第39話
いい朝だ。
昨日はふっかふかにした布団のおかげでベッドにもぐりこんで数秒でぐっすり。そのまま気が付いたらヴォルフに起こされていた。
欲を言えばまだまだ寝ていたかったが、前日に女将から石材屋の場所を聞いてしまったせいで、今日はそこに行かなくちゃならんのだよ。
「じゃあ。父さんは王宮に行って来るから、くれぐれも変な事をするんじゃないぞ」
「分かってるって。父さんこそ俺の事をあんま話さないでよ。迷惑だから」
開口一番注意してくる。別に石材を買いに行くだけであってカチコミに行く訳じゃあない。むしろヴォルフが王宮で俺のぐーたらを邪魔するような事を言わないかの方がよっぽど心配だ。そのせいで俺がこうして王都まで来なくちゃいけない羽目になってんだからね。
「普通は陛下に名を知られるのは名誉な事なんだが?」
「俺には迷惑でしかない」
そんなんで目をつけられたりしたら、面倒事以外何もない。過ぎたる利益なんて俺には不要だ。ネット・ゲーム・漫画なんて物があればまた違ったかもしんないが、この世界にはないから金なんてあっても使い道もないしね。
「はぁ……まぁいい。今日は報告会の日程を確認してくるから昼には戻ってくる」
「はいはーい」
さて……これで自由を手に入れた訳だが、こっちにも仕事がある。
昨日のうちに女将さんに教えてもらった石材を売る店は、大人が歩いて30分もかかる程遠い。なぜなら石材の切り出しってのはそこそこうるさいらしく、鍛冶屋なんかが集まってる区画の中でも奥まった場所にあるらしい。
一応女将さんの紹介状を貰ったし、貧相だけど貴族っぽい服を着て向かった方がいいよとの忠告も受けたんで仕方なく着てるんだが……正直言って動きにくいんだよねぇ。
とはいえ、貧乏を通り越して赤貧の男爵家じゃあこれが精一杯。贅沢は言うまい。
まぁ、その前に飯を食わんとね。
「おはよー」
「おはようさん。今しがたヴォルフが出てったけどあんたはいいのかい?」
「別行動だから大丈夫。それよりもご飯ちょうだい」
「あいよ。ちょっと待ってな」
5分ほどで出てきたのは焼き立てっぽいパンにチーズがはさんであって、塩味のスープにサラダとシンプルな食卓だが、体格のいい如何にも冒険者って感じの装いの連中はこれにプラスして肉を注文する。
よく朝っぱらから肉が食えるもんだと感心する。それだけの体力がないときっと冒険者なんてやってられないんだろう。そういえばアリアも朝から食欲が凄かったと思いながら最後の一切れを放り込む。
——
「さーて。今日のお仕事おしまい」
「今日もありがとうね。これはお礼だよ」
今日も空いてる部屋の煎餅布団を洗ってふわっふわにしたおかげで、昼食の弁当をタダで貰った。
中身は黒パンにハムとチーズを挟んだサンドウィッチ。それが3個ほど入ってる簡素な弁当だが、1日3食を守らなくちゃならん身としてはこれでもありがたい。飲み物は自前の水魔法があるんで断っておいた。
それにしてもチーズか……やっぱ王都ってだけあって食材が豊富だねぇ。乳製品なんてこの世界に転生して初めてだよ。
「さて……と。浮遊」
なんでも街中での大規模な魔法の使用はあまりお勧めできないのだとか。小規模の物であれば問題ないらしいけど、俺の土魔法の椅子でのラクチン移動は衛兵に目を付けられる恐れがあるとヴォルフから聞いて、どうしたもんかと少し頭をひねった結果、小さくすりゃいいじゃんとすぐに問題解決。
土魔法で靴の裏に小さめの板を張り付け、後は無魔法でそれを持ち上げれば準備完了。立ちっぱなしってのが少しだけ疲れるけど、流石にこんな若さで臭い飯を食いたくはない。
「れっつらごー」
まずは普通に浮いて移動を開始。すれ違う人から歩いてもないのに動いてる俺を見て不思議そうな目を向けるが、気にも留めずに大通りに出るとすぐに喧噪が聞こえる。
