る事はないという悪魔のささやきのみが頭の周りを飛び回ってるだろう。


「明日は昼までであれば時間を作れる。しかしあいつらでは駄目だったのか?」

「なんでも銅級じゃゴーレム40体の納品は無理なんだってさ。父さん知ってたんじゃないの?」

「さてな。しかし……銅級は無理があったか」


 そんな事をしみじみ呟く横で、なぜかゲイツがしょんぼりとしてる。


「リックはゴーレム倒したんだ。凄いなぁ……僕なんかビックボアが精一杯なのに」

「ゲイツの歳でビックボアを討伐できるのは優秀な部類だ。相手はリックで魔法使いだ。比べられるものじゃない」

「父さん……」

「考えてもみろ。そのゴーレムを軽々破壊できるほどの腕前の魔法使いが無償で領地に居てくれるんだ。これほど心強い物はないぞ」


 確かに。総人口の一割程度しかいない魔法使いが居るというのはとても心強い事だが、同時に高給取りだっていうのも一応知ってるので、あんな田舎に魔法使いを雇う金なんざありはしない。

 そんな領地に俺という魔法使いが居るだけでどれだけ楽になるのかは実証済み。

 水は使いたい放題。

 連作障害なんざものともせず。

 家屋は頑丈。農具も頑丈。何でも頑丈。

 これだけの事が出来る魔法使いが居るのは便利だからね。対抗心を燃やすより便利に使う事を考えればいい。


「なるほど……そういう時は頼んでもいいかい?」

「気が向いたらね」


 魔物退治に関しては乗り気じゃないけど、人力ではめんどい事は請け負う予定だ。耕してた農地の下から巨大岩が出現したとか。これから制作予定の氷室の氷が無くなりそうだとか。そういった雑事だね。


「じゃあ父さん。帰って来て早々で悪いけど、久しぶりに稽古つけてもらっていいかな?」

「構わんぞ。お前がどのくらい成長したのか見てやろう。リック」

「ふえーい。創造」


 土魔法で剣を作って2人に渡すとすぐさまゲイツが突進。大上段からの一撃をヴォルフは片手で受け止め、ちょっと嬉しそうに口の橋を吊り上げながら押し返す。


「だいぶ力が強くなったな」

「まだまだ!」


 剣と剣がぶつかり合うたびにガンガンゴンゴンと鈍い音が響く。

 ゲイツの剣はアリアの流れるような連撃とは対照的に、一撃一撃が重い分動きは鈍い。

 といっても亀みたいに遅い訳じゃない。あくまでアリアと比べて遅いってだけで、ゲイツもゲイツで十分に強い――と思う。詳しくないから何とも言えんがね。

 さて……とりあえず気が済むまで2人の訓練は続くだろうから、夕飯まで寝るとしますかね。今日はかなり働いたんで眠い。


「ちょっと待った。お前に言い忘れてた事がある」

「聞きたくないんだけど?」

「明日の昼に陛下との謁見が決まった。私的なものなのでかしこまる必要はないらしいが、くれぐれも失礼のないように」


 聞きたくないって俺の言葉を無視して淡々と明日の予定が勝手に組まれてしまった。明日は今日のハードワークを癒すために宿で1日中ぐーたらするつもりだったのになんてこったい。

 しかし無能見栄っ張りとの会合か……いつかは来ると思ってたけど随分と速いな。ここは馬鹿なふりしていろいろと搾り取ってやるか。魔道具の本にしようかなー。それともファンタジー定番の魔法鞄とかがいいかなー? 夢が広がるねー。


「よし。最低でも金貨数十枚はふんだくってやろうね。父さん」

「お前の頭はどうなってんだ! 陛下から金をふんだくるとは不敬にもほどがあるだろう」

「俺子供だから分かんなーい。それに、わざわざ税収を減らすような真似しといて銅貨1枚払わないってのは人の上に立つ者としてあまりにもケチすぎて口が軽くなっちゃうと思うんだよねーって言おうと思ってるんだ」


つまり、なんか寄越さねーとお前の悪口を言うぞと脅しをかけるんだよ。そうすりゃあ金貨の数十枚くらい惜しくはないだろう。


「いいかリック。当日は父さんもついていくから、余計な事はしゃべるんじゃないぞ。分ったか?」

「いやいや父さん。損失に関して請求するのは余計じゃないでしょ。そもそも相手の勝手な都合で呼び出したんだからもらえるモンはもらわないと」

「相手はこの国の王だぞ?」

「その地位に居られるのは誰のおかげ? 父さんのおかげでしょ? そんな相手に俺が居なけりゃ遅かれ早かれ滅ぶような領地から引っ張り出したんだ。お詫びの金貨10や20あってもおかしくない」


 これは戦争真っただ中のところに優秀な傭兵なり冒険者なりが居ると聞いて会いたいって言ってるようなもんだ。すぐに戦場がどうにかなる訳じゃないけど影響は確実に出る。

 そんな説明に切り替えると戦場経験者ヴォルフは苦い顔をする。うちは今後100年以上戦場になるような地ではないが、逼迫具合でいえばそんな感じだ。毎日毎日畑に栄養を注入し、水の補給を行って農具や訓練用の武器を作ったりるのに加えてガキ連中のお守りも時々加わる。


「確かに戦場から顔が見たいってだけで招集されるのはたまったものじゃないね」

「そしてそれだけの事をしておいてお詫びもなければ褒美もない。まさに無能と言わざるを得ないでしょ?」

「だが戦場と父さんの領地は違うぞ」

「緊張状態なのは変わらないと思うよ」


 俺が居なくなってすぐどうこうなる訳じゃないけど、長く空けてると事態が悪化するのは明白だからね。


「普通は言葉をかけられるだけでも名誉なんだが、お前はそうは思わないんだな」

「当然じゃん」


 褒めてつかわすなんて言われた所で空腹が満たされる訳でもないし。かといって凍死した村人が生き返る訳でもない。そんなんで喜ぶのは金も権力も持ってる高位貴族の連中だけだ。

 それでも何も寄越さないというのであれば、こっちにも考えはある。そんな決意をこの死んだ魚の目のモブ顔から感じ取ったのか、ヴォルフはゲイツを吹っ飛ばしてこっちに向き直った。


「はぁ……お前のその金に対する執着はすさまじいな」

「すべてはぐーたらのためだよ」

「分かった。ただし、それとなく伝えるんだ。それが出来ないなら止めるように」

「はーい」


 とりあえずヴォルフの許可は得た。あとはぶっつけ本番でやらかすのみ。

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