第46話

「本物のゲイツ兄さん?」

「なんでそんな事を言われるのかわからないけど、まぎれもなく本物だよ」

「いやいや……だって兄さんが女子に贈り物なんてするわけないじゃん!」


 このゲイツ。女性の目をくぎ付けにするくらい容姿端麗のイケメンで、こうして話している間にも、通り過ぎる町娘だったり冒険者っぽい恰好をした女性だったりが熱っぽい視線を向けてるんだよ。

 そしてヴォルフから手ほどきを受けてきたから剣術の腕前はアリア以上だし、エレナに勉強を見てもらってたから文武両道で優秀な成績で学園生活を送ってて、エレナとヴォルフのいいとこどりしたって感じの次期領主として文句のないスペックなんだけど、この男は女性からの好意に対して鈍感を通り越して知覚できないんじゃないかって思うほど察しが悪い。

 まぁ、村に居た女性がおばちゃんだったり既婚者だったりしたのが原因なのかもしれないけど、長期休みで村に帰ってきて学園生活の話を聞くに、この男とんでもなくモテてるんだが、本人に一切その自覚がないんだよ。

 そんな恋愛感情をポンコツ神から取り上げられたゲイツが女性に贈り物だなんて世界が滅んでもかしくない。


「失礼だな。友人に贈り物をするのは至極当然な話じゃないか」

「友人?」

「ああ。最近新たに友人になった同級生が居てね。その子から贈り物をもらったからそのお返しをしようと思っているんだよ」

「友人ねぇ……本当にその人は友達なの?」

「もちろんだとも。彼女も僕と親密な仲になりたいと言ってきたんだから」


 うーん……それって恋仲とかなんじゃないのか? とはいえそれを説明したところで確証がある訳でもないし、そもそもゲイツが理解してくれるとは到底思えないからしばし様子を伺うか。


「まぁ、その人が友達になったんだとしても、兄さんに死なれると俺が領主やんなくちゃなんなくなるから、背後とかには気をつけて生活してね」

「うーん……リックは良くそれを言うけど、そんな事態に一度もなった事はないよ」

「その内なると思うよ」


 いくらイケメンといえどもいづれは恨みを買って背中を刺される未来に到着する。そうなった時に可能であれば致命傷は避けてほしい。領主を継いで世継ぎを生むまでは生きててもらわないと、本当に困ったことになるからね。耳にタコが出来ようが言い続ける。何せ治る気配がないんだからな。


「それで? リックはこんなところで何をしてたんだい?」

「ああ。王女への贈り物の材料集めにちょっとね」

「ちなみに何を送る予定か聞いてもいいかい?」

「魔物や動物の石像だよ。あと知育玩具」

「そんな物を送って大丈夫かい?」

「父さんの許可は得てるから心配ないと思うよ? 気になるならどんなのか見る?」

「そうだね」


 という事でゲイツを引き連れて宿に戻る。


「じゃあ準備するからちょっと待ってねー」

「分かったよ」


 まずは黄色のゴーレムの破片をキックボードもどきの後ろに後付けした荷台から取り出す。


「随分と鮮やかな石だね」

「でしょ? やっぱこれくらい綺麗じゃないと」


 まずは土魔法で地面から土を取り出して成型。今回作るのは世界でも大人気の黄色の電気ネズミモンスター。

 大まかな形が出来たら、ゴーレムの石材を粉末状にして表面をコーティングすれば完成。所要時間は10分もかかってない。


「こんな感じの物を送る予定なんだ」

「へー。これはまた随分と可愛らしい魔物だね。でも……村にこんな魔物出た?」

「俺の想像だよ。相手は王女だからね。別に現実に存在する魔物じゃなくてもいいでしょ。多分一生涯見る事なさそうだし」


 要は贈り物をしたという事実が残ればいいんだ。それも多少目を引く感じの物ってのがヴォルフの要望だからな。


「なるほどね。これなら確かに女性の目を引くかもね」

「なんだったら贈り物として一つくらいあげようか?」

「いいのかい?」

「兄さんもお金厳しいでしょ?」


 毎月金貨1枚の仕送りをしてるんで、よほど無駄遣いをしなけりゃ多少は大丈夫だとは思うけど、ここは王国の中心。当然ながら物価がヤバいと思うからこその仕送り金額なのだ。