屋台の客引きだったり。
露店と客の値段のやり取り。
子供が騒がしく走り回ったり。
冒険者が喧嘩し、それに衛兵が仲裁に入ったりと、人が集まればその分賑やかになるのは仕方ない。
こういう雰囲気をたまに感じるのは俺も好きだけど、やっぱぐーたらを至上命題にしてる俺にはあの村の静かさが必要だ。ずっと聞いてると疲れてくる。
とはいえ、その騒ぎの一端に加担している自覚はある。
大通りともなれば人の往来は裏通りの比じゃない。簡単な話が混雑してんだよ。こんな中を魔法で動き回るのちょいと都合が悪いんで、3メートルほど浮いた状態で石材屋に向かって移動してるからな。嫌でも人の目を引くんだが、人ごみに紛れて歩く方が精神的にキッツイ。
「おい! そこの子供! 降りて来い!」
「うん?」
降りて来いなんて言われるのは俺くらいだろうから地図から目を外してみると、槍を持った衛兵2人のうち、いかにも正義感が強そうで融通が利かなそうな面倒臭いおっさんが叫んでた。
うーん……正直降りると面倒臭そうなことになる予感しかしないんだけど、逃げたら逃げたで指名手配でもされて自由に散策が出来なくなる可能性もありそうだしなぁ……しゃーないか。
「なに?」
「うん? 見覚えのない奴だな。学園の生徒じゃないのか?」
「違うけど? 急に呼び止めた理由は何?」
「王都での飛行魔法は原則禁止されている。次にやったら牢屋にぶち込むぞ」
「いやいや。人が多くて子供じゃ歩きづらいから少し高めに「浮いて」移動してたんだよ。つまり俺の魔法は飛行じゃなくて浮遊な訳よ。つまり無罪」
俺的に飛行はもっと空の上を飛び、なおかつ結構な速度で移動する事を指す。
それに比べて俺が居たのは上空? 3メートルくらいで速度も爺様婆様が乗ってるあのよくわからん電動の乗り物くらいの速度で動いていた。それは俺の中では浮遊だ。
「馬鹿な事を言うんじゃない! 地から足が離れればそれは飛んでいるも同じだろう!」
「ふーん……その原理でいえば、あそこにいるのも捕まえないと駄目じゃないの?」
俺が指さしたのは、いかにも高級店といった装いの店舗の前にある一台の馬車だ。
見るからに豪華絢爛で、その周囲には油断なく周囲を警戒する歴戦を思わせる騎士に、そこそこの量の魔力を感じる魔法使いにも守られている馬車の中には確実にやんごとなき存在がいる事を示しているが、中の連中は明確に地から足が離れている。注意の対象だ。
相手側もそれに気付いたっぽい。目に見えて表情が青ざめており、軽薄そうなもう一人の衛兵はこっそり逃げようとしてるんでキッチリ魔法で足止めをする。
「あの中に居る奴は、おっさんの言い分であれば絶対に飛んでるよね? だったらちゃんと注意をしないといけないよね」
ここであくどい笑みを浮かべれば、俺のしたい事が分かるだろう。
「貴様っ! さすがにそれは冗談で済まされる話ではないぞ!」
「何言ってるのさ。おっさんが飛んじゃ駄目っていうのは王国の法を知ってるからでしょ? だったら貴族だろうと何だろうと悪しきは罰さないと」
という事で衛兵を連中のもとへ向かって魔法で強引に歩かせる。
その際に、護衛の中に居た魔法使いが目ざとく気付いたようだが、こっちはキッチリ身を隠してるんで見つかる危険はない。
「ちょっとスラッグ先輩! このままだと本気であそこに突撃しちゃいますって! さすがにまだ死にたくないんですけど⁉」
「ま、まて! 私の間違いだ! お前のそれは飛んでいるのではない! 浮いているのだ。そうだそうだ思い出した。よってお前は無罪だ。だから止めろ!」
ふむ……ようやく俺の言っている事が正しいと理解してくれたようなんで、魔法を解除して三人で逃げるようにその場を後にする。
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