「あはは。リックには悪いけど、それなりに普通に暮らしていけてるよ」

「そうなの? てっきり食事は寮で出される物だけで食いつないでるんだとばっかり思ってたけど違うんだ」

「さすがにそこまでじゃないさ。とはいえその石像は贈り物として確かに有意義ではありそうだから欲しいよ」


 ふむ……どうやら俺が想像するより王都の物価はそこまで高くはないらしい。だからと言って仕送りの減額をするつもりはない。いい環境で質の高い教育を受ける事。これすなわちぐーたらにとって大切な事なり。

 もちろん俺がじゃないぞ。俺以外の誰かが受ける事がだ。


「どんなのがいいの? ある程度だったら注文を受け付けるよ」

「そうだね……だったらホーンラビットをお願いしようかな」

「精巧な方がいい? それともこれみたいにした方がいい?」

「女性に贈るから可愛らしい方がいいと思う」

「はーい。そういうのは分かるんだね」

「学園でそういった話を聞いているからね」


 可愛らしいって事で、普通のウサギじゃなくてぬぐるみみたいな感じにして、角も丸っこく調整して怪我をしたりしないようにして……後はカラフルにするか。


「あれ? ホーンラビットってそんな色じゃなかったよね?」

「こっちの方が受けがよさそうじゃない? 嫌なら普通の色に戻すけど?」

「うーん……気に入られなかったらでいい?」

「別にいいよー」


 こっちとしては家族贔屓って事で、わざわざ一つ銀貨一枚もする石材を使って出来上がったのは、ピンク色の丸っこいタイプのホーンラビット。


「はい完成ー」

「相変わらず器用だよね。魔法の授業をちらっと見た事があるけど、誰一人としてリックみたいに早い詠唱してなかったよ」

「ぐーたら力が足りない証拠だよ」


 この世界の魔法事情は良く知らんけど、魔法を使う奴は例外なく詠唱を使ってた。まぁ一概にそれが悪いとは言わんよ? それがこの世界の常識だっていうのなら異を唱えるような真似はしない。面倒だしそんな事をして何の得もないしね。


「ところでリック。父さんいる?」

「たぶん居ないと思うよ? いろいろ忙しいって言ってたから」

「そうだよねぇ。はぁ……できれば稽古つけてもらいたかったんだけどね」

「いやいや。兄さんには剣の腕前より頭の腕前を上げてほしいんだけど?」


 将来領主になる人間が脳筋ではこっちが困る。悪政——とまではいかんだろうけど、ロクな政策をせずに暴動でも起こされてしまうと俺が目指すぐーたらライフがおじゃんになってしまう。

 ……まぁ、そうなったら他の場所でぐーたらすりゃいいだけの話だが、それでも成人するくらいまでは頑張ってほしい。


「一応領主として最低限オークくらいは倒せるようになっておかないと」

「オークって何?」

「この宿屋くらい大きな魔物だよ。その身体は食肉として王都でもよく食べられてるんだよ」

「へー」

「オークかぁ……父さんも若い頃はよく世話になったもんだ」


 突然現れたヴォルフに、ゲイツがびっくりしたような嬉しそうな顔をしながら振り返りながら目にもとまらぬ速度で右ストレートを繰り出したが、難なく避けられただけじゃなく、胸ぐらをつかまれて容赦なしに背負い投げの要領で地面にたたきつけた。


「うわー。痛そう」

「学園で多少力が付いたみたいだな。おまけに不意打ちをするようになったのは悪くない成長だぞ」

「いたた……学園の先生にもお前の太刀筋はつまらないって言われるからやってみたけど難しいね」

「そう? 父さん相手に不意をつくのはそう難しい事じゃないよ?」


 救国の英雄だろうと弱点はある。というか俺には弱点だらけの残念領主にしか見えないんだよなぁ。


「面白い。じゃあ父さんの不意をついて――「あなたー? またお酒を飲みすぎたらしいわねー?」何⁉」


 風魔法で空気を振動させて疑似的にエレナの声をヴォルフの後ろでさせればあら不思議。スライムを足で踏みつぶすがごとく非常にあっさりと隙を作り出す事が出来るのですよ。

